「ライター入門、校正入門、ずっと入門。」vol.2
「校正・校閲の仕事を専門とするプロフェッショナル集団」聚珍社の中嶋泰と、フリーライターの張江浩司が多種多様なゲストお迎えしつつ、定期的に酒を飲みながらぼんやりと「書くこと、読んでもらうこと」について話していくトークイベント。
今の時代に文章に誠実に接することの重要性が伝わってくる今回の模様を、ダイジェストでお届けします。
フリーランスで仕事するにはいい友達が必要?
張江「このイベントもvol.0を含めて早3回目となりました。司会進行を務めます、ライターの張江です!」
中嶋「イベントの発起人、校正を専門とする会社、聚珍社の中嶋です。」
張江「早速ゲストの皆さんに登場していただきたいと思います。どうぞ!」
(ゲスト登壇)
張江「自己紹介お願いします」
吉川「フリーランスでライター、作家をやっています吉川ばんびです。よろしくお願いします」
向山「フリーランスで校正をやっています、向山と申します。よろしくお願いします」
一色「今のところ皆勤賞で呼んでいただいてます、XOXO EXTREMEの一色萌です!」
張江「向山さんは聚珍社に所属している校正者でもあるんですよね?」
中嶋「そうですね。ただ、向山さんは個人でもお仕事を受けてもいて、手が回らなくなったときはうちの会社に校正を発注してくれるという、ちょっと変わった立場でもありますね」
向山「手一杯になってしまったときや、チームを組んで取り掛かりたい案件のときは聚珍社にお願いしてます」
中嶋「ページボリュームがあったりすると、納期の関係もあってどうしても一人ではできないときもあるんですよ。そういうときに弊社に依頼してくれてます」
一色「そういうケースは珍しいんですか?」
中嶋「他にも何人かいます。校正は手順とルールさえ守ってくれれば他人に任せても問題ないんですよ。ライターさんと決定的に違うところですね。ライターさんは『代わりに書いといてね』ってわけにはいかないですから」
張江「それだとゴーストライターになっちゃいますよ(笑)」
一色「その人に書いてほしいから依頼が来てるんですもんね」
中嶋「ライターさんそれぞれに色があるから代わりはきかないですけど、校正という仕事には正解があるので他の人にも任せられるんです」
一色「逆に自分の色が出過ぎちゃダメですもんね」
向山「ただ、私の色を出してほしいっていう媒体もあって、他の人に校正してもらったときに『あれ?いつもより赤字の量少ないですね』みたいに言われちゃうこともあります」
中嶋「確かに、人によって原稿に指摘をいっぱい入れるタイプとかいれば、省エネ(で、あまり指摘しない)タイプとか、色々な校正者がいますね。編集部もどんどん指摘してほしいところもあれば、少ない方が喜ぶところもあるので、その相性は重要になります。あとは、その編集部内のルールを熟知してるかどうかですね」
張江「校正の話は知らないことばかりなんで、どれも面白いですね」
中嶋「そして、やっと僕以外の校正者が来てくれました(笑)」
張江「向山さんはどういった経緯で校正者になられたんですか?」
向山「私は編集者を目指してたので出版社を対象に就活してたんですけど、全然受からなくて。面接にも進めないくらいだったんで、編集者は諦めるしかないかなと。当時、塾を運営している会社の出版部でバイトしていて、本当かどうかわからないんですが『アルバイトでも3年以上編集業に携われば、経験者枠で採用されやすくなる』って聞いたんです。なので、大学院を卒業した後、そのままアルバイトを続けたんですが、そこでの業務は編集というより校正に近かったんです。編集より校正の経験者になってきたなと思ったので、周囲の人に『校正の仕事がやれたらいいんだよね』って口に出していうようにしたんです。そしたら、たまたま私の同級生と中嶋さんが飲み屋さんで知り合いだったので、紹介してもらったんです」
中嶋「そうですね。向山さんの同級生の方には僕の仕事の話もしていたので、『いい子がいるよ!』って教えてもらって」
向山「その縁で聚珍社に所属することになって、いただいた仕事をすることになったんですけど、他の方にも『校正の仕事がしたい』っていうことは引き続き言っていたんです」
張江「聚珍社に所属っていうのは就職ではないんですよね。タレント事務所とかに近いというか」
中嶋「そうです、うちの校正者は全員フリーランスなので。聚珍社に入ってきた仕事を、校正者の得意不得意に合わせて分配していくかたちです」
一色「プロデューサーですね」
中嶋「そんなかっこよくはないですけど(笑)」
