見出し画像

赴山海協奏曲

ビッグスター成毅を主役に据えた大型武侠劇(主人公が数々の手練と出会い武術を磨く時代劇)《赴山海》が、125日という撮影期間を終えた。

長すぎるインテルメッツォ(間奏曲)

わが張暁晨は、5月に撮影に入る前、非常に長いオフ期間を過ごしていた。
最後に仕事をしたのは、2月頃の上海での現代劇で、それが終わってからずっと、家族と南の島へバカンスに行ったり

2月。元宵節

南の国へバカンスに行ったり

2月

同じ事務所の看板俳優王鶴棣が開いたオリジナルブランドの洋品店のサポートに赴いたり

上海にこの店はある。事務所のスタッフ、所属俳優ら総動員で開店イベントにあたった。
当の王鶴棣は多忙すぎて駆けつけられなかった
事務所所属俳優、康亢と
着ている上着もここのブランド。

最愛の妻と最愛の息子と過ごす時間を、宝物のようにして過ごしていた。

四歳になる彼の息子は、恐竜が大好き。
3月。雨の日でも趣を見つけ寛ぐ
奥様と咕噜くん
4月。鄙屋で寛ぐ
5月。父の日に親子3世代で記念撮影
伝統や習慣を重んじる暁晨ならではの発想

2月、3月、4月、5月ーーーその都度どう過ごしているかを私たちに見せてくれている暁晨だったが、仕事をしていないことに不安は募る一方だった。
というのは、暁晨は昨年末にこの事務所に移籍したばかりで、正式官宣(発表)された仕事は、2月にクランクアップした《他為什么依然単身》だけだった。

移籍先は、駆け出しの若手ばかりが所属する萌樣影視

つまり表に見える仕事はこの時点でこれだけで、撮影を全くしていない4か月を過ごしていたわけで、私からしたら息つく暇もないほど活動している看板王鶴棣の手伝いをしている暁晨をなぜ見せられなければならないのかという焦りと心配で気が気でなかった。

前の事務所の看板は陳坤殿下であった。
殿下はいいのだ。なぜならば、社長だったからだ。

古巣の東申未来。8年在籍した

ブリランテ(すぎ)な開机式

私の中では新しい事務所への不信感が募っていた。新しいスタッフと和やかに過ごす姿を見ることができても、仕事をしている姿を見ることができていなかった。
そして5月も下旬に突入した18日。

成毅という、今大人気の俳優の古装劇に参加することがこの日分かった。
開机式というクランク・インのセレモニーだ。
参加を全く知らなかったため、待ちに待ったと書くと語弊がある。

この《赴山海》の開机式は、見たこともなければ聞いたこともないほど大規模なものだった。
当日は撮影所である横店影視城の広大な秦王宮の敷地全てを、成毅はじめ俳優のファンが埋め尽くした。

"宣伝台"と呼ばれるオブジェ
ただでさえ炎天なのにすごい熱気

恐らくこの規模の開机式は前代未聞だと思われる、調べてないから知らないが。
ともかくも、夏日の晴天の下、儀式は始まった。

成毅のすぐそばで、線香を献じる暁晨。
こういう場合、向こうに暁晨のファンはいないため、成毅を狙って撮られたものに映り込んでいるものを探すことになる。

当然成毅のファンは彼以外は不要のため暁晨は見切れ、時には顔にボカシを入れられたりする。そうなっていないものの中から何百という画像を執念で探すのだ。
本当は、こういう写真は事務所が撮影し、私たちに見せてくれなければならないのだが…

暁晨はこの日、番組が用意したTシャツの下にオレンジのシャツを重ねて、袖を捲るというスタイルだったため、探すのに大変助かった。
ちょっとしたこういう着こなしが嬉しい。
喜びに満たされながら保存したこの画像が、よもやという事態になろうとは。リアルタイムで追っていたからこそ残せた写真。

成毅の写真はごまんとある

成毅が後ろの暁晨に気づき、何がしかを話しかけ、暁晨が笑顔になるモーメント。
台本読みなどで親しくなったものか、暁晨がこのような表情になるということは、成毅が好ましい人間であるという証だ。私はほっとした。
元来、主役スターはあまり脇役とは絡まない。ふと視界に入った暁晨に話しかけただけでも、成毅の人柄は保証されたようなものだ。

キャストとスタッフ(監督二人の2グループ体制)だけでもこれだけの規模、賑やかで華やかな開机式ーーーしかし、笑顔のかげでこの時すでに、第一の異常事態は発生していた。

