月光のイタズラ〜相愛穿梭千年II レビューPart1
現在Amazonプライム・ビデオで視聴できる、2016年制作のドラマ。
"II"とあるのは、当然"I"があるからで、それは『皇后的男人』だが、話の設定が同じなだけで、2作のあいだに関連はない。
そして、『皇后的男人(原題は勿論相愛穿梭千年)』は韓国ドラマ『イニョン王妃の男』のリメイク。
監督はその韓国版オリジナルを手がけた金炳洙(キム・ビョンス)。
つまり、これは韓国ドラマだと言っても過言ではないのだ。
hanoroses的韓国ドラマのお約束を羅列すると
・ヒロインはガサツで酒好きで金に困っており、ファンタジーな幼少期の思い出を持っている
・必ずヒロインの家に男主が転がり込まなくてはならない。そして当初はお互いを嫌悪しまくる。
・男主はたいてい財閥の御曹司で非常に尊大でコワい父か母かお祖母様がおり、乗馬、フェンシング、ビリヤードなどを余暇にし、夜毎クラブのVIPルームで友人らと豪遊している
・外国に箔づけしに行くならだんぜんおフランス
・ヒロインには必ず過干渉でやかましい友達がいる
・男主には必ず何らかのトラウマがあり、それをヒロインが取り去る
・重ねられる秘密と嘘
・車の危険運転
・土砂降りのなかの裏切りの号泣シーンに歌が被さる、からの風邪、発熱。からの周囲の制止を無視した外出、なのに翌日にはケロリンと治る病及び怪我
・無断外出&無断外泊
・路線バスは必ず窓を叩き無理矢理停める
・必ずヒロイン宅をめちゃくちゃにするチンピラが大挙してやってくる
・中盤はモノローグ&悩む表情の長回し&煮え切らない行動力により遅々として進まない
・男主1より男主2と過ごす時間の方が圧倒的に長い
・恋愛感情が一番盛り上がるところでどちらかが別れようと言い出す
・料理を作る描写が多い
・伏線は山のようにあれども回収されない
・悪役は必ず銃殺
こんなところだろうか。
韓国の監督御自らメガホンを取り制作されたこの作品に張暁晨がいるということは、即ち"もしも韓国ドラマに張暁晨が出ていたら⁉︎"
というもしも体験が、中国に居ながらにして見られるという大変嬉しいことなのだ。
キャスト
魏大勳 孫棋龍&張志剛
現代(2016年)孫棋龍と過去(1936年)張志剛の二役を演じる。
この作品は2016年11月に制作されたため、現代の設定も2016年なのだが、実は前年の11月にあることがあった。
魏大勳が、『海上牧雲記』という作品で牧雲徳というキャラクターを演じる、と当初報じられていたのが、
何がどのように動いたのか、三か月後には張暁晨が演じることに変わっていたのである。
いらい私は魏大勳とは、どんな俳優なのか気になって仕方なかった。
なぜ最初に彼ありきだったのか。
なぜ事務所が違う張暁晨に、しかもスターでもなく有名でもなく、メジャーな作品に出ていたわけでもない、つまり魏大勳とは比べようもないマイナーな俳優の暁晨に話が降りて来たのか、ということを、突き止めたくてたまらなかったのだ。
結果見事に張暁晨は独自のスキルを存分に発揮してみせ、各所で評価され、数々のイベントや取材を受けた。
魏大勳はこの頃珍しく韓国の芸能事務所に籍を置く俳優で(現在は自身の工作室を持っている)、バラエティ番組やドラマなどに引っ張りだこの人気スターである。
舞台は上海。主人公孫棋龍はヒロインの家に代々伝わる秘伝の酒と、祖母から貰った土器の欠片の首飾りと月光の効果で、1936年へタイムスリップしてしまう。『相愛穿梭千年』と異うのは、主人公がタイムスリップすると、同じ容貌で同じ誕生日を持つ人物ーーー張志剛と入れ替わってしまう点だ。
この全く雰囲気も仕草も表情もせりふ回しも異なる二人を、みごとに演じ分けた。観ている最中はどちらも魏大勳だということを忘れてしまうほど素晴らしかった。
すっかり彼の笑顔に絆され、ファンになってしまった。
文咏珊 王霖
ドラマ中志剛によって"王小姐"と連呼される霖。
老舗の酒蔵の跡継ぎで酒ばかりかっくらっている。
自身のために祖父から贈られ、結婚するまで決して開けるな、と言われていた婚礼酒がタイムスリップの引き金のアイテムだったために、騒動に巻き込まれる。
演じる文咏珊にはまたもや『海上牧雲記』がらみで暁晨と縁がある。
『海上牧雲記』で文咏珊は三人のヒロインのひとり。主人公牧雲笙にしか姿が見えない存在だが、なぜか暁晨演ずる牧雲徳にも見えたため"奴(従兄の笙)でなく私の方と一緒にいてほしい"と誘う場面がある。
…というバッサリフラれる悲しいシーンなのだが
この盼兮の口癖に
"それはどういうことなの?(这什么意思?)"
