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おなじ時間、おなじ場所。

昨日から引き続き、なんとなく「習慣」について考えている。

件の感染症が出現してから、2年以上が経過した。たくさんあった変化のひとつに、電車に乗る回数減少がある。

通勤時、週に5回は乗っていたのが、いまは2~3回くらい。

この回数が減ったことに比例して、うっかり忘れてしまうことが増えたのがいくつかの習慣だ。

たとえば、言語学習アプリ『Duolingo』。昨日も少し触れたけれど。週日、少なくとも1日1回、レッスンをクリアするタイミングは、すべて朝電車に乗った直後で、そういうリズムがあった。

たとえば、読書。眠気に押し負けてしまうことが多いけれど、それでも鞄に仕込んだ文庫本やら新書やらのページを捲る。文章を目で追う。

たとえば、好きなアーティストの新曲をリピート再生して聴くこと。聴く頻度が減ったこともそうだし、配信されて聴くまでのスピードもだいぶのんびりになったように思う。ラジオも聴くようになったのも要因のひとつではあるけれど。

電車に乗ると、正直うたた寝してしまうことのほうが多い。それでも、おなじ時間、おなじ場所、そのスキマを縫ってちまちまと続けていたことがいくつかあった。

半強制的な場所の切り替え、みたいなものが減ったことで、続けられていたことがむつかしくなっている。

当時は週5回も電車に揺られることが憂鬱だったくせに、いまさら「結構受け取っているものが多かったんだなぁ」なんて、都合良く考えてしまう。

少し遅延している帰りの電車に揺られている。あと20分。

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のん
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