向かって一番左でカメラの幕を外していた黄俊捷ーーー

その表情はどこか不安げだ。
彼は実はこの半年前に、付き合っていた彼女と揉め、それがスキャンダルに発展し半年間の謹慎を経て、これが復帰第一作だった。
復帰第一作になるはずだったのだ。
ところが私が最初に暁晨の姿を保存した官宣には、彼の名前はない。

後から調べたことによると、この時彼はゲスト(特別、または特邀)出演という立場だったらしい。後から間を置いて知らせるつもりだったのかもしれない。
ところが、開机式に彼の姿を見つけた成毅のファンが息巻いたのである。
中国のドラマは、ことにこういう若いイケメンアイドル俳優の作品の視聴者、または俳優のファンは中学生〜大学生くらいが中心だ。
日本のような主婦層はあまり見ない。
かく言う私も暁晨のファンダムでは、当然確認する必要なく一番年嵩である。
呼びかける際"姐妹"と普通は言うが、みな私のことは憚らず"姐姐"と言う。
つまり、非常に未熟で稚拙なのだ。
ティーンエイジャーの女子たちにとって、一番タブーなのは王子様に恋人がおり、しかも肉体関係があるというスキャンダルだ。
しかも、黄俊捷の案件はもっとまずかった。

彼女がいるにも関わらず、仕事関係の女性と浮気していたというのだ。例の如くやりとりや肉声などの証拠が挙げられ、一番モメたころに当の被害者である恋人が自作自演であったことを謝罪するという、いつもの大変残念な事件だった。
いわば黄俊捷こそ被害者だったような顛末だったが、ファンの動揺はひとかたならず、半年謹慎の禊をしていたのだったが、こんなフシダラな俳優を起用するなんて、私たちの成毅の作品に相応しくない!汚れる!黄俊捷の参加を認めるわけに行かないというのだ。

为什么?(Why?)

祝いムードは一変、"赴山海開机"のタグ部屋は真っ赤に染まった。
そこへ、黄俊捷のファンが反論し応戦した。

俳優の権利を冒涜するなと、ムーブメントを批判。
すごい騒ぎとなる中、2時間のうちに

いつのまにか、暁晨の名前と画像が削除されていた。
私は二度見し、愕然とした。
なぜ?
誰でも思うだろう、なぜ?と。
何があった?何が起こった?

その日、真っ赤と真っ黄に染まった画面を追いながら、調べてみたものの何も分からないままだった。
唯一見つけたのは、暁晨の名前が削除されたことに気づいた人の記事だった。

削除について触れた記事は、現在でもこの一つだけだ。

"成毅一人が操る空母のようだ。黄俊捷の名前は無く、張暁晨は削除"

頼みは事務所の発表である。しかし。

これほど大規模なイベントだったにも関わらず、全く何もアップされなかった。
こんなことがあっていいのか。
名前と画像が削除されたのだ。
大事ではないか。
ファンたちはまるで今日のことに触れない。
何があった?
何があった?
暁晨も何も書かない。笑顔で壇上にいたのだ。
開机ではないの?
またしても(暁晨のトラブル巻き込まれ率は85%くらい。トラブル巻き込まれ大王であることは本人も認めている)暁晨だけ、何がしかに巻き込まれたのだったーーー

巻き込まれ大王ゆえの狂詩曲(ラプソディ)

その後、集合写真とともに
"黄俊捷と林凱は出演しないがその場にゲストとして賑やかしに来てくれた。ありがとうございました!"
と書かれた微博がアップされた。
林凱というのは、あの場にいた若い俳優だ。彼もひっそりと巻き込まれたのだろうか?

しばらくの間、暁晨の位置情報は浙江のままだった。ということは降板ではないのだろうか?
考えられるのは、黄俊捷が降板したことで、暁晨の役がらに何か影響があったということだ。
やたら絡む役が、片方が居なくなった場合、既にクランク・インしてしまった時点でどうなるのか、全く見当がつかない。
想像するしか仕方がないため、あれこれ想定している間に、暁晨の位置情報(中国ではコロナのパンデミックから、移動を把握するためと称して微博にどこにいるかが表示されるように。私は当然、日本)

その位置情報が北京になってしまった…
浙江省までわざわざ出向き開机式に出て北京に一旦戻るなど考えられない。
これは何かあった、と考えるしかない。
暁晨は至って落ち着き、穏やかだった。