というものがあるが、そのときの咏珊の口を尖らす仕草が私は何とも苦手なのだった
今回のこの『月光のイタズラ』は牧雲記の半年後に撮られたものだ
犯し難い人でないもの、美しい妖精のような盼兮からガサツ極まる現代の女性になった咏珊は、牧雲記よりも老けて見えた。
郭雪芙 方紫儀
1936年の世界のヒロイン。
演じる郭雪芙は『晩媚と影』で知っていた。
ヒロイン李一桐よりも私は郭雪芙の方が印象に残った。雪芙は主人公の先輩暗殺者流光の役だった
大変な色気で相手を惑わし、しかし悪になりきらない健気さを持つ哀しげな役だった。
流光先輩は紫で統一した衣装を纏い紫で統一したお部屋にお住まいだったが
今回の紫儀も紫つながり。
上海の駅に佇む紫儀に、タイムスリップでやってきた棋龍は一目惚れをする。
エンディングでまず登場するここの紫儀は本当に美しい。
咏珊のように細すぎない身体、ぷっくりした唇と儚げな大きな瞳。真の強い、善良な紫儀を健気に演じた。
張暁晨飾姜世凱
さて
肝心の暁晨。演ずるは1936年の上海でハバを効かすマフィア、黄組の若頭、これまた韓国ドラマにはつきものの役柄だ。
黒塗りの車と共に部下を引き連れ
常に会長である王にぴったりと付き添う。次期頭目と見做されている男。
登場シーンは第3話
紫儀の父親方(字幕では黄も方もどちらもファンとされるため当初混乱した)から揺すり奪った邸の2階からヒロイン紫儀を見下ろすところ。オフから入るが、声で暁晨とわかる。そう、この作品は暁晨の原声(声優でなく自分の声でアフレコされたもの)なのだ。
貌が見えるぎりぎりの角度、もう決まっている。
ゆっくり振り返り、部下に指示を出す。部下は去るが、その間暁晨は奥歯を噛み締めている。
いつもの暁晨流で、最後の台詞を切った後も、感情は引き伸ばしているのだ。視線や姿勢を変えないのも特徴的。
次は唯一ご紹介できる場面。ただしこの動画では暁晨の声は吹き替えられている
ぜひAmazonプライムで本人の声でご覧になってみてほしい
拾った棋龍のスマホは、1936年に生きる世凱には何なのか分からない。
放送当時面白いシーンと話題になった場面。
触っているうちに
"スライドし、ロックを解除"
というコマンドが出たのだろう、しかし
本体をスライドさせてもーーー
笑
マフィアの若頭だが、暁晨が演じると上品で慇懃だ。この雰囲気は韓国ドラマでは浮くだろう。
どうやら組織の存亡に関わるくらいヤバいことが記された帳簿を、紫儀の父親が持ち去り行方を眩ましたらしい。世凱は父親だけでなく、娘もその婚約者も皆始末した方がいいと思っているが、王はそれを止め、とにかく方と帳簿を探せ、と命じる。
張暁晨が演じるからには普通ではないこの悪役スキルを見せつけねば。
静かな口調で部下たちに説明していたかと思うや
瞬間一喝"找回来!"