向山「得意不得意でいうと、私はカタログみたいなものの情報をチェックするよりも、文章を読んで日本語のニュアンスを提案するような校正の方が好きなんですよね」
中嶋「僕は逆で、文章は苦手なんですよ。僕が会社に誘った手前、最初に色々教えることになったんですけど、僕の持ってる案件は商業印刷中心なので。向山さんには向いてなかったかもしれない」
向山「でも、そこで基本的な技術を教えていただいてよかったです。やっぱり小説や文章に携わりたかったので、聚珍社以外からもお仕事をいただけるように色んな人とお会いしました。友達に『これから出版社と打ち合わせだけど来る?』って言われたら、とりあえず行くみたいな(笑)」
中嶋「いい友達が多いんですね(笑)」
バズる確信をもって書いたブログ記事
張江「吉川さんはリモートで参加していただいてます。中嶋さんのたっての希望でお呼びしました」
中嶋「『文章で生きる夢をマジメに叶えてみよう。 Webライター実践入門』という本の中に吉川さんがライターを始められる経緯に触れられている箇所があるんです。僕自身も紆余曲折あって校正の世界に入ることになったんですけど、未経験の人間が新しい仕事に挑戦するってやっぱり大変じゃないですか。吉川さんもそういった話をされてたので、ぜひそのお話をお聞きしたいなと思いました」
張江「ライターや校正者は資格があるわけでもなく、医学部を出て医者になるというような明確なルートがあるわけでもないので、始め方は曖昧ですよね」
中嶋「文学部はどこの大学にもありますけど、実践的な書き方は教えてないだろうし、ライターという仕事に直結しているかというと難しいですよね。ライター講座に通ったりすれば技術的な話は聞けると思うんですが、今回はそうじゃない部分というか、ちょっと苦い話もお聞きしたいなと」
張江「やりがい搾取されそうになった話とかですか?(笑)でも、そういう扱いをしてこない人を選ぶっていうのは、フリーランスで働く上でとても大切ですよね」
一色「関わる大人を選ぶのはアイドルにとってもすごく重要ですよ!」
張江「前回までのこのイベントで『ライター・校正・アイドルは自称すればその日からなれる』っていう話が度々出ましたけど、その後どうすればいいかはわからないじゃないですか」
一色「誰かが認めてくれるわけじゃないってことですもんね」
中嶋「吉川さんはご自身でブログを書いて、まずそれを営業ツールにしたんですよね?」
吉川「元々はライティングに関係ない商社に勤めていたんですけど、24歳ぐらいで体調を崩してしまって、決まった時間に毎日出社することが難しくなってしまったんです。最終的に無理がたたって倒れてしまったので、在宅でできる仕事を探しました。ライターには前から興味があったので、求人を探したんですが、ほとんど『未経験不可』だったんですよね。運よくインターンを募集してる会社を見つけたので、ここでライターのノウハウを勉強しようと。でも、この会社はいわゆるキュレーションメディアで、自分の文章を書くというよりは海外の面白いネタを持ってきて配信するような感じだったんです。じゃあ書きたいことは自分で書こうと思って、ブログを立ち上げたんです」
張江「それまでもブログで文章書いたりはしていたんですか?」
吉川「全くやってなかったですね。もう自分でやるしかないなと思ったんで、毎日仕事終わりに1記事書こうと決めて始めました。10記事目くらいに『若手女性社員にしつこく連絡してくる「しんどいオッサン」の話』というのを書いた翌朝に、携帯が壊れたのかと思うぐらいTwitterの通知が止まらなくて。まだ大してフォロワーも多くなかったのに、17万PVくらいになったんです。これは売り込みに使えるなと思って、ライター交流会があったら積極的に参加するようにしました」
中嶋「ブログの記事が名刺になったんですね」
吉川「そうですね、そこから『あの記事面白かったから、こういうの書いてよ』っていう感じでお仕事もらえるようになりましたね」
一色「しんどいオッサンにも意味があったんですね(笑)」
張江「インターンで入った会社からの繋がりというより、自分の書きたいことでちゃんとバズって次に繋げたということなんですね」
吉川「そうですね。けっこう狙い澄ましてやったところもあって。当時あんまり『おじさんのLINEってしんどいよね』っていうことが話題になってなかったんですけど、みんなフラストレーション溜めてるだろうなと思って。共感は得られるだろうなっていう、ある程度の確信はありました」
一色「こういうふうにモヤモヤしている気持ちを言語化してくれると、共感の度合いが深くなりますもんね」