土砂降りの中、自転車を飛ばし馴染みの店へ
端午の節句
北京の茶房にて

これからどうなるの?レギュラーが決まっていたということは、そしてそれがなくなったということは、2か月半のオフがまるごと降ってわいたことになるーーー
毎日動向を探らずにはいられなかった。
《赴山海》では、クランク・インしてすぐに、殺陣の練習中に女優がけがし、そして今度はレギュラーであった少林寺拳法の達人、秋風さんが交通事故で亡くなるという悼ましい報もあった。

まさに撮影所に向かう途中での交通事故だった。お悔やみを申し上げます。

やっと新しく発信された公式ポストは、残念ながら暁晨に関するものでなく、ゲスト出演する俳優のものだった。

そんな中、定粧照と呼ばれる、衣装合わせを兼ねたポスター撮りのときのイメージ海報(ポスター画像)が発表された。

領銜主演というのは日本で言うところの主演。レギュラーの中で特に中心となるキャストのことで、成毅は一人三役であることが事前に発表されていた。
まだ詳細は秘密、としたかったのだろうか、ここでの成毅の画像に、待ち構えていたファンたちが大激怒したのだ。

最初何に怒っていたのかさっぱり分からなかったが、どうやら紗々越しのためサッパリ造形が分からない、ふざけているのか、主役にこんな扱いをしていいのかということだった。

他の俳優にモザイクを施すところがいかにもファンらしいが、制作がわの意図などを尊重するという考えは無いのか。
これに激怒したファンたちは、こんな公式クソだ、フォローをやめよう!と声を上げ、またたく間にフォロワー数が落ちてゆき、それを嘲笑うという現象が起こる。

普通のものも存在する
ファンが望んでいたもの。
これがあるならいいではないか…

黄俊捷を引きずり下ろし、今度は公式の広報を嘲笑いーーー全て自分たちの手で成毅を貶めるような行為は許さないと脅し、ファンらは完全に奢っていた。この二つの事件によって、肝心の成毅の印象が貶められたことに気づきもせずーーー
ネットには、ファンらの数にものを言わせるような行為は行き過ぎではないかという声が上がったが、結局は公式がファンらの要望に応えたという結果となった。

そこは"敦煌"ーーー意外な遁走曲(フーガ)

6月。暁晨は飛行機に乗った。

降り立ったのは、撮影所と反対方向の地、敦煌ーーー

末尼敦煌文化庭院の店長と
身バレして急遽宣伝要員にされた敦煌大劇場

現地の遺跡に思いを馳せ、彼はバギーに乗ったり地元の民族楽器を聴いたりと過ごした。同行したのは奥様か、ならぐるぐるちゃん(息子)は誰かに預けてきたのか、…ともかくも《赴山海》とは全く関係ないことは確かだ。
撮影は進み、レギュラー陣の出粧照(首から上までを完璧に仕上げた状態で、撮影場所に向かう車に乗り込むところを捉えた写真及び動画)を見ながら、私はため息をつくばかりだった。

同じ頃、走って車に向かうアクティブすぎるアラフィフ季晨
張赫は成毅の友人役
長男役張峻寧

これらは全て暁晨とは関係無くなってしまったのだろうか?

出粧照〜突然始まった夢想曲(トロイメライ)

砂漠に様々なものを残し、暁晨は機上の人に。
降り立ったのはーーー

義烏。横店の隣街だ。
つまりーーー

暁晨の位置情報が浙江になり(浙江には撮影所がある)
私は暁晨が関係がなくなったかもしれない状況でも、毎晩チェックしていた香盤表(役者やスタッフの入り、その日の撮影を誰がどこで何カット撮るかなど全て記されたタイムシート)を見てみた。
《赴山海》には、先程書いた季晨や張赫、杜俊澤など私が知っている懐かしい顔ぶれが多数出演していて、何となく毎晩見ていたのだ。
するとーーー

あった!暁晨の名前が!これで降板説は消えた。
そこには、当初の"李楠"ではなく、"蕭開雁"とあった。
私はさっそく情報を探る。

すると、開雁は成毅演じる秋水の次兄であること、かなりの剣豪であること、沈着冷静、家門の守護神的立場であること、寡黙で堅実、忠義に篤く品行方正、柔和で優しい好青年、と絵に描いたような善人であることが分かった。

《卿卿日常》の尹嵩

張暁晨と言えば、冷徹で血も涙もないチンピラな敵、憎たらしく優雅で所作が格別美しい、しかしゲスな役なイメージだろう。

《七時吉祥》の昊軒
《風起隴西》の黄預

ことに最近は演じる役のゲス度がどんどん上がり、張暁晨が出てきたら悪役と思え、が定番になってきていた。決めつけられるのが大嫌いなB型、自由人な暁晨はレッテルを剥がす作戦に出たようだ。
これは楽しみだ、そう期待して、クランク・アップのその日を待つ、といういつものモードに入るはずだった。

