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【blog】「太宰ロック MUSIC VIDEO」が出来るまで。

太宰ロック(歌詞)
作詞作曲:奥谷タイスケ
イラスト:ズズズ

教室の隅でぼんやり、学校の帰り道でもやもや
何かが違うと自問自答を繰り返し
空ばかり見ていた学生時代

クラスの誰とも口をきかない日々が続き
休み時間が苦痛で泣き出しそうで
逃げるように転がり込んだ図書室の一番下の段に
あせた灰色の背表紙で太宰治

太宰ロックwow 太宰ロック
太宰ロックwow太宰ロック

人間失格 斜陽 パンドラの匣
あなたの文字のひとつひとつが僕に語りかけた
学校に行けなくなってしまった僕を僕を
あなたは優しく包んでくれた

太宰ロックwow太宰ロック
太宰ロック 君が歌う ダサいロック

三鷹の街にさくらんぼ色の風が吹いて
玉川上水の空の色は肌色で
ドラッグの色は透明な青
山の頂上は今は腹痛で見えないけど

うまくいかないことばかりさ
ダサいロック聴いていつも心は不安定
だけど、だけど、今日を生きてる
今日を日々を今を生きてる

太宰ロック wow


■プロローグ

あれは忘れもしない2020年6月3日(水)の朝だった。奥谷タイスケ(以下、奥谷くん)からinstagram にDMが来ていたのだ。そこにはこう綴られていた。

「こんにちは。まだ少し先の話ですが、【太宰ロック】のMVを作ろうと思っています。もし宜しければzzzさんと一緒にMVを作れたらいいなと思いまして、ご連絡させて頂きました。」

私は以前からYouTubeで聴いて【太宰ロック】の存在を知っていました。とても好きな曲で、家で勝手に耳コピしてカバーをしていたくらいなので断る理由がありませんでした。快諾のDMを送るとすぐに返信があり、こう書かれていた。

「アニメーションで表現したいなと思っていまして」

一瞬文字を打つ手が止まった。

「…アニメーション?」

そう、これは単なる制作の記録ではなく、レコーディングもアニメーションも未経験の男ふたりによる「ひと夏の友情の物語」である。

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■第一章:出会い

時はさかのぼる。

奥谷くんと初めて出会ったのは2019年8月25日(日)の創作漫画の即売会コミティアだ。私は友人のかかし21号氏とパウロタスク氏とグループ参加していた。これまでWebのみで活動していたため、初めてのリアルイベントへの参加はかなり緊張していた。会場では2019年5月に完結した自身のオリジナル漫画「トレモロ」を販売していた。

※今ならKindleのトレモロ電子版(上下巻)は無料で読めるぞっ!書籍版は在庫切れなので持っている方はかなりレアです。

そこに奥谷くんはやってきた。もともとかかしさんの漫画のファンで、その関係から自分の作品を読んでくれていたようだった。第一印象はすごく腰の低い男だった。そして彼はこう言う。

「に、2冊買ってもいいですか?」

腰が低くトレモロを読む用と保存用で2冊買っていった男。私は彼のことがどうしても気になってしまった。かかしさんにどんな人かと聞くと奥谷くんといってフリーのプログラマーで音楽もやっているとのこと。しかもその音楽はYouTubeで聴けるようだった。

何なんだ?腰が低くてトレモロを2冊も買って、フリーのプログラマーで音楽もやってYouTubeに上げている…?興味しかない。

それから数日後、ふとお風呂に入っているときに奥谷くんのことを思い出した。YouTubeで音楽聴けるっていってたな。聴いてみるか。

そこには奥谷くんの数々の楽曲があった。

チャバネゴキブリの恋、太宰ロック、クリスマスペヤングブルースなど。どの楽曲も癖が強過ぎる。そう思いながら私は一番聴きやすそうなタイトル【太宰ロック】を再生した。そのとき…



衝撃が走った。



そこには見えない何かにモヤモヤしつつ、それでももがき前進しようとする少年の姿があった。それは自身の漫画作品【トレモロ】と重なり、心の中にスッと入ってきたのだ。

こんなにも素晴らしい音楽を作る人だったのか…。

※ちなみにこの頃YouTubeに上がっている【太宰ロック】は現在リリースされている正式版ではなく、本当に初期の初期でかなり重くとんがった作りになっている。

私は早速奥谷くんのSNSをフォローした。

そこにはプログラミングに関する情報や夕暮れ時にセンチメンタルになっている呟きとともに音楽の呟きもあり、「オープンマイク」という気になるワードが度々登場していた。

オープンマイクを調べてみるとライブハウスやバーで開催している飛び入りで誰でも人前で自由に歌えるイベントとのこと。ちょうど連載中のエッセイ漫画「アラサー会社員ズズズの明日ふらっと寄ってみます?」のネタに困っていたのでオープンマイクをネタにしようと自分も参加することにした。

確か10月くらいだったと思う。

記事のためにとりあえずお試し間隔でステージに上がったので、お得意の尾崎豊「15の夜」をステージで歌い上げた。しかし、コピーではイマイチ会場が盛り上がらず、悔しくなった。それはそうです、ただその場を体験するだけだったり、記事のためだけに歌った曲なんて誰かの心に響くはずがない。

このときステージで放ったセリフは今でも覚えている。

「本当は1曲で終わるつもりでしたが、15分も頂けているし、何よりみなさんの熱い演奏に触発されました。最後にもう1曲だけ聴いてください。僕は普段会社員をしつつ、フリーで漫画やイラストを描いています。その中で大切な友人ができて、彼らと一緒に作ったオリジナルの曲があります。大人になって平日は仕事で忙しいけど、週末になったら大好きな漫画が描ける。そんな喜びについて友人が歌詞を書いてそこにメロディをつけたんです。聴いてください…………、漫画が描き放題!」

私は急遽2曲目にオリジナルソング「漫画が描き放題」を歌った。

この一歩が本当に大切だった。会場からは拍手が起こり、ステージから下りると自分より前に出演していたプロのシンガーソングライター宏菜さんに話しかけてもらえた。

「漫画が描き放題、すごく良かったです!」

翌年この宏菜さんの主催するオープンマイクで偶然にも私と奥谷くんは再会するのだった。

今思うと、ここで漫画が描き放題を歌っていなかったらどうなっていたのだろうと思う。別の軸の人生でも奥谷くんと再会していたのだろうか?宏菜さんから話し掛けられていただろうか?