彼の息子(現在2歳)が見たら震え上がるだろうなこの様子
チンピラも日本の血も涙もない将校も
冷酷なスパイも可哀想な宦官も
様々な悪役を演じてきたからこそのこの演技
苦節10年ーーー
第4話
ある日の方邸の地下室
部下たちがたくさんのりんご箱を運び込む
得意の伏し目で世凱が中を暴くとーーー
そこには拳銃が。
何と一介のマフィアにすぎない黄組は
日本軍に対して極秘に武器を確保し何やらやろうとしている様子
順調なる進捗具合に満足そうにりんごを齧る世凱ーーー
本庄という日本軍の幹部と組もうとしている頭目の王に世凱はふっと不安を口にする
それは不安でもあり不満でもある
本庄のために邸を用意し
本庄の趣味に合わせて改装し
本庄の私腹を肥やす手伝いをすることに抵抗があるのだ
協力しているとの見せかけがばれた時も心配だ
世凱は日本の連中よりも黄組の方が高い場所にいると思っている
第5話
日本の軍部の本庄という男と黄組の組長が最先端のジャズを楽しんでいるところ。
階下で棋龍が揉めごとを起こす。棋龍とつるんでいたのが有名なハリウッドスターの陳迅なのを見とめた本庄は、彼に会いたがる。
かぶりつきで見るのではなく、流し目でそれをする世凱。
組長から背を向け部下の方へ歩いてくるようすのすてきなこと!張暁晨はすぐには喋らない。スッと止まると
横顔のまま相手の顔などを見ずに話し出す
部下が去ったのちも最後の姿勢のままだ
これらは演出などではなく
暁晨のオリジナルの動きだ
第7話
紫儀の父のレストランだった建物の改修が済み、組長に付き添っている世凱。
立つ姿勢、部屋を見渡すだけの演技だがとにかく決まる。
窓を閉める、観音開きのドアを開ける。
様々な張暁晨の動作を、この作品は堪能できる。
王を認め、居住いを正すまでのこの間。
語り草になったシーンがある。
灯台元暗し、血眼になって黄組が探している方文葆が、まさに組織のアジトの地下室に潜伏しており、"見られたら一巻の終わり"とされる帳簿を志剛に託した。方は逃げるさいに彼の念弟である小冬とぶつかった。方はそのまま逃れたが、ひっくり返っていた小冬は黄組に捕まり、アジトの地下で世凱の尋問を受ける。
世凱は帳簿を取り戻す任務を帯びている。引っ立てられた小冬に、世凱は静かに、ゆっくりと語りかける。
しらばっくれた小冬を世凱は静かに見つめるだけだ。この無言の間の恐ろしさ。
暁晨は首を傾ける。これがまた恐怖を増幅させる。
ゆっくりと世凱が、ジャケットのポケットへ手を遣ったので、すわ拳銃で撃たれるか、と小冬は咄嗟に顔を覆う。
世凱がゆっっくりと指でつまみ出したのは札束。
その間片時も視線は外さず、小冬を凝視したままだ。これが怖い。
いったいどうするつもりなのか、小冬は呆気にとられたままその手元を見ている。
一枚一枚金を無言のまま数えながら、漸く一言だけを、静かに尋ねる。
"ーーーどんな奴だった?"
意図を察した小冬はわからない、の一点張り。
暫く黙り、徐に札束を机に置く世凱。
言うまで金をどれだけでもやるという示唆だ。
吐くまで待つ、という脅しでもある。
静かな時間。
どうやら口は固そうだと思ったのか、世凱はこんどは湯呑みを取り茶を注ぐ。『皇帝の恋』で、『海上牧雲記』で披露した一切隙のない美しい動きで、また独特の持ち方で。この芝居は暁晨にしかできない。何気ない動作のようでいて、実際やってみれば、すぐに無理だとわかる。計算し尽くされた動きなのだ。
リラックスするどころか余計に怖い。
"茶が冷めるまでに''吐けば金はやる。
しかし抵抗するなら命はない。
今度こそ拳銃を置き、
静かに問う
"ーーーどんな奴だった?"と。
結局律儀な小冬は黙秘を貫いた。
ここのシーンが、まるで本物のマフィアのようで、とにかく怖かった、真に迫っていた、と絶賛された。
張暁晨はこの作品までの間に、数々の悪役を演じてきた。
スパイや冷血将校、策を弄する静かに殺気を漲らせるような、ゾッとするような冷たい役も多い。ただ、この作品までの間に沢山の試聴者に見てもらう機会がなかった。
先に撮られた『海上牧雲記』もまだこのとき放映前だったためだ。
このシーンによってまず、この恐ろしくてすごい演技をする俳優は誰だ、と話題になったのである。
一人(方)は逃し一人(志剛)は追っている
地下にあった武器は幸い無事だったと言ったら"何が幸いだ"と組長に叱りつけられて苦渋の表情。
ブツを見られてしまった以上何としても見つけ出し殺さなければならなくなった。
第8話
自ら訪ねてきた紫儀を階段の途中から見下ろすこのカットはとにかく素敵。
客間に通し、話し合う最初の場面。
恐怖を押し殺し、自分と向き合い精一杯虚勢を張る紫儀を面白そうに見つめる世凱。