香盤表の円舞曲(ロンド)

香盤表。

このようなもので、その日に行う撮影に関する確認事項が全て書かれている。
集合時間やメイクアップの時間、楽屋から撮影場所へ出発する時間、撮影場所、昼ご飯の時間まで、撮影に関わるスタッフ、俳優などに配布される。
これらをファンに横流しし、小銭を稼ぐ者がいてくれるおかげで、ファンたちは出待ちをしやすくなるわけだが、、、

ただ車が通り過ぎるだけというのによーやる…

七月末あたりに、あまりに人が多すぎ、香盤表を流すな、と勧告があり、入手が難しくなったと聞いた。

暁晨の、夢にまで見た出粧動画が上がったのは10日後だった。

こ、…、これが、10日前まで砂漠で雄叫びを上げていた暁晨と同一人物なのか⁉︎

二度見するレベルの貴公子!!

四年前の《千古の愛、天上の詩》での玄一を彷彿とさせるこの高貴さ✨✨✨✨
大歓喜でしかない。
ところが動画はこれで終わりではなかった。
この日、暁晨は車内の花束の画像を、嬉しそうに微博にアップした。

それは、出待ちしていたファンが渡したもの。

実は彼女は(もう一人もかどうかは分からない)横店に在住で、暁晨がいる番組が借り切っている化粧用のホテルまでは車で10分くらいの場所だった。
そんな立地にも関わらず、今まで俳優に会いに行こうとは思わなかったらしい。
会ってみたい、そう思ったのは暁晨が初めてだった。普段はクールな言動が特徴的で、暁晨ファンには多いタイプだが、ちょっと変わったことを言って暁晨の関心を引く子だった。けれども、普段生意気な口のききかたをしている彼女も、いざ本物に面と向かうとなると、緊張しきりだったという。

美しい髪、鬘はシルクでできている。近年ますます質が良くなり、主役が使う鬘は大層な値段なのだと暁晨が教えてくれた。
人形などもそうだが、揺れて絡まったりしないよう、揺れる簪なども撮影までは白い紙で束ねたり、乱れやすいサイドなどはクリップで留めたりしてある。

驚いたのは、彼女が毎日出待ちを続けたことだ。仕事はしている社会人のはずだが、どうやっていたのだろう(時間はまちまち。午後1という時もある)。
3日めには既に真似を始めた別のファンの子が出始めた。

7月19日に、二組目の撮影隊も始動した。室内スタジオ組だ。

この日羽織っていたシャツは、昨年夏、主演映画で共演し、意気投合して親友となった隋咏良とお揃いのもの。下着、靴下は友人のブランド、MaisonTitle。

乗り込むさいの脚の長いこと
車に体を捩じ込む感じだ

ホテルの裏口はスタッフが何も気遣っていない感じがよく出ている笑

生活感溢れる裏道。道端に置かれた植木鉢が難易度を上げている
ここから出てくる
バンで出てゆく。追いかける出待ちファン

手前は絶対に落ちたくはなさそうな池

出て左側は余裕がある。これは別の日。暁晨の背の高さがわかる

このときはまだ、単なる兄とだけ思っており、出番は家族会議のシーンくらいだろうというイメージだった。
どうしても、数年前の"脇役枠"の感覚が抜けないためだ。
しかし考えてみれば、最近の仕事ぶりからして、張暁晨が"ただの脇役"なわけがなかったのだ。

芝居をしている姿。台本とは別の紙を手にしていることから、当初と変更があったのだろうか
嬉しそう

何日経っても突撃に慣れない暁晨の戸惑うようす。
彼もまた初めてだった。
デビュー当初はファンに囲まれるアイドルだった暁晨だがそれは遠い昔の話、いつもは独り静かにひっそりとマネージャーとだけ過ごしていたからだ。

自動ドアの向こうにいるのが、彼女だ。
暁晨の手元にはサインをしてもらうために彼女が渡した写真がある。

写真は突撃初日に写されたもので、暁晨はちょっと戸惑い、
…これにするのかい?
と不満そうだったため、次から彼女はちゃんとした画像で頼むようにした。

サインを彼女がせしめているのを見た他のファンは、刺激され、出待ちは更に増えた。

戦利品をディスプレイしアピール

ファンダムにはチャットルームというものが存在し、ファンたちは普段から、暁晨と特に関係がない話題でもお互い喋ったりする。
会うのが初めてでも、たちまち誰なのかすぐわかり、同じ俳優を推す者同士、親しくなる。

