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犬を手放す
うちには3歳になる保護犬がいる。
うちに来て、1歳過ぎるころまではフレンドリーでだれとでも仲良くなれる犬だったのに、2歳を目前にして幼なじみの犬とその飼い主には吠えまくる、不愛想な犬になってしまった。
朝の散歩の時間はだいたい決まっている。
案外社交的な夫は愛犬仲間が集まる公園に散歩に行くが、仕事以外で人に気を遣い会話する時間をこれ以上増やしたくない私は、なるべく誰にも会わないルートで散歩を済ませる。
2頭のシェルティーを連れた高齢の女性とは、そうした道中で時々お会いした。
年齢は義母より10歳若いくらい70代半ばだろうか。銀髪を後ろでゴムで束ね、太いリードでつないだ中型のシェルティを見事な手綱さばきでコントロールしていた。うちの犬はよく吠えてしまっていたけれど、2頭はその女性を守るように両脇をきちんと並んで歩いていた。
先日早めの夕方犬と散歩をしていたら、その女性に会った。
でもシェルティーを連れていない。髪も短く切ったようだった。右足をひきずるようにして歩いている。うちの犬に気づいたようだったので、話しかけてみた。
「蒸し暑いですね。でもこの道は風が通りますね」
「そうなのよ、この通りはね」
そして女性は言葉を続けた。
「私も犬を飼っていたんだけどね、手放しちゃったのよ、足を悪くして」
そうだったのか。あんなに朝夕一緒にお散歩していたのに。あんなに一緒だったのに。
あの2頭のシェルティですよね。と言いそうになりやめる。思い出させてしまうようで気が引けた。
「おさびしいですね」としか言えなかった。
たった3年一緒にいただけで、犬と離れるなんて考えられない。きっと10歳は過ぎていたと思われるあの子たち。どんな思いでお別れしたのだろうか。あの子たちもどんな思いで飼い主の元を去っただろうか。
その瞬間を思うと、心をぎゅっとつかまれたような切なさを感じる。
歳をとる。もちろん今も日々取っているのだが、自分が自分の思うように暮らせなくなる実感が今はまだわかない。
やりたいこと、好きなこと、食べたいもの、行きたいところ。それがどんどん限られていく。それはさびしいことだろうか。
それとも、どんどん自分とだけ向き合っていき、自分とは親しくなっていくあたたかい時間となるのだろうか。
女性にとって今が優しい休息の時間でありますように。
別れを告げて家路を急いだ。