何となく人生は小さな一歩の積み重ねだと思う。

ここで歌っていなかったらとか、そもそも漫画が描き放題を友人たちと作っていなかったらとか、もっと遡ると絵を描いていなかったらとか。

自分の人生はこれからも一歩を踏み出し続けていきたいと思う。



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その後、オープンマイクの存在を知れた感謝を伝えようと、SNSで奥谷くんにDMを送った。

「奥谷さんの影響でオープンマイク行ってみました。とても楽しかったです。新たな世界を教えてくれてありがとうございました!」

このDMの流れでいつか一緒にオープンマイクに出ようとなった。

それから2019年11月のコミティアに参加した。リアルイベント参加は8月のコミティアで最初で最後になるだろうと思っていたが、コミティアの運営から「ティアズマガジン(雑誌)のおすすめ漫画に【トレモロ】を掲載したいので11月も参加してください」と連絡が来たことがきっかけだった。

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正直このときのオススメ漫画で掲載されている作品はめちゃくちゃに面白い。にちようびさんの「京都 in the バースデイ」もそうだし、一番上の和山やまさんはこの後商業誌で連載が決まり、この「カラオケ行こ!」はその後プレミア価格(※こういった行為はやめましょう)で取引されていたほどだ。そんな「カラオケ行こ!」も2020年9月に商業出版社から書籍化されるのでみなさんもぜひ購入してみてください。これで違法なやり取りはなくなるでしょう。

単独でのコミティア参加は初回よりもさらに緊張したが、雑誌に取り上げられたことで多くの方が来てくれた。8月はinstgramのフォロワーさんがメインのお客さんでしたが、11月は雑誌を見て今までズズズを知らなかった人たちが来てくれた。

緊張しながらブースで座っていると見覚えのある髪の長い女性が立ち寄ってくれた。そう、宏菜さんだ。まさかオープンマイクで知り合ったシンガーソングライターが来てくれるとは思いませんでした。

しかも一冊買ってくれた…奇跡。本当にありがとうございました。

それからは前回のコミティアの戦友かかし21号氏が来てくれて宏菜さんを紹介した。かかしさんも音楽をやっていた方なので宏菜さんとすぐに打ち解けて年始のオープンマイクへの参加が決まった。

自分は前回のオープンマイクにて尾崎豊で場が白けた痛い過去を抱えているので特に参加はせずにかかしさんの応援に行くことにした。


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■第二章:再会

2020年1月18日、宏菜さん主催のオープンマイクへかかしさんの応援に行くと奥谷くんと再会した。奥谷くんもかかしさんの応援で来ていたのだ。

この日はかかしさんのオープンマイクの打ち上げで奥谷くんを交えて下北沢の居酒屋で飲んだ。

奥谷くんとガッツリ話したのはこの時が初めてだが、彼はずっと「LOVE理論」の凄さについて語っていた。

やっぱりヤバイ人かな?と思いましたが、私にはこれまでの人生で得た持論がある。それは……

初回でしょうもない話を真剣にする人間は信用できる。

というものだ。

帰り道で奥谷くんって話し方上手いよなぁと思った。まんまとあの本を読んでみたくなっている自分がいたのだ。というかAmazonで買ってしまった。

LOVE理論を読んでまたオープンマイクの時と同じように奥谷くんにDMで感想を伝えた。その時の文章がこれだ。

「LOVE理論面白かったです…。笑 1日で全部読んじゃいました。ギャグと真面目の合間のような文章を自分の恋愛と重ねながら振り返って読みました。連絡先を書いてただ渡すのも自分のやった手法と同じだ!とか。これはもうエンタメですね。最後はポンと背中を押してくれるようで出会いの海に飛び込みたくなりますね。この本を教えてくれてありがとうございました。」

自分は人にオススメされたものを読んだら感想はなるべく伝えるようにしている。なぜなら自分がそうされて嬉しいからです。


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話は戻り、宏菜さんと知り合った奥谷くんは翌月(2020年2月15日)のオープンマイクに参加することになった。自分はその回に行かなかったがかかしさんも出演していて、動画を撮ってくれていた。

奥谷くんのInstagramアカウントの投稿に残っているので是非聴いてほしい。このときに奥谷くんが演奏した【太宰ロック】はYouTubeにあがっている重い初期版とは全く違ってキラキラしたメロディになっていて驚いた。


すごく聴きやすくなっている!


奥谷くんの中で過去に対するイメージが変わったのだろうか?受け入れられなかった何かを受け入れられたりしたのだろうか?そんなことを思った。

私は【太宰ロック】がさらに好きになり、このとき初めてコピーしたいと思った。何度もInstagramの動画を見て耳コピをした。

1番のAメロだけ歌ったものをTwitterにアップすると奥谷くんがすぐに反応してくれた。

「何だこれ!本家超えてるじゃないですか!」

恐れ多いけど、とても嬉しかったです。それが2020年4月7日のことだった。

その2ヶ月後に奥谷くんからInstagramにあのDMが届くことになる。

「こんにちは。まだ少し先の話ですが、【太宰ロック】のMVを作ろうと思っています。もし宜しければzzzさんと一緒にMVを作れたらいいなと思いまして、ご連絡させて頂きました。」

ついに【太宰ロックMV 】の制作が始まる。



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■第三章:太宰ロックMV PROJECT始動

2020年6月11日(木)の20時。コロナ禍真っ只中にzoomで打ち合わせをした。

奥谷くんはパワーポイントで資料を用意しており、その中には太宰ロックへの想い、歌詞の意味、なぜ私に依頼したか、MVのイメージがまとまっていた。す、すごい…。

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そして奥谷くんは冒頭でこう言った。


「あの、えーっと、フルアニメーションでお願いしたいと思っています!」


私は実写のMVの冒頭や途中にちょろっと数秒アニメーションが使われることを想定していたのでかなり動揺した。なぜならアニメーションなんて一度もやったことがない人間に4分間(曲の時間)のものを作れというのか?下手くそな素人アニメーションで人の大切な作品を台無しにしてしまう可能性さえある。

断ろうと思ったが奥谷くんがプレゼンを続ける。

「太宰ロックは高校時代の実話なんです。学校に対して何かが違うとモヤモヤしていて、図書室にこもる中で太宰治と出会いました。結局は家に引きこもるようになったんですけど、ずっと太宰治のことは考えていて、太宰治の本に出てくる女生徒の今は腹痛で山を登れないという言葉に救われたんです。それから太宰治の生き方自体がロックだなと思うようになって。心のモヤモヤを晴らしてくれる文章なら、自分は心のモヤモヤを晴らしてくれる音楽を作りたいと思いました。」

太宰治の生き方がロック…

一気に語る奥谷くんに気迫で圧された。奥谷くんは続けていう。

「今回太宰ロックを本格的にレコーディングするにあたってMVは必須なんです。この作品を通して誰かにとっての太宰ロックを見つけてほしい!