実は世凱は以前から(この店に目星をつけてから、王に付き添って頻繁に訪ねていた)紫儀を気に入っていたのだった(←後から分かった)
張暁晨の演じかたは憎む相手と愛する相手で全く接し方が変わる
纏う空気や物腰までも。
送り届けようとエスコートし、車のドアを開けるこのカット、ノブの掴みかた、窓のフレームに添える指、紫儀の方を振り返り待つこのポーズーーー全て独特だ。
第10話
夜のシーン
客を見送り、ふと見上げると組長。
というシチュエーション。
ただ佇むのではなく
ただ体を翻すのではなく
ただ見上げるのではない
いつも一呼吸置き
一、二、三ーーー
このタイミング。
礼するなかに思惑が蠢く。
紫儀を拉致したと知り訪ねる場面。
真っ直ぐ廊下をやってきてドアの前に向き直るこのポーズの決まり具合
あくまで紳士的に振る舞う
手荒いまねをして失礼した、今から客間へ案内すると言う世凱。
紫儀はなぜこんな目に家族は遭わねばならないのかを問う。父親が何をしたか知らないのか?部下がせせら笑う。
"店をめちゃめちゃにし、自分を連れてくるよう指示したのは貴方ではないの?所詮悪党だから"と怒りにまかせ叫んだ紫儀に心外だ、悲しいと背を向ける世凱。すると部下が世凱に対して失礼極まると紫儀に手をかけ、殴り倒した。その刹那だった。
世凱は部下の頭を鷲掴んで地面に叩きつけ、徹底的に足で蹴り、踏みつけを繰り返す。
部下も驚き、悲鳴が続く。
あまりの恐ろしさに、志剛を裏切って黄組の一員となった小冬も体を竦ませる
一頻りの折檻ののち、困惑している部下の胸倉を引き寄せ一喝
"不要再譲我看到你対女人動手(俺の前で二度と女を殴るな)"ーーー
いつも慇懃な若頭の恐ろしい一面に部下は圧倒され
ただただ頷く
有無を言わさぬ凍りついた空気
これぞ張暁晨だ
謝った部下の震える頬を優しくその大きな掌でぺちぺちと数回叩く
すっ、とその手を離すしぐさ
恐ろしすぎる
隅で萎縮し震えている紫儀に
乱れた服を直しながら向き直る
"失礼を 上に行きましょう"ーーー
いざ自分の執務室に紫儀を通したものの
無言のまま舐めるようにただ見つめている
"もう怯えなくてもいいですよ"
優しくそう言い、微笑までする
このときは
ああ、好きだなーーー
そう思って見つめていたのね
棋龍が警察官を引き連れてきたため組長は憤る。
棋龍が目障りでしかたのない世凱
なぜ一網打尽にしないのか問うものの、組長は帳簿を見つけろ。その一点張りだ。
どれほど不服だろうと従わねばならない。
窓の外を見やると
ラブ・シーン中の孫棋龍と紫儀が
仕方なくも窓を閉め
めらめら燃え出す嫉妬を何とか抑えようとする
目に飛び込んできたのは、手をつけなかった紫儀に出した茶。
ここから得意のアオリアングル
愛しいもの、護りたいもの、手に入れたいもの、御し難いものーーー
湯呑みを握りしめながら様々な愛憎が迸る
刹那、
やおらドアに湯呑みを叩きつける!
こちらも張暁晨ではお馴染みの芝居だ。
とにかく
あからさまな怒りの表情をおくびにも出さず
次の瞬間引っ掴むか振りかぶるかして
地面に叩きつけるか廃棄したのち沓で踏み躙る
真心や愛情がたっぷり込められていようと容赦ない
張暁晨を知ると物を持っただけで秒読みを始めるしまつだ。
感情の余韻をしっかり残してから彼のシーンは終わる
第11話
陳迅と世凱が出会う。本庄のために用意した、名士が集うパーティーに招待するためだ。
なかなか握手の手を離そうとしない世凱を訝しむ陳。
下手したらヘンな気があるとか誤解を招きかねない
陳もまた紫儀に手を出すのではあるまいな、と警戒しての奇行。
待たせてある車の中でタイを緩めるこの芝居も、数々の諜報ものを演じてきた彼ならでは。
紫儀を追跡させており、彼女が陳のスタジオで女優になったことを知る。
このシーンと
続くこのシーンから(車から降りてまでストーカーを⁉︎)
いったい世凱が紫儀にどんな感情と事情を抱えているのか、もしか二人のあいだには隠された関係か過去か何かがあるのだろうか?
前半姜世凱を振り返る
とにかくこの『月光のイタズラ』での張暁晨は
佇いと所作を堪能する、これに尽きる。
そして、様々な洗練された動きや表情を堪能できるシチュエーションに溢れており、まさかこんなにいちいち興奮できる役がらだとは思っていなかったため、夢中になってうっとり何度も堪能した。
舞台が戦中の上海であることもよかった。レトロな空間と時代のようすが、濃い暁晨の芝居によく馴染む。
スーツ姿での美しい立ち姿と私の愛する腰のラインを堪能でき、
部下を統率する若頭であり、皆に大哥と呼ばれたり
暁晨ならではの震え上がる狂気、キョーフの時間の描写もあれば
ロングショットからのパンアップなどもあり
見どころ満載。色気がちがう。
後半は更にすてきなシーンが登場。
ぜひご覧になってください。