夏の暁晨の定番、日本で購入した甚平

私はそんなやりとりを、毎日見て、夜は出番があったかどうかを香盤表でチェックしが毎日続いた。
直接会いにゆける彼女らが羨ましかったが、向こうのファンとて、遠く離れた地で働く身、会いに行くという行動は夢でしかない。
彼女らは、そんな私たちが喜んでくれるから、彼の姿を撮っては紹介してくれた。

ねえ、貴女も送ってみない?ーーー降ってわいたカノン

そのうち彼女たちは、呼びかけてデリバリーを請負い始めた。毎日会いにゆきたいが嫉妬を買わないために、渡したくともできないファンのもどかしさを躱す作戦だったろう。暁晨も受け取ったプレゼントの写真をアップなどしたため、更に彼女らのキモチを高めた。
物心ついた頃から寄ってくる女の子をちぎっては投げし、女の子の扱いに長けた暁晨は、非常にこの緩急の付け方とコントロールがうまい。

暁晨もだんだん格言シリーズに変えてきた

そんなとき、そんなやりとりを横目で見ていた私が、超話に投稿した記事に返信をくれた子がいた。

彼女は茗鈺。茗は茶葉を表すため、"茶茶"の愛称で呼んでほしいと彼女は言った。
今までのファンの機械翻訳ではない日本語力を、私は彼女から感じ取った。
私の中国語は機械翻訳だ。けれども、彼女はそこに滲み垣間見える元文を想像できるのか、私の書いた文が好きだと言った。
私たちはすぐに仲良くなり、日本と中国についてたくさんの話をした。
驚いたのは、彼女が自国について非常に客観的にとらえ、政治的な話でも気軽に発言することだ。微博のDMで大丈夫かと、私の方が心配したくらいだ。
そんな屈託のない彼女と知り合って10日も経たない
七月中旬、

こちらの私の未練たらしいポストを見た彼女が、
"貴女も彼にファンレターを渡してみませんか?件の子に送り、彼女が暁晨に手渡してくれるそうです"
と誘ってくれたのだ。
私は耳を疑った。
打ち合わせをし、私が書いたものを彼女が中国語に訳し、そちらを送ったらどうかということになった。航空便だとどれくらいかかるか分からず、その間に撮影が終わってしまっては意味がない。
私はすぐさま急いで手紙とイラストを仕上げた。
普段私はスチャラカノータリン翻訳機でもまともな文章になるよう、書きたい表現を我慢して、伝えたいことの1/4も伝えられていない。
今回は茶茶が全面協力してくれるとあって、既に過去に暁晨に伝えたことや常々伝えていたことを改めて日本語で思う存分に書いた。

こちらを、茶茶が翻訳してくれた。

私は、彼女の手に依って翻訳された文章を読み、涙が止まらなかった。
それは機械の翻訳ではない、生きた中国語だった。中国で生まれ中国で暮らす、茶茶や暁晨が普段から当たり前に使っている表現で書かれた文章は、この五年、独学で、何とか彼のことを知ることはできないかと、独り老眼に鞭打って日中辞典と格闘し、想いを伝えるために文法以外の中国語の表現を学んできた私の日々の積み重ねのおかげで、今や辞書を引かずとも拼音ですらすらと読める(読めるのであって音読はできない。私は発音は学んでいない)。
文章にあるように、私は毎日泣き暮らしながら推し活をした日々もあった。勇気を振り絞ったからこそ、暁晨とここまで親密にやりとりし、かけがえのない、慈愛溢れ、優しく親切で聡明な茶茶とも知り合うことができたのだ。
この手紙は、まさに今までの私の努力と執念の思いの集大成と言っていい。
これなら、私の信念と想いの深さを、暁晨に感じてもらえるに違いないと思った。

私が書いた便箋を写した写真とイラストを茶茶が美しい化粧紙に印刷したものを、可愛くラッピングしてくれ、手紙は3日ほどで江蘇省から浙江省横店の例のファンの子のもとに届いた。

添えたイラスト。《七時吉祥》昊軒
《赴山海》蕭開雁。今回の役がら。
"これは日本のファンである友達Hanorosesさんが書いた手紙を、私が中国語に訳したものです。彼女の具なあなたへの想いを、感じていただけますように。中に入っている元の直筆手紙はあなたを驚かせることでしょう!"

