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妄想と矯正
妄想で箸を正しく持てるようになった、そういう話。
年の瀬ということもあって、段階的に自室の掃除を始めている。本棚の整理が最も時間を要するので、最後に回す予定だ。たぶん一日がかりになる。本棚のほとんどは漫画で、少女漫画から青年漫画まで、ジャンルは結構雑多だ。
小学5年生の時から漫画の虜だ。これが好きで鍛えられることはあるだろうかと考えてみると、想像力やら妄想力かなあと思う。
その力は、たまーに現実にも及んだ。苦手なことやできていなかったことを克服するのに一役買ったことも、ゼロじゃない。
わたしは、13歳くらいまでお箸を正しく持てなかった。箸と箸が交差する、バッテンみたいな持ち方。当時はそれで(自分の中では)苦労もなかった。
親は何度も正しい持ち方を教えてくれたけど、聞く耳を持たなかった。トライしてみるんだけど、その時は全然しっくりこなくて、すぐに元の持ち方に戻してしまっていた。小学校高学年の時には、親も矯正するのをもう諦めていたと思う。
転機は、中学生の頃、好きな人ができたことだった。噂で、その人の母親がものすごく礼儀に厳しい人らしいと聞いたとき、妄想が膨らんだ。
もしも好きな人と付き合えて、親に紹介してもらうことになったら。しかも食事なんかしたときに、わたしの箸の持ち方を見たらどう思われるだろう。「別れなさい!」って言われちゃったりして。
これはまずい。……当時まともに好きな人と会話もせず、なにも進んでいない恋だったけど、妄想だけはいっちょ前だった。
そして突然、家族で夕飯を食べているときに「……箸ってどう持つの」と母に訪ねた。向こうは、今まで真剣に取り合ってこなかったのに、と驚いていたけれど、喜んで教えてくれた。
自分から進んで取り組んでみると、思いのほかあっさりと持てるようになって拍子抜けしたことを覚えている。今思えば、本当に本人のやる気次第ですぐに解決することだった。ご飯粒のつまみやすさに異様に感動した。
まあ箸を正しく持てるようになったからといって、あのときの恋は、特に何も起きなかったけど。
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