このとき思った。あぁ、このセリフは覚えておかないといけないな。自分がMVを作るとしたら作者の想いが詰まったこのセリフは入れないといけない。

そこでハッとした。あ、自分はこのMVを作る未来を想像してしまっている。これはもう最高の作品にしなければならない。アニメーションをやったことがあるとかないとかの問題ではない。

PC画面の奥で奥谷くんはまだ話を続けていた。

「そこでこのMVをズズズさんにお願いした理由は、ズズズさんのトレモロを読んでその世界観に共感したということと何より太宰ロックをコピーまでしてくれたことが嬉しかったんです。音楽とイラストが交わる相乗効果を強くイメージすることができました。この世界のどこを探してももうズズズさん以外考えられなかったんです!」

何も言えなかった。奥谷くんは続ける。

「この太宰ロックをズズズさんの作品にしてほしいとさえ思っています!」

その瞬間思った。この作品を喰ってやりたいと。音楽を引き立たせるためにMVがあるとしたらこの考え方は映像担当として失格だと思います。しかし、ズズズさんの作品にしてほしいと言われたらどうだろうか。

むしろそう思えない作品のMVなんて、ましてややったこともないアニメーションなんてやりたくない。

太宰ロックの初期バージョンのYouTube版から言えばかなりの年月を経て進化して今のキラキラした太宰ロックがある。つまり自分はこれから数ヶ月でその熱量に追いつかなければならないのだ。

今連載している作品を止めてでも【太宰ロック】のMVを本気で制作しないといけない。奥谷くんの熱量はそう思わせるには十分で、ここでフルアニメーション制作をする決意をしました。

どこかの巨匠みたいなこと言ってますが、私はただの平凡な会社員です。笑

それから歌詞の中でわからなかった部分を聞いてみた。「三鷹の街にさくらんぼ色の風が吹いて」「玉川上水の空の色は肌色で」「ドラッグの色は透明な青」の色はどういう意味かと。このシーンは全て、少年が太宰治を感じているとのこと。

三鷹の街にさくらんぼ色の風が吹いて
太宰治は死の直前に「桜桃」という短編小説を書いていて、亡くなった時期はちょうどさくらんぼの季節でした。さくらんぼの珠玉の美しさが、太宰の作品のイメージや人生のイメージに合っているということがあり、玉川上水で入水自殺して遺体が見つかった日に太宰治のお墓にさくらんぼをお供えするようになりました。
玉川上水の空の色は肌色で
太宰治が入水自殺した玉川上水の空に太宰治の存在(肌)を感じています。
ドラッグの色は透明な青
薬物依存の太宰治の見た景色を想像しています。奥谷くんの解釈としてドラッグをやったときは澄み渡った感覚になるのかな?ということで透明な青のイメージがあったようです。

こだわりのある歌詞の意味を聞いて太宰ロックがもっと好きになった。

ちなみにこの第一回MTGで事前に作っておいたキャラ設定はこちらです。

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リリースされたものよりもこのときのキャラは描き込みが多い感じです。これを見せたときに奥谷くんは凄く喜んでくれたが、出来ればもう少しシンプルで可愛らしくしてほしいという要望があった。

ちきしょー。

それから最後に奥谷くんのMVイメージの箇条書きを共有してもらった。そして奥谷くんは一言いう。

「あの、MVの中に女の子出してもらえませんか?」

「え?この曲、奥谷くんの高校時代だから女の子関係ないんじゃない?」

「いや、あの、えーっと、ズズズさんの描く女の子が好きなんですよ///」

こうして第一回のMTGは終わった。



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7月の上旬に太宰ロックのレコーディングが終了するということだった。曲のメロディにアニメーションをマッチさせなければならないので、アニメーション制作はレコーディングが終わってからになる。それまではMVをどういった内容にするか考えていた。

そして1番のAメロまでしかコピー出来ていなかった【太宰ロック】の続きを耳コピした。

奥谷くんから連絡があり、本番のレコーディング前にもう一度打ち合わせがしたいということだった。内容は下記でした。

1.仮レコーディングの試聴
2.お互いの考えた絵コンテの共有
3.アニメ制作の進め方について意識合わせ

第二回目の打ち合わせは2020年7月4日(土)に下北沢の「いいオフィス」というコワーキングスペースで実施することになった。

個室で奥谷くんの仮レコを聴いた。正直オープンマイクの動画よりも力強さが減っているような気がして「あれ?サビはもっと叫ばないの?」と言ってしまった。申し訳ないです。この言葉は今でも言ってしまったことに後悔している。

それでも奥谷くんは笑顔を崩さず「あぁ、あの時はかなり力こもってましたからね!参考にして本番挑みますね!」という。なんて良い男なのだろう。

それからお互いの絵コンテを共有した。そのときの絵コンテがこちらです。

絵コンテ初期Ver

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初期はこんな感じでした。驚いたのは、奥谷くんが手描きで持ってきた絵コンテとほぼほぼイメージが一致していたことです。

少しずつ意気投合するのを感じました。

この絵コンテをベースに2人で意見を出し合い、肉付けをしていきます。最初のイントロ部分はあまり絵を動かさずに曲のタイトルだけでいいのではないか?そして奥谷くんが「2人の作品だから奥谷タイスケとズズズという名前を入れたい」と言ってくれて嬉しかった。

他にも奥谷くんのこだわりがいくつかあった。

1.学校の廊下には棚が置いてあって、自分はその棚の上で空を眺めていたのでそのシーンを入れたい

2.2番のサビは大人の自分が向かい合って歌っている感じにしたい

3.太宰治がドラッグにおぼれて倒れている幻想的なシーンを入れたい

4.どうしても山は描いてほしい!

