握手
明日の朝までに仕上げないといけない仕事があります。
なのにそれが手につきません。
なんかモヤモヤしています。
色々吐き出したいことがあるんだろう?君は。
こんなことしてる場合じゃないんだけどな。
しょうがない、付き合うよ。
表に出したいことがあるのですが、形にしにくかったり量が多かったりでままなりません。
半年ほど前、衝動的に「自分の見てきた風景」を書きたいと思いここに落とした投稿のことをふと思い出しました。
振り返って考えてみると、きっと今を見つめこれからどうしたいかを考えるために過去の自分を整理したかったんだろうな、と思うようになりました。
昨年、これまでの僕の人生では珍しく占いや自己診断を受けてみたのですが、そこで出てきた特性にもそのようなことが書かれていましたし。
ならいっそ、本当は書きたいことはもっと他にあったけど、「自分の見てきた風景」を新しくタグづけし、もう一度書いてみようかな、という気になりました。
今回はその第2回目になります。
取り合えず思いつくまま、筆まかせに書き綴ってみようと思います。
早く仕事に取り掛かるためにも。
中学生の頃、いじめを受けている女の子がクラスにいました。
僕が通っていた小学校には、そのようないじめはありませんでした。いつも平和なわけではありませんでしたが、田舎でしたしのんびりとした雰囲気でした。
だから、初めて目の当たりにするいじめにはちょっとした驚きがありました。
いじめを受けていたZさんは僕の通っていた小学校とは別の小学校から来た子で、ちょっとぽっちゃりした感じ。ちょっと暗めで、顔は決して可愛いとも清潔とも言えませんでした。そして周りからそれはそれはひどいニックネームを付けられていました。
彼女が通う小学校から来た子たち、特に男子からひどい扱いを受けていたように思います。ただ、時間が経つにつれて、女子からも冷たく扱われているのかもしれないなと感じるようにもなりました。
彼女は孤立していました。
あいつが触ったものには◯◯◯菌が付くから触るなよ、笑った顔が気持ち悪いよな、あいつすっごくバカだから。そんなことを陰で言われていました。直接明け透けに悪く言う人もいました。
休み時間になると彼女の周りには誰もおらず、机2つ分くらいの空席を挟んだ先でクラスのみんなが楽しそうに過ごす、もし彼女と話そうもんなら冷やかされる。そんな空気が流れていました。
彼女は1人でいることが多かったのですが、時々別のクラスから来る子と2〜3人でいることもありました。その一緒にいる仲間にも同じような目が向けられていたのですが、メインターゲットはいつもZさんでした。
僕はなぜ彼女がそこまで目の敵にされるのかがよく分かっていませんでしたが、そんな空気をわざわざよくするようなことまではしませんでしたし、悪口陰口を叩くまではしないものの周りの流れになんとなく乗っていました。「なんでだろう?」はずっと付き纏っていましたが。
そんな折、何かのきっかけでZさんが友達と数人でいる時に彼女と話すことがありました。2〜3回あったかと思います。なんてことない普通の会話だったはずです。
他愛もない会話の中、彼女はちょっと笑顔を見せることもあり、「こんな顔もするんだ」と感じながら「みんなが言うほどひどい顔じゃないかもな」なんて考えたりしていました。
友達からは「よくあんなヤツに話しかけるようなことができるよなあ」的な言葉を軽くかけられもしましたが、何食わぬ顔で「そう?別に困るようなことしてるわけでもないし」などと答えていたように思います。
ただ、Zさんとのほんの数回の会話は、毎回ある一部分がちょっとズレてしまい、成り立たないとは言わないまでもかなり違和感を感じるものでした。彼女は学校の成績がかなり良くないことを伝え聞いていたので「しょうがないのもかなあ」「こんなところからなのかもなあ」など考えていたものです。
そこからしばらく経ち、僕は友達から言われました。
「おい、Zって多分お前のこと好きやと思うぞ」
え、ウソやろ…? というのが第一印象です。
僕にはなんのことかさっぱり分からず、ほぼ聞き流していました。
しかしその後、その他の友達からも似たようなことを聞く機会が次第に増えていきます。
そう言われると、僕はなんだか困ったような気分になってきますし、本当にそうなのかもなんとなく気になってきます。
そこでZさんが友達数人と集まっていた時にふと彼女を見てみました。
すると彼女らは、僕が彼女らを見たことに気づきキャッキャと楽しそうにし始めました。
おい、ひょっとしてマジなのか…?