ところがのスケルツォ〜私もそう言えばやらかし女王だった

ところが。
何とあれほど、彼が横店を去る前にと慌てて送ったにも関わらず、横店のファン(アリスと以降呼ぶ)はすぐには渡しに行ってくれなかった。
ランダムに届くであろう、全国のファンからのプレゼントがある程度手元に集まってから持って行きたいと言うのだ。
それに、横店に集う成毅のファンは膨張する一方で、警備の問題から黙認状態だった香盤表の横流しを禁じる勧告がなされ、なかなか手に入れるのが困難な状況になっていた。

ロケを一目見ようと、付近の山から見学する成毅ファンたち
この日は曇天だが、炎天下の日の方が多かった

うう、分かる。個人の予定もあるしお金だってかかる。頼んだ以上はこちらからあれこれ要求できない。しかし、ーーーなのである。

その間もほとんど毎日、アリスは暁晨の元へゆき、サインを貰ってばかりいたのである。
それと一緒に渡せば済むことではーーー
そう思わずにはいられないもどかしい日々は2週間を過ぎ、とうとう8月に突入。

8月8日。茶茶が、家族と日本に旅行に来るという。
会うことができないかーーー
私の自宅は三重県にある。
11日夜に関空に降り立ち、12日に大阪城〜心斎橋で昼食、奈良へ移動、奈良公園周辺〜愛知に泊まり、13日富士山を見にゆき山中湖。
14日東京、浅草〜秋葉原〜鎌倉、江ノ島、
15日京都の御所、清水寺〜関空
何ちゅう過密&広範囲&無謀スケジュール、しかも泊まる宿は直前に知らされるという。
お盆真っ只中、当然バスは渋滞に巻き込まれ、なかなか辿りつけなかったらしい。

この中で私が駆けつけられるとしたら、大阪か奈良か京都だが、お盆である。娘二人と夫は当然在宅、12日は親戚が実家に集まる。加えて殺人的な暑さ。炎天が続いていた。
会いたいのはやまやまだが、現実的ではない。
迷っているうち、11日に、閃いた。
奈良には仲良しのフォロワーさんがいる。その方と会うという名目なら、突然の奈良行きは不自然ではない。行ってきてもいい?というおねだりは、すぐに承諾された。
子どもが成人して良いことは、こういう時である。

12日、私は奈良公園で会うべく、目立つ格好で向かった。自宅を8時半に出発、電車で奈良へ。11時、茶茶たちが大阪城にいるころ奈良到着。

これなら分かるであろう

彼女が来る前に、私は友人が働く喫茶店で昼食を摂った。中国ドラマがきっかけで、Twitterで知り合った方である。
バスターミナルだと冷房があり、観光バスはみなそこに停まるため、捕まえやすいだろうと聞き、そうした。
ここで会えたらいいが、もし無理だったら広大な奈良公園でお互いを見つけられるだろうか。

ところがである。直前に、予定では奈良公園〜春日大社とあったのに、バスはターミナルではなく春日大社に向かってしまったのだ。
何てたって彼女らは強行軍である。私はすぐさま判断した。
ターミナルから一直線に奈良公園を突っ切り春日大社へ早足で向かった。

奈良はしょっ中訪れているが、これが想像以上に遠かった。
しかし、春日大社を参拝してから茶茶が出てくるまで、どれくらいだろう。バスでバスターミナルまで行くのだろうか。春日大社に観光バスが停められる駐車場などあったろうか?とにかく、境内にいるうちに何としても会わなければとノンストップでゼイゼイしながら歩いた。
20分して、茶茶が見せた看板を、境内に見つけた。
長い参道を歩かず参拝できるよう、社務所のすぐ横に新しい駐車場ができていた。
この看板のおかげだった。
中国語で自己紹介の練習をしていたら、後ろから
"はのさんですか?"
と明るい日本語が。
振り向くと、若く美しい女性が笑顔で私を覗き込んでいた。
会えた!
何と茶茶は日本語がペラペラだったのである。

彼女は自分の両親と祖母と来ていた。彼女の父は昔日本企業で働き、日本で単身赴任していたこともあり、彼女の両親も日本語がペラペラだった。
ふしぎな気持ちだ。彼女に会ったのは、ほんのひと月前なのに、暁晨について奈良公園の鹿がカバンを齧ろうとするのを牽制しながら、熱く語らっているのである。
彼女のおばあさんがだいぶ疲弊していらしたので、私たちは駐車場を下ってすぐの池のそばで30分ほど過ごした。
彼女はお土産を持って来てくれていた。