「2人の前に山が立ちはだかってるシーンは入れたいです!誰の前にも山があって、誰かと大きさを比べるものではなくて、誰かにとって小さな山も当の本人には大きかったりする山があるんです!それに立ち向かう感じを出してほしいです。」

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山が立ちはだかるシーンとか描いたことないな。。どうしよう。しかもアニメーションのことをあまり意識せずにこんなにも動きのありそうな絵コンテを作ってしまって本当に自分は動かせるのだろうかと、この時かなり不安になっていました。アニメーションをちょっと作ってみて上手くいきそうになかったらこの案件やめれるのかな?

最低なことを考えた。

気分転換にでもこの後サウナへ行かないかと誘ったが、奥谷くんは別件の仕事があるということでこの日は解散した。


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■第四章:アニメーション

奥谷くんの本番レコーディングの日が迫っていた。そんなときに奥谷くんにあるDMを送った。

「太宰ロックのコピー完成しましたよ!もし良かったら聴いてもらえると嬉しいです。」

奥谷くんは私のコピーした太宰ロックをこころよく受け取ってくれた。「え!?これめっちゃいいじゃないですか!!!」

嬉しすぎた。

太宰ロック【ズズズ宅録Ver】

奥谷くんはレコーディング前夜にかなりリピートしてくれた。しかし、コピーと言いつつも勝手にアレンジを加えてしまっていた為、若干原曲とアクセントが違ったりするのがこの後奥谷くんを苦しめることになる。

そう、レコーディング当日、奥谷くんは原曲がわからなくなるというアクシデントに見舞われたのだ。

これに関しては本当に申し訳ない。
反省してます…。

レコーディング後に奥谷くんが言った台詞を今でも覚えている。それは「レコーディング前にカバーを聴くもんじゃない。」というもの。

マジで申し訳ない。しかしよく考えるとレコーディング前にカバーが存在するのもおかしな話だ。怒らない奥谷くんはまるで仏のよう。

無事(?)レコーディングを終えた奥谷くんのTwitterは何だかキラキラした夕焼けのようにセンチメンタルなんだか充実感なんだかが混ざった投稿がされていた。

それから奥谷くんが写真を何枚か送ってくれた。それは太宰ロックの最後の方の歌詞に出てくる「三鷹の街に〜」の風景写真だ。実際に太宰治のゆかりの地に行って参考写真を撮ってきてくれた。

「これ、参考にしてください!」

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実際にこれらの写真はアングルを少し変えたかたちでMVに使わせてもらった。こうして、風景素材、楽曲データと準備が整い、本格的なアニメーション制作に入っていくのだが、その前に以前いいオフィスで奥谷くんから聞いたイメージをもとに修正した絵コンテを共有して意識合わせを行った。

意識合わせは完成してからこんなイメージじゃなかったとならないように入念すぎるくらいにやった方が良い。

絵コンテ修正版

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だいぶ完成版に近づいてきていました。この絵コンテを提出したのが2020年7月18日だった。そのとき何となく思っていたのがMVを1ヶ月で完成させたいということ。

何故だかわからないのですが、太宰ロックは夏にリリースできたら良いなぁと感じていたのです。何でだろう。夏に青春や高校時代を感じるからかな?

それからは毎週の土日はアニメーション制作で過ぎていきました。コロナ禍でこんなにも充実できたのは本当に太宰ロックのおかげだと思っています。

作っているときに何度も思いました。大好きな太宰ロックという作品に関われていること、こんな状況下で充実した時間を過ごせていること、本当に奥谷くんには感謝しかない。

この作品がリリースされたらどうなるんだろう。自分と奥谷くんの世界が変わるんだろうか。もしかしたら太宰ロックに触れてくれた人の世界も変わるかもしれない。

そうしたら本当に嬉しいな。


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■第五章:語らい

奥谷くんとかかしさんと3人でサウナに行った。急に奥谷くんからサウナに行きたいと連絡が来たのだ。

サ道でお馴染みの上野の「北欧」に行った。

このとき初めて奥谷くんとプライベートを楽しんだ気がする。これまでほぼ太宰ロックMVに関する話しかしていなかったからゆっくりサウナに入って外気浴スペースで雑談をした。露天の湯船に浸かりながら奥谷くんがいう。

「あ、今自然と笑ってました。この時間最高ですね。」

夜の上野の夜景を眺めながらまったりとした時間が過ぎていった。30代になっても男同士で好きなことやって、本当に幸せだな。

この日、奥谷くんの誕生日が近いということで誕生日プレゼントをあげた。かかしさんと少し早めに上野に集合してプレゼントを探していて、本屋で最高の一冊を見つけたのだ。かかしさんが言う。

「ズズズさん、これどうです?」

ガチな誕生日プレゼントだと恥ずかしいし、奥谷くんに気を遣わせるからと言ってこれになった。考え方が健康優良中学生男子です。

見開きで左右のページのどっちが自分の性癖を刺激するか選んでいくタイプの本で、奥谷くんは早速読みながら「どっちにしよう…。こんなの選べねぇよ。。。」と悩んでいた。

今でもこの本は奥谷くんの家の一等地(太宰治全集の隣)に飾ってあるらしい。奥谷くん、改めてここでも言おう。誕生日おめでとう。君のこの一年に幸あれ。

それから制作に打ち込む中で自分も誕生日を迎え、今度は奥谷くんがプレゼントをくれた。スタバのドリンクギフトだ。これは何か特別な日のスタバに使おうと思った。

本当にありがとう。


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2020年8月10日。ついに太宰ロックのアニメーションの初期版が完成した。奥谷くんに確認してもらうために連絡するとすぐに返信が来た。

「ZZZさん今日の夜とかって空いてたりしますか!?もし時間あれば下北あたりでお話しませんか!?」

下北沢の「三日月ロック」という居酒屋で落ち合い、2人でMVを鑑賞した。

奥谷くんはMVを見てこれ以上ないくらいに喜んでくれていた。目を輝かせて語る奥谷くんを見て自分も嬉しくなり、同時に安心しました。

そしてしっかりと改善した方が良いところを指摘してくれるのだ。

1番のサビはこの段階では表情を変えずにただページをめくるだけだったので奥谷くん的には「少しつまらなさそうに本を読んでいるように見えます。」ということだった。

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その指摘に私は「でもさ、本に出会うときって読んですぐにのめり込むっていうよりじわじわと好きになっていかない?だから2番の文字が浮かぶシーンで本の良さに気付く流れにしてるんだけど。」と言った。

「いや、自分の場合は読んですぐその文章にのめり込んだような気がしてて。」

そう言われたら修正するしかない。物語の主人公がそうであったのであればそれが正しい。1番のサビはページをめくりつつ本にのめり込んでいくような表現に修正しよう!