体育の授業で男女混合バスケをやっていた時のことです。
Zさんはやる気なさそうに緩慢な動きをしていた、というより動きが気になるようなことを一切していませんでした。バスケに集中していて彼女に意識を向けることがなかった、と言う方が正確かもしれません。
敵チームにいるその彼女が、僕がドリブルを始めた途端に全力で僕を追いかけてくるのです。
誰が見ても明らかに分かる動きでした。何度も何度も、日が変わっても続きます。
次第に僕もみんなが言うことを確信するようになりました。
Zさんへの風当たりは相変わらずです。
彼女のことを可哀想だなとも思いましたが、もしそう振る舞うと今度は火の粉が僕にかかってきそう。僕はそんな感覚でずっと知らんぷりをしていました。
次第に、僕は彼女と何か話す機会があっても極力最小限に留め、そして極力事務的に済ませるようになっていきました。
更には、周りに乗っかって一緒に悪態を付くようになっていきました。
菌が移る、と。
そうこうしているうちに、彼女の僕に向ける眼差しが徐々に光を失っていくのがなんとなく分かりました。
彼女はだんだんと、より暗くなっていった気がします。
そして別のクラスから時々来る友達とも揉め始め、次第に1人でいることが更に多くなっていきました。
その冬のことでした。
彼女の転校が担任の先生から告げられました。
彼女の父親の仕事関係で移動できる先を探した結果、遠く離れ縁がない地ではあるものの転勤できることになったから引っ越す、というのです。
クラスは静まり返っていました。
ちょっと前に転校して行った友達の時は「えーウソやろ!?」「マジで?」「ショックやわ〜」などとみんなで言っていたのに。
そして先生は「お別れ会をみんなで開こう」と告げました。努めて明るく振る舞っていたようでした。
皆、無言で受け入れました。
いよいよ彼女の最後の登校の日。その1日の最後にお別れ会が開かれました。
机は全部後ろに下げ、彼女を教室の中心の椅子に座らせ、クラスメートは彼女を囲うように円形に並べた椅子に座りました。部屋は飾り付けられています。
先生が司会をしながら、1人ずつ彼女に対してメッセージを伝えていきます。
しかし、全く雰囲気は盛り上がりません。まるでお通夜のようでした。
プレゼントが彼女に渡された後、会の最後に先生が言いました。
「最後に、Zさんの希望なんですが、クラスのみんなと握手してお別れしたいとのことなので、みんなで握手して送り出しましょう」
彼女はそれまでずっと「菌が移る」と言われ続けてきたのです。
僕は心が握りつぶされるような思いでした。
クラスメートが座る中を彼女は1人ずつ握手を交わしていきました。
お別れの言葉をかける人。無言で握手する人。握手の手を出せなかった人。様々です。
僕は最後の方に順番が回ってくることになりました。
それまでの間、皆の様子を見ながらずっとどうしようかと考えていました。
謝ろうか、黙って握手しようか、いや、他の言葉をかけようか、僕は本当に手を出せるのだろうか、逃げ出したい、逃げ出せない、、、
結局、何か一言だけ言葉をかけたように思います。
なんと言ったかは全く思い出せません。
握手の時、僕の手は軽く震えていたような気がします。
重苦しいお別れ会はようやく終わりました。
僕はなんとも言えない気持ちをどうすることもできないまま、初めて彼女に触れたその手を見つめ、握手の感触を確かめていました。
温かく柔らかい手でした。
そして翌日、何もなかったかのようにいつもの日々が再び始まったのでした。