暁晨がデビューしたばかりの頃の雑誌とサイン入りの写真、おばあさま直筆の扇子だった。
どれも貴重な品ばかり、私は感激した。
さっそく暁晨に報告したら、すごく喜んでくれた。しかし、サプライズプレゼントの計画は内緒である。

はははははは 君たちが仲良くいられますように

まさにその日、茶茶と別れたその時、当の暁晨から驚かされる。
な、…なに?《韶華若錦》…?殺青??
これも並行して撮影していたらしい…
二足草鞋は張暁晨の常、一時は五足草鞋ということもあった

《韶華若錦》は宋威龍が主演の古装劇

彼女と別れてから間もなく、恐れていたことが起こる。

何と暁晨は郷里張家口に帰っていた。
撮影は終わったーーー今までの経験から、そう判断した。
サプライズ計画は、不発に終わった。
がっかりである。
茶茶がアリスに問い合わせると、
"大丈夫大丈夫、彼はまたここへ帰ってくるから"
というノーテンキな返事だった。
もっと早くに渡してくれていれば…
そう思わずにはいられなかった。
悩んだあげくに、私は彼に打ち明けることにした。
挟んだイラストも、手紙の内容も、"七月吉日"と結んだ旬も、今《赴山海》の現場でなければ意味がなかった。

"很震驚。因為你的執着"

"私たちは7月には、あなたに渡す手紙を横店のファンに託していたのでした。しかしながら彼女は、他のファンのプレゼントと一緒にあなたに渡すつもりでした。
しかしあなたに届けることが不可能になりました。
あなたは北京に戻ってしまいました。
そこで手紙の内容をいまここであなたに見てもらうことにしました"

暁晨からの反応は、私の想像と少し違った。もっと喜んでもらう感じだったのに、私は訳す前に、使われた語にギョッとした。
"大きく震えて驚く"
見たことのない表現で、翻訳すると"ショックだ"
だった。
私はショックのまま、"なぜショックだと言ったの"
と聞いた。
すると彼が
"ショックだと言ったのは貴女の執着にだ"
ーーー

中国語で厄介なのは、日本でも使う表現があることだ。
中国語がわからない、日本の方が
"震""驚""執着"が大きいと目に文字が飛び込んできたら、頭の中でどのような印象を持つだろう。
どれも負のイメージがある字だ。
私は瞬間的に、"ドン引きされた"
と感じた。
普段でも日本人というだけで充分出しゃばりなのに、本国のファンに混じって横店に手紙を寄こしたのだからドン引きされても仕方ないだろう。
ああーーー
私は奢っていたかもしれない。誘ってもらって飛びついたけれども、本国のファンの手を煩わせてまでせずともよかった。節度を守っていたらよかったと後悔した。
暁晨にとっても、本国のキャピキャピ女の子と日本の初老と言ってもいいオバハン(暁晨は私の歳を知っている)ではまた違うだろう。

茶茶に、彼は何と言ったの?ドン引いたのじゃないかしら、どれほど調べても、"震驚"はショックだし、"執着"は日本語でも執着なのよと泣きついたら
"大丈夫!彼はすっごく、とても驚いたの。嬉しい驚きよ。執着は、貴女の想いの深さによ。
貴女がここまでしてくれて、感激したって意味よ"
ということだった。

日本語がわかり、中国語はネイティブ。有り難いったらない

つまり、先程の訳は

"ビックリだ…"
"僕は横店に戻って来てるんだ(位置情報は北京となっていた)。貴女が出した手紙はそのうち手にすることができると思う"
"ビックリっていうのは、貴女の熱意に対してだ"
"日本へ行く際は、貴女にぜったい連絡するよ"

だった。疲れる…_| ̄|○

語らった木影

蕭開雁〜僕史上最もロマンチックな役

アリスが袋に描いたオレンジ。ファンクラブの名称、橙汁(オレンジジュース)に因む。
反対側の絵は暁晨の好物、牛肉麺。
ファンレターを受け取ったときの暁晨

茶茶からその知らせを受けたのは、暁晨にネタバラシをしたわずか2日後だった。
ちくしょーう私のバカー
めちゃ驚いたって言ったってイキナリ驚くのとはまた違うだろう
何でもうちょっと待てなかったんだー!!