このようにお互いが意見を言い合う。

「2番のサビに入る部分なんですが、君にとっての太宰ロックは何ですか?の表現がすごくいいです!ここのシーンをもっと強調できませんか?メッセージはいいんですけど、サビが始まる前後で分断している感じがしてもったいなくて。。。」

もともとここのシーンは少年の瞳の中に文字が吸い込まれる表現はなく、下記のような流れだった。

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「例えばですけど、【何ですか?】の文字はもう無しにして少年の正面のショットからカメラが引いていって大人奥谷と向かい合うここのシーンにワンカットでいくのはどうですか?」

「いやぁ…描けるかなぁ。今回のフレーム数は1秒間に8コマ最大で動くようにしてるけど、ダイナミックな動きを入れるとカクカクするかも。」

正直自信がなかっただけです。

「そうですかぁ。」

「一回ここは持ち帰って考えます。」

「お願いします!」

それから2番のサビのあとにくる「三鷹の街にさくらんぼ色の風が吹いて〜」のシーンについて話し合った。奥谷くんがいう。

「1番は背景が結構描き込まれてるんですけど、2番のサビ以降は余白が目立つような気がしてまして。」

「2番のサビ以降は少年の精神世界というか…ファンタジーの話になるのであえて背景は無しにしてるんですよ。」

今思うとすごい言い訳していたなと思います。この時点で500枚くらい描いているので少し力尽きていた。

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確かに背景は描き込まずシンプルな画になっていました。そこで奥谷くんが言う。

「いや、僕はこの余白に太宰ロックが名作になるかどうかがかかってると思うんです!ここに何を入れるかでこの作品は変わると思います!!!!」

奥谷くんのプロデュース力はすごい。一言一言に込める熱量が空気とともに伝わってくるのだ。

私は何を入れたらいいのかすぐには思いつかず、居酒屋で考え込んだ。そして言う。

「そもそもこの女の子何を考えてるんですかね。奥谷くんが女の子入れたいからって入れたけど、何で音楽聴いてるんだろう。」

「この女の子にもバックグラウンドがあると思うんです。だって1番のシーンでは電車の中に男の子と女の子がいるのに2番のシーンでは電車の中に2人ともいませんもん。この女の子も何かに悩んでるんですよ!」

「そうねぇ。最後に急に出てくると変な印象を与えるから最初の電車のシーンで伏線を張ってはいるんだけど、この子はどうしたんだろう。いじめられたりしてるのかな?」

「うーん…」

ここで初めて女の子にフォーカスが当たった。2人とも考え込んで奥谷くんが口を開く。

「うまくいかないことばかりさの歌詞から女の子に視点が移って音楽を聴いて…何の音楽を聴いてるんでしょう。」

「音楽って言えば宏菜さんだよなぁ。宏菜さんストイックで本当にかっこいい。何か思うんだけど、自分と奥谷くんは個人のクリエイター同士で今こうやって作品作りをしてるけど、宏菜さんみたいにプロだと好きなことってどれくらいできるんだろうね?」

「あぁ、確かに。商業化となると他の意見も入ってくるし、どうなんですかね?本当はやりたいけどできないこととかあるんですかね?」

「今度、宏菜さんに聞いてみ…」

私はそう言いかけた瞬間ひらめきました。

「この女の子ってさ、自分を押さえつけてるんじゃないかな!?太宰ロックって、この少年も目に見えない漠然とした何かにモヤモヤしてるじゃん?だから女の子もいじめとかそういう他人から何かされてるとかじゃなくて、自分で自分を押さえつけてるのかも!」

「おおお!」

「親の顔を立てないといけないとか、こうでなくちゃいけないとか、友達に嫌われたくないとか、期待を裏切っちゃいけないとか、これをやってみたいけど出来るか不安だとかっていう思いに悩んで本当の自分が出せてないのかも!」

「ああ!じゃあもしかしてこの子がやりたいのは音楽!?歌詞の中のダサいロック聴いていつも心は不安定に繋がる。」

「そうそうそう!音楽やりたいんだよ!」

「ズズズさん、来ましたね!これって女の子がお腹をさするシーンの背景は女の子のバックグラウンドを表現できるんじゃないですか?大好きな音楽のCDが散らばっていたり、ギターが倒れていたり、それを押さえつけて生きてるっていう表現。」

「めっちゃいい!」

「それで女の子がヘッドフォンをするシーンはいろんな言葉が浮かんでくるんです。親の言葉、友達の言葉、それと自分の本当の気持ち!それを塞ごうとしてヘッドフォンしてるんですよ!」

「最高!」

こうなるとどんどんアイデアが2人に浮かんでくる。そして酒がすすむ。あのとき下北沢で1番熱い話をしていたのはこの三日月ロックにいる自分たちだったのではないかと思えるくらいに興奮していた。奥谷くんが言う。

「この子何聴いてると思います?」

「銀杏BOYZは絶対聴いてる!」

「わかります!あとなんだろうandymoriやYUKI、クリープハイプ、あ、そうだ、あいみょんも聞いてそう!」

「わかるわかる!あとさ案外、乃木坂46とかのアイドルも聴いてそう!」

「最高ですね!もう好き!」

「マジでこの子がどんどん好きになってきた!」

「ズズズさん、背景決まりましたね。少年が膝に手をついて呼吸を整えてるシーンは机とか入れたらどうでしょう。背景の遠くの方に机を入れて、頭の片隅に学校が残ってて、最後に走り出すときに学校っていうレールから飛び出すんです。」

