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卵焼きリベンジ
三角巾を頭にかぶり、制服の上にエプロンを装着する。自宅で台所に立つ時とはちがう、妙な緊張感があった。
調理実習のことだ。
最後に出席したのはいつだっけ。たぶん高校1年生の時の、家庭科の授業じゃないかとおもう。たしか肉じゃがをグループで作ったような、かなり曖昧な記憶だ。
一方で、脳裏に焼き付いている調理実習がある。中学2年生の時、卵焼きが課題料理だった。3〜4人ずつグループが組まれ、それぞれコンロやら流し台やらが設置されたテーブルに分かれる。そこで1人ずつ卵焼きを作って、1つずつ先生が評価していく。その出来栄えは、成績に着実に反映される。
卵焼きを作るために使用できる卵は1人1個まで。熱したフライパン(たしか四角のタイプ)に、溶いた卵を2回に分けて流し入れ、菜箸で丸める。
自分の卵焼きの出来がどうだったかは、覚えていない。大きな失敗はしなかった……とおもう。
「あれっ、オレの卵どこ?」
卵が半分焼けたフライパンを前に、男子生徒Aがキョロキョロとテーブルに目を向ける。
溶き卵が半分残っていたボウルは、流し台にあった。水に漬け込まれた状態で。犯人はわたしだった。自分が使用したものと勘違いし、まともに確認もせず洗おうとしていた。「あっ」。一瞬頭が真っ白になる。蛇口から水が出続けている。卵に予備はない。
覚えている理由は、これだ。平謝りすることしかできず、グループ内の空気は凄いことになった。気まずくてどうしようもない。
Aの卵焼きが最終的にどうなったかはわからないが、この過失がトラウマとなった。これが脳内でぐちゃぐちゃと変換され、「卵焼きを焼くこと」そのものに苦手意識を抱き、作ることを避けてきた。居酒屋でほぼ必ず注文するけど。
この前、偶然テレビで俳優の菅田将暉さんが厚焼きの卵焼きを作っているところを観た。「作ったことない」と言いながら、共演者やスタッフの応援を受けつつ少しだけぎこちない手つきで卵を焼いて、丸めていく。卵は3つ使っていた。
観ていたら、「作ってみたい」と思えた。あの調理実習の場面も頭によぎったけれど、「焼きたい!」が勝つ。みんなでわーっと応援しながら作っているさまや、改めて工程を見て、ハードルが下がったのかもしれない。
材料は冷蔵庫に揃っていたので、インスタグラムでレシピを確認し、勢いそのまま作ってみた。
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丸めるときにまごつくこともあったけど、概ね順調だった。ちょっと拍子抜けしてしまう。調理実習の苦い記憶を乗り越えた瞬間だった。
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