そして暁晨の手元に手紙が届いた一週間後。

………。

どうです、皆さん⁉︎
このように、写真一枚、ぺいッと送り、ノーテキスト!
そこには
"無事に届いたよ"
"貴女の手紙、やっと読みました、ありがとう"
など、何も無しという、
コレが張暁晨なのです!!
もー、憎らしいったら。

私が今回の出粧動画で一番のお気に入りがこれ。
いつしか秋を感じさせる気候となり、彼の誕生日が迫っていた。

このとき撮った写真

この日は夜の撮影だったのか、夕方。外に出て来て空を見上げてうっとり暫し眺めた後、スマホで撮影した夕焼け。
彼の頬は待機するテールランプに照らされ、いつものように急いて乗車するのではなく、バイバイ、と手を振ったアリスに、暁晨の方から握手をしてあげるーーー

その後、撮影はまだまだ1か月は続いたが、アリスからの動画もめっきり頻度は減った。

気を揉んだものの、本来なら何の情報もないまま待つしかないのだ。

誕生日。暁晨は心底この役が気に入ったようで、演鐸に余念がなかった。
ただ優しいのではなく、複雑で、劇的で、ロマンチックな役なんだ、まだ撮影は続くけれども、頭の中は開雁でいっぱいだと。

大哥(長男)役の張峻寧からもお祝いメッセージが。

峻寧の方が年下なんだけど…

Finale

開雁の髪型と髪飾りが変わった日を挟み
ついにこの日がーーー

9月30日
スタジオチーム(林監督組)がクランク・アップを迎える。暁晨誕生日のお祝いしてもらったかしら。

暁晨の出番はここから、1週間は無いままだった。アリスも音沙汰無し。
すると、

"初日"と称して、意味深な後ろ姿ーーー
え?
ま、まさか、7月からずっと仕事だったのに、オフを挟まず次の仕事に入ったってこと?
その帽子、唐の時代の…ハッ!!
もしか、白宇主演で横店で撮影が始まったっていう、《太平年》に参加するの⁉︎
ちょっと待て、《太平年》だとしたら、、、

"敦煌"だーーー!!

それで敦煌だったのか…!
あの敦煌行きは、心の役作りだったんだわ!

いつも暁晨の勝ち

その日の朝
クランク・アップの報
香盤表に暁晨の名が!
アレ?コッチにまだ出番が?
私はさっそく、夜まで待ち、小紅書はチェックしないまま暁晨に労いの言葉を送った
ところが暁晨の返信は

"まだ終わってないよ どうやら夜更けまでかかりそうだ"
え、まだ終わってないの⁉︎もう9時なのに⁉︎
殺青が夜中の時なんてあるの⁉︎

その頃
外では昼からファンが集まり、クランク・アップを祝っていた。
ファンらはそのまま、夜中まで我慢強く待っていた。

日付が変わろうかというころ、ケーキが搬入されてきた。エエッ今から⁉︎もう明日でよくない⁉︎
私は待ち疲れ、ここまで見届けて寝た。

翌日、すてきな殺青動画が上がっていた。
開机の時に比べ、ずいぶん小ぢんまりとしてるけれど、おかげで暁晨は成毅のすぐ後ろに。
笑顔が溢れ、隣に話しかけて。その嬉しそうなようすに、きっと満足するお芝居ができた満足感があるのだろう。何よりだ。

正式な発表や画像はまだだが、嬉しい写真があった。向かって一番右端の、陳華傑さんのアカウントに上げられたものだ。
暁晨だけが、劇中の格好のままだ。主役の成毅はもう着替えて髪もセットしてある。他の俳優もだ。
最後までギリギリ撮影があったのだろうか。
それほどまで出番があり、聞いていたように重要な役だったのだろうか。
あの煌びやかな開机式から123日ーーー

突然彼の名前と写真が消え、泣きながらの数夜。
現れた素敵なすがた。

数々の初体験と冒険ーーー実は、私は四年前、《千古の愛、天上の詩》の出粧動画に暁晨だけがなぜかいなくて、泣き喚いた経験があった。そんな苦い思い出も、懐かしく感じさせられるほどびっくりとわくわくの連続だった。何より、今私は、私の存在と想いの深さを、暁晨に知ってもらえているのだからーーー

《赴山海》の俳優らが毎日通ったホテルのロビー
メイクルームの表札
撤収途中のようす。この空間を間借りし、使っていたのだろうか。
台本。どのくらい修正されたのか

作品が放映されたら、きっとこの濃密な4か月を懐かしく思い出すだろう。
毎作品ごと、心配と不安、わくわくした気持ち、暁晨にもらう感激。
つぎの《太平年》では何が起こるのだろうーーー


いいなと思ったら応援しよう!