「なんだそれ、最高かよ!」

「でも、机を描いてもその上の余白はやっぱり気になるかも…何を入れたらいいんでしょう。電車が走ってるとか…?」

「うーん、それも持ち帰って考えてみますよ。」

「すごい作品になりそうですね…。」

奥谷くんがそういうと私の頭の中にある言葉が浮かんだ。

「…太宰ロックってこの女の子を救う物語なんじゃないかな?」

その日、私は久々に終電を逃した。



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■第六章:修正、修正、そして修正

その週の土日もMV制作に費やした。先日話し合った部分はもちろんだが、自分の中で納得いっていない部分があった。

廊下で泣きそうになる少年の顔が気に入らない。最後の「だけど!」と女の子が叫ぶシーンの顔が気に入らない。アングルがおかしい。動きがぎこちない。

アニメーションは漫画制作とは全く違う脳を使う。

素人が自己流で試した結果なので参考にはならないと思いますが、太宰ロックは1秒間に8コマが連続して紙芝居のように動く仕様で使っている。

例えば雲がモックモックと動くように見せるには8コマ全部にかたちの微妙に異なる雲の絵を8枚入れることもできるがそれだと「モクモクモクモクモクモクモクモク」という高速の動きになる。そのため、用意する絵は微妙にかたちの異なる雲AとBの2枚だけ用意する。そして1秒間にAを一枚表示させておいて次の1秒でBを一枚表示させるように設定する。それを連続で繰り返すのです。そうすると「モックモック、モックモック」という動きになった。説明難しいな。。

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2番のサビで「太宰ロック〜」と歌うシーンや最後の「だけど!」と叫ぶシーンはどちらも最初の音は「だ!」だから1枚目に大きく口を開けている絵で始めていたが、これも不自然だった。しっかりと小さな口から大きく広がっていくように絵を置いていくと違和感がなくなる。「太宰ロッ〜ク」ではなく「ん太宰ロッ〜ク」のようなイメージです。

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ただシンプルに黒目を下から上に移動させるシーンも黒目だけを移動させると機械的で、移動させる前に一度瞬きを入れると自然に見える。

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アングルが狂っているシーンもあったので修正。山の前で少年少女が並んでカメラが少年から少女に移っていくシーンですが、修正前は下記のような感じで↓

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修正後はこんな感じ↓

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最初は絵を動かすのに精一杯だったので二周目は違和感をなくしていく地味な作業が続いた。

Instagramのフォロワーさんでアニメーターの方がいればアドバイスを頂きたかった(もちろん費用は出します)が、アンケートで募っても1人もいないようだったので、太宰ロックという作品を作りながら探り探りの自己流で制作していった。

違和感があるところには修正すべき何かがある。

それから奥谷くんからアドバイスをもらった下記を修正した。

1.本を読む1番のサビ

2.2番のサビに入る前後の強調

3.最後に少年と少女のバックグラウンドがわかるような背景を入れる

1についてはのめり込む感じを出した。1ページ目を読むときは普通で1枚めくって数行読むとのめり込む表現。

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2については分断されていたシーンを重ねることにした。正面を向く少年に「何ですか?」の文字を重ねて、瞳の中に吸い込まれるようにして、ここから世界観が変わりますよ、ファンタジーの世界に行きますよと提示しています。

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3に関しては居酒屋で話した通り散らばるCDや迫ってくる言葉や気持ち、そして遠くに置かれた机を追加した。ちなみにここで机の上には教科書が浮かぶ絵を描いた。頭の片隅に勉強というワードが残っていて、「だけど!」といって走り出すシーンの前でそれらが床に崩れ落ちていくのだ。

※正式リリース版では女の子の背後にどんなCDが散らばっているかチェックすると面白いかも!

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変わらない現状から踏み出す大事な一歩。

目の前にそびえ立つ山に対して、乗り越えられるかわからないけど全力で走っていく。

そこで思った。奥谷くんが書いた歌詞を入れたい。これまでの人生で何度も大事な一歩を踏み出してきた奥谷くんが作詞作曲した太宰ロックでMVに入れるべき歌詞は…

最後の少年が転ぶシーンの上半分がちょうど余白になっていた。決まりだ。


今を生きてる


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この一言しかない。

それから奥谷くんに修正版を送った。奥谷くんは私から動画を受け取ると毎回ハイテンションで喜んでくれるのでモチベーションがすごく上がる。

「うわぁぁああ!すごいです。これは名作になります!1番のサビの部分とかめちゃくちゃ良くなってるじゃないですか!最後のシーンの余白も女の子のバックグラウンドが見える!」

奥谷くんのこういうところが好きで、一緒に制作ができてよかったと心から思う。


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数日後、再度会って打ち合わせをした。場所は原宿のドトールだったと思う。2人で修正版のMV を見ていると奥谷くんが言いづらそうに口を開いた。

「あの、ズズズさん、本当に細かくて申し訳ないんですけど、えっと、山のシーンなんですけど、数ミリでいいので山を下から上に動かしてもらえませんか?そうするともっと迫力が出て、さらに良くなると思うんです。あと、本当に、ほんとーに細かくて申し訳ないんですけど、2番のサビに入るシーンの【何ですか?】の文字を最後の瞳に吸い込まれる0.2秒くらいの一瞬だけ色を薄くしてもらえないですか?そうした方が吸い込まれてる感じがもっと出る気がしていて。」

奥谷くんはいつも修正を伝えるときに低姿勢で一言一言を選んで言ってくれる。相手を悪い気にさせないように、傷つけないように、否定しないように、言ってくれる。初めて会った時もすごく低姿勢で繊細でそこに人柄の良さがにじみ出ている。自分には到底できないことです。

山のシーンの修正はかなりの枚数のレイヤーに手を加えないといけないのでできればやりたくなかったが「やろう。」そう思った。

家に帰って修正する。

修正したものを奥谷くんに送る。OKが出るが、別のところで修正が入る。「本当にすいません、三鷹の街に繰り出す時の余白が気になってて…」「靴で地面を踏み締めるシーンですが、もう少し影を薄くして、砂利が飛んでいるような表現で…」

修正。送る。

修正。送る。

修正、修正、修正、修正…


…病んできた。

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作業場でMV制作。修正を繰り返しまくって少し病んでいることを友人の絵描きさんに相談しているズズズの図↑↑