張江「ライター業を始めて間もないのに、広く読まれる戦略があったっていうのはすごいですね」
吉川「私、ものすごくネット民なんですよ。昔からインターネットに入り浸っているので、何がウケるのかっていう感性は養われていたんです」
張江「ライターというよりも、インターネットの作法なんですね」
張江「ライター交流会では人脈は広がりましたか?」
吉川「そこでも広まりましたし、ブログ記事を読んで直接連絡くれる編集者さんも多かったです。ライターになりたいと思っている方は、とにかくまずアウトプットすること。その上で、交流会みたいな機会があれば参加してみることがおすすめですね。顔を知ってもらえれば、編集者さんの選択肢に上りやすくなるので」
中嶋「かつては飲み営業ってありましたからね。ゴールデン街に行けば仕事もらえるみたいな。コロナ以降は飲み屋で知り合って顔を売るっていうことは、もうほとんどないでしょうね」
文章は読む人の時間を奪うもの
吉川「ライターは名乗ればなれる職業って言われがちですけど、仕事は仕事なので、原稿のクオリティーは保証しないといけないじゃないですか。その実力を自分でどこまで成長させられるかっていう努力が欠かせないので、『とりあえずライター名乗って、みんなもやってみればいいよ』とは簡単に言えないですね。クオリティーの維持って、フリーランスだととても難しいなと思います」
張江「ラッキーパンチみたいな1本目の仕事って意外と貰えたりするんですけど、ちゃんとそこで成果を出さないと次はないですもんね」
吉川「逆に信用を失っちゃって、『あの人にはもう頼まない方がいいね』と言われてしまうんで。特にフリーランスは、定期的に新しい仕事相手と出会える保証もないですから。ちゃんと自分で本を読むなりインプットして勉強していかないといけないですよね」
中嶋「吉川さんは最初の頃と比べて文体は変わりましたか?」
吉川「文体はだいぶ変わりましたね。『しんどいオッサン』の記事もエンターテイメントとして楽しんでもらいたくてポップな書き口にしてました。でも、読んだ人の役に立つように『こういうLINEが来たらこういう風に返信したらいい』という感じで対処法も書くようにしてたんです。私が何か書くときに気をつけているのは『読んで意義のある記事にする』ということで、その芯は変わってないです。今は、私は貧困問題とか女性の抑圧を取り上げることが多いので、『生活に困ったらここに連絡するといいですよ』とか『行政ではこういう支援をしています』といった有益な情報は必ず盛り込むようにしています」
張江「人の生活に影響を与える前提の、志の高い記事ですね。なんか申し訳ない気持ちに……」
中嶋「文章を読んでもらうということは、読者の時間を奪うことでもあるじゃないですか。2,3分とか短い時間かもしれないけど、適当なものには自分の時間を易々とあげることはできないですよね。校正に関連づけると、誤字の多い読みにくい文章は余計に時間かかるじゃないですか。ちゃんと校正できてない文章は更に時間を奪っちゃうんですよね」
一色「伝えたいことも伝わらなくて、間違い探しみたいになっちゃいますもんね」
張江「媒体によって文体を変えることはありますか?」
吉川「最近は書くテーマもばらけていないので、基本的に統一してます。最初は社会的なテーマを扱っていこうと思っていたわけじゃないんですけど、読んだ人が救われたり、声をあげられない人の気持ちを代弁して問題を可視化したり、そういった事は最初からモチベーションのベースにあったんですよね。私が貧困家庭出身っていうこともあり、自己責任論というか『貧困は努力が足りないだけだよね』という風に言われはじめたあたりから自分で勉強したり取材したりしながら、自分の体験を交えつつ書くようになったんです。書きながらライターとしての方向性が定まっていった感じですね」
中嶋「編集部が求めているニーズとも合致したんだと思います。吉川さんが最近発表された『年収100万円で生きる-格差都市・東京の肉声-』(扶桑社新書)は相当ヘビーな内容ですけど、こういった記事や書籍は増えてますもんね。週刊SPA!なんか読んでると、いかに中年独身男性がノーフューチャーなのかっていう記事ばっかりですよ(笑)」
誰かを傷付けてしまうかもしれない言葉を常に想像する
張江「フリーランスにとって、十分に仕事回してくれるとしても、取引先が一つしかないって危ない状態ですよね」
向山「そうですね、何が起こるかわからないじゃないですか。その会社が急に潰れてしまうこともあり得るし、自分が何かトラブルを起こして人間関係が崩れてしまうかもしれないし。なので、