【blog】釣り日記のあとがき
釣り日記を最後までご覧頂きまして、誠にありがとうございました。
SNSでアップしているエッセイ漫画にも関わらずバズりそうなHOWTOもなければ、感動的なセリフ、教訓、あるあるの共感などはなく、ただただ体験したこと、そこで思ったこと感じたことを描きました。
誰のためにでもなく、自分のために。
なぜ描こうと思ったのか。これまで創作漫画を何作か完結させてきましたが、ここ最近創作漫画を描いていても楽しいと思えなくなっている自分がいたのです。それは見えない誰かのために描いているという感覚になっていたんだと思います。
有名になりたい。バズりたい。評価されたい。
もちろん今でもその気持ちはあります。でも、一回これまでの自分を捨てて今描きたいものを描こうと思いました。つまらなくていい。誰にも読まれなかったらそれでいい。そう思って描いたんです。
一回一回の投稿のいいね数に心を左右されたくないので、最終話まで描き切ってから毎日淡々と1ページずつ投稿しました。
で、事前に釣り日記を何となく描き進めていくと過去のことをいろいろと思い出してくるわけです。
釣りも最初の方は楽しかったけど、江ノ島での話「デートスポットに近い釣り場」を描いたころに、そういえばこの頃から釣りをするのが少し苦痛になってたな。と思いました。
イカ釣れねぇじゃんみたいな。
創作漫画を描いていて苦痛になって、釣りをしても苦痛になる。自分はなんでこうなるんだ?と思い始めます。そう思って描いているとエッセイ漫画もそれまでのゆるゆる淡々とした出来事や釣法の解説を描くだけではなく、自分の内面に向かっていきます。
釣れない。楽しくない。やめようかな。そもそも【楽しむって何だろう?】というのがこの漫画のテーマのような気がしてきました。だから漫画の最初と最後でテイストが違うはずです。
最終的に「さよならアオリイカ」という話でアオリイカを狙うのをやめます。釣りをやめて家で映画を見ているとエッセイの最初の方に登場したエギングマイスターが登場して「釣りを楽しみましょう」と言ってくれます。
マイスターのセリフは完全に妄想ですが…。
そうして答えを探すべく、都内の釣り場へ向かいます。ネットに載っている釣れやすいという千葉や神奈川の漁港ではなく、自分の住む都内。エギングロッド(イカ用の竿)はそのままで仕掛けはメタルジグを使って何か魚が連れたら嬉しい。そう思いながら。
そして、最後の最後にシーバス(正確には27cmのセイゴ)を釣り上げて再び楽しさを取り戻すのです。
作中にメタルジグをどう動かしたかとか釣法などの解説を入れようかと思いましたが、漫画の勢いがなくなるのでやめました。
実際にセイゴがかかったときは本当にゾクゾクしたんです。楽しい!!!!って。だからどうしても勢いを出したかったんです。
やっぱり目標を持って真剣にやってたら苦しんだり、悩んだりするよな。と思います。逆に小さな楽しさを手に入れるには苦しみは必要ない。
私はどちらの楽しさも人生において必要だと思います。
今、これからの人生どう生きていこうかって本当に真剣に悩んでるんですけど、とりあえずこれからも色んなことに挑戦しつつも悩んで、苦しんで、大きな楽しさを手に入れながら過ごしていきたいと感じました。
作中では育てる「楽しさ」と呼んでいますが、やっぱりこの楽しさってもう一回言うけど、ゾクゾクするんですよね。
最後のページの「さよならアオリイカ」とはアオリイカを諦めるという意味ではなくて、こだわりや固定概念を捨てて、視点を変えて、回り道しても、いつか釣ってやるという意味でもあります。
楽しむって何だろう?というテーマに答えを出せたのかはわかりませんが、この漫画を描いていてこのように感じました。
でも、このあとがきを書いてて思ったんですけど、その道を熟知してる知人がいて、その人に教えてもらいながら進めていったら普通に難しいこと考えずに楽しいんだろうな。笑
「可能性クラッシャー」という話でも描いたように新しいことを始めるときって、そんな都合の良い人が近くにいないってのが人生なんですけど。
これからもゾクゾク、ワクワクしていきましょう。改めまして最後までご覧いただきましてありがとうございました。
2021.06.21 ズズズ