これまで一人で漫画を描いていたので誰かに何かを言われて修正するという経験がほとんどなかったのだ。webメディア用の記事でも修正はあってもせいぜい一回くらい。

また奥谷くんから修正依頼のDMが来る。

「本当に本当にすみません、細かすぎるんですけど、2番の電車のシーンの揺れが強すぎて、もう少し揺れを小さくしてくれませんか」



「うわぁぁぁああああああ!!!!もうやめてくれぇぇぇぇぇぇえええ!!!!」




でもね、もう気付いてるんです。


修正を繰り返す度にMVがどんどん良くなっていっているということを。自分一人の力ではここまで持ってくることはできなかったと思う。

奥谷くんのこだわりは的確で、作品を良くしたいという熱量がこもっている。

彼のアドバイスを聞くと作品は必ず良くなる。いつしか自分の中で奥谷くんに対する信頼が生まれていることに気づきました。

ようやく線画が落ち着き、最後の色塗りの工程に入った。色塗りといってもベタ(黒)のみですが。

この色塗りは本当に迷った。奥谷くん的には線画の世界でも良いとのことだった。しかし自分は違ったのだ。

「うーん、線画だけだと絵が弱く感じます。よくMVで線画だけのアニメーションってあるけど、あれって下描きっぽい荒い線で描いてるから合うような気がしてて、この太宰ロックの線はしっかりとした線だから、そこに色が無いってなると中途半端なイメージがします。自分は色があった方が良い!とりあえず全部塗るのであとで判断しよう!」

「そうですね!ズズズさんの作業が大変になっちゃってすみません!」

そして全てのシーンにベタを入れた。

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奥谷くんに色をつけたMVを送る。

「うわぁぁあ!すごくいいです!やっぱり色があると絵に力強さを感じますね!」

「でしょ!やっぱり色はあった方がいいよ!これで完成じゃないか!?ついに完成じゃないか!?ちょ、奥谷くん、これ、完成なんじゃ…。」




「ズズズさん、あの、えっと、ほんとすいません。本当に細かいんですけど、2番のサビのシーンのスポットライトの影が主張しすぎてて顔が隠れちゃってるのでもしできれば範囲を小さくして頂ければと…あと、ギターのアップのシーンなんですがホールをベタにしてしまうとブラックホールみたいになっちゃってて、ここを底のある空洞ですよみたいなのがわかるような色の塗り方にして頂けないでしょうか…1番の本棚のベタも同じように…そうすると今もすっごく良いんですけどもっと良くなると思うんです!」



「うわぁぁぁああああああ!!!!!」



修正した。なんてったって奥谷くんを信用しているから。そうして太宰ロックは完成した。奥谷くんがDMで今からお疲れ会で飲みに行きましょう!と言う。

やっと完成した。

少し病みかけたけど、やっと完成した。嬉しさがいっぱいで完成したことに対する実感を得るのに少し時間がかかった。

秋葉原で飲もうとなって、電車に乗る時間でどんどんと完成したことに対するテンションがあがっていった。


俺、やりきったぞ。


やったことないアニメーションを作ったぞ!すごいな自分!やればできるもんだな!

嬉しくって秋葉原駅で奥谷くんと会ったとき濃厚接触禁止の世の中なのに奥谷くんにズイズイと近寄っていき握手をして言った。「完成したね!おつかれ!おつかれ!おつかれー!!!!」あまりテンションがあがる人間ではないが、この時ばかりはテンションが上がっていた。

しかし、奥谷くんは浮かない顔をしている。

「あの、ズズズさん、言わないといけないことがあって…。。。」

「え?…なに?すっげぇ怖いんだけど。」

「いや、ちょっと…」

「なに?良い話?悪い話?急になに?」

「あの、えっと…





太宰ロックの1番は色なしがいいと思って!!!!」




世界が沈黙した。


「いやいやいや、もう完成したやん!色ある方がいいって!前半だけ色が無いとか中途半端だよ!変などっかの奇をてらったお洒落なだけのアーティストMVになっちゃうよ!」

「でも、前半は昔を思い返してる回想のようなイメージにしたくって。それに色が無い時の方が心のモヤモヤを抱えて過ごす虚無感が強調されていてすごく良いって思ったんです!!!!」

秋葉原でぶつかる2人。とりあえず近くの赤からに入る。

席につく。もう完成した気分でいた私は少し不機嫌で、奥谷くんより年上なのに大人げなかった。もう修正したくない。魔の修正のループにまた落ち入るなんて…。色は作品の中途半端さを出さないため、全編に渡って必要だ。

「ズズズさん、僕は最初の線画の状態の1番をみたときにこれだって思ったんです。この虚無感すごくいいって。本当に思ったんですよ。」


「………。」


赤から鍋を店員が運んでくる。


奥谷くんのこだわりは受け入れる度に作品が良くなる。という思いが頭に浮かんだ。もう修正なんてしたくないと思っていたけど…


「わかったよ、奥谷くん!修正する!でもね、あとでじゃなくて今ここで修正するよ!俺は今ここで修正する!!!」

よくわからない宣言をして、私は赤から鍋がグツグツと煮えたぎる中、1番の部分のベタを全て消していった。

鍋をつつく奥谷くん。

Apple Pencilを走らせるズズズ。


そうして修正が完了した。


2人で完成したMVを見る。そして私は一言…

「奥谷くん……色ないの、良いね。1番のとこさぁ、色ないのめっちゃいいわ。。。これヤバくない?」

「ですよね!」

さっきまで抵抗していたのが嘘のように作品に魅了された。自分は大人げない人間なのだ。改めて実感した。

それから2人は作品が完成したことに嬉しくなって赤からを出るとコンビニへ行って酒を買った。そして近くの川を眺めながら語った。

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「なんか奥谷くんと一緒に制作ができて良かったって思う。コロナで今年はなにもできないなぁって思ってたけど、こんなにも良い夏を過ごせると思ってなかったよ。青春だ!」

「自分もです。ズズズさんとできて本当に良かったです。ずっと好きだった絵描きさんと一緒に何か作れるなんて思ってなかったですし。太宰ロックに対して自分と同じ熱量で向き合ってくれて本当に嬉しかったです!」

