のりたまふりかけの記憶(親ガチャに失敗したその2)

あまり良くない記憶だが、思い出したので、記載をしておこうと思う。

大人になって、あの黄色いふりかけが、ご飯の上に乗っている画像を見ると、子供を思い出す人が多いと思う。

当時のこどもにとってのりたまふりかけは、ご馳走に近い記憶。


でも、私にはそれが、ない。

私が子供の頃は、三色ふりかけ(?)というものがあり、たしかのりたまとかつお(?)とごま塩がセットになっていて、それが食卓に乗っていた。

こののりたまは、姉の為に母が用意したもので、私の口には入らなかった。

私に与えられたのは、かつお(?)とごま塩。そのかつお(?)も、のりたまが無くなれば姉が食べるのだ。

今の私であれば、軽くぶち切れるレベルだが、

子供の私には、母と姉の理不尽な要求と暴力でそれが当たり前と思わされていた。

私の記憶は白黒。


先日、昔ながらの駅弁を噛み締めながら、それを思い出してしまった私は、箸を留めてしまった。

ごま塩のかかった俵型のご飯は、今や珍しい駅弁なのに。

駅弁は、嫌いじゃないのに。


私は、下手すると死ぬまで、この記憶に苦しめられる。

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