最高の夜だった。

夜風が気持ちよく通り過ぎていく。

「奥谷くん、この太宰ロックのMVってさ、最後に女の子が笑うよね。」

「そうですね。少年はもう大掛かりな前振りみたいな感じになっちゃって本当の主人公は女の子なのかもしれないですね。」

「最初はただ2人とも女の子入れたかっただけなのにね。」

「それでいうと下北沢で飲んだのは本当に良かったですよね。あれがなかったら後半部分は思いつかなかったかも。」

「確かに。でもさ、何か思うんだけど太宰ロックのMV って創作の全てが詰まってるよね。だってさ、少年がモヤモヤしてて太宰治に出会って一歩を踏み出すけど、ガムシャラに走って転んでそれでも山に向かう姿をたまたま女の子が見て笑うんだもん。」

「あの女の子もこれから一歩踏み出しますよね、絶対に。」

「踏み出すと思う。創作もさ、ガムシャラにやってるときってもちろん楽しいし、でも大半の時間がつらいけど、発表したときに誰かに感動してもらえたら嬉しいもん。だから太宰ロックって創作の全てが詰まってる気がする。結局誰かの何かが自分の行動で変わった時が嬉しいもん。」

「もしそうなったら本当に嬉しいですよね。もともと誰かにとっての太宰ロックを見つけてほしいっていう気持ちから生まれたけど、誰かにとっての太宰ロックがそのままこの【太宰ロック】になったら嬉しいです。」

「発表が楽しみだね。」

「僕らの人生も変わるかもしれないですね!ニュースZEROとか出演するかも!そしたら櫻井くんに会ったって自慢します!」

「それ最高すぎる!」

「ズズズさん、世界を変えてやりましょう」

秋葉原の川沿いで心地よい風に吹かれながら夜は過ぎていった。

そして私は再び終電を逃した。


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■最終章:今を生きてる!

太宰ロックの楽曲データにアニメーションをあてて正式リリース版のデータが完成した。発表はちょうど一週間後の8/29(土)19時。心臓がドキドキした。

どれだけの人に聞いてもらえるだろうか。ダサいアニメーションだって笑われないだろうか。

発表が翌日に迫る前夜のことだった。奥谷くんから一本の電話が入った。

「ズズズさん、あの、音楽を教えてもらってる先生にMVを見てもらったんですよ。そしたらすごく良いって言ってもらえました。」

「おおー、良かった!」

「でも、言われたのが奥谷くんっていうアーティストを引き立てるためのMV だとしたらどうかと思うって言われて…、奥谷っていう自分の色が薄いって。でも、自分はこの作品に関しては2人の作品で、【太宰ロック】っていう一つの作品なんですって言ったら…



それならこの作品は大成功だよ。って言ってもらえました。」


心から嬉しかった。


「それでもう一つ言われたのが最後の【今を生きてる】のシーンなんですが…」

「え、ちょ、もしかして修正!?」

「相談なんですけど、今を生きてるっていう文字が可愛すぎるって言われまして。ここは太宰ロックで1番重要なシーンだからもっと今を生きてる感を出すべきだって。自分もそれから何度も見返したんですけど、確かにと思って。でも何か良い案があるわけではなくて本当に相談ベースです。」

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「今を生きてる感って言ってもなぁ。ここは俺のこだわりでさ、このMVにはたくさんの言葉が出てくるけど、大人が放った言葉は明朝体で書いてて、少年少女の言葉はゴシックにしてるから変えたくないかな。少年少女の柔らかくて純粋で等身大な想いっていうイメージでここは書いてるから。」

「そうなんですね。でも例えばゴシックでもいいんですけど、もう少し細めにして、手書き感を出してみるとかはどうですか?」

これはもう直すしかないやつだ。今を生きてる感って何なんだ?と思いながら電話をしながらいくつかのパターンを書いて2人で確認した。

こんな感じ?

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こっちは?

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もしくはこんなんとか

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2人でうなって、電話口で私はこう言ったのを覚えている。


「俺さ、人生でこんなにも【今を生きてる】って書かされたことねぇよ…。。。」

その日は寝た。


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太宰ロック発表当日の朝。

でも、確かにひっかかる。最後のピースが確かに足りていない気がするのだ。太宰ロックで1番重要なシーン。今を生きてる感。

発表当日の朝、奥谷くんと電話した。

「今を生きてる感って何なんでしょうね…」

「奥谷くんもしかしたらさ、それってフォントの問題じゃないかもよ。」

「え?」

「原稿用紙だよ!生きてる文字って原稿用紙に書かれてるじゃん!学生時代にさ、将来の夢とか詩とか書いたじゃん、原稿用紙に。」

朝だからか頭が冴え渡っていた。

「あぁ!原稿用紙ですか!確かに書いてました!」

「生きてる文字は宙になんて浮いてなくて原稿用紙に書かれてるんだよ!ほら、これ!」

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最後のピースがハマった気がした。

「うわぁぁあ!すごいです!今を生きてる感。しかも原稿用紙にこの文字を誰が書いたのかって想像も膨らむ!少年なのか、もしくは少女なのか?太宰治かもしれないし、大人になった少年かもしれない!神作品だ!これは神作品ですよ!!!!」

「良かったぁぁぁ!太宰ロックは聴く文学だからね。足りなかったのはここだったんだね。何だか全てがすっきりした気がする!あとはリリースするだけだね!」

「そうですね!これは世界が変わりますよ!!!」







2020年8月29日(土)19:00

太宰ロックはInstagram、Twitter、YouTubeを通して世界にリリースされ、多くの人が感想をくれた。本当に嬉しかったです。本当に本当にありがとうございました。

手を動かして文字にして伝えてくれるって本当に嬉しいです。。。

何だかとても嬉しい気持ちと無事に完成させた安心感が混ざって不思議な気持ちだった。

そして、太宰ロックのMVを発表して、結局自分と奥谷くんの世界が変わったのかはわからないし、何処かの誰かの世界が変わったのかもわからなかった。

でも、ひとつだけ思うことがある。





それはこの2020年という歴史的な異変が起こった年の中で、ふてくされず、前を向いて、ガムシャラになってひとつの作品を完成させるという体験を…

奥谷くんと共有できて良かったということ。



奥谷くん、太宰ロックという音楽を生み出してくれて本当にありがとう。心から尊敬してるよ。


この物語は【太宰ロック】の制作の記録であり、ひと夏の男と男の友情の物語である。








おわり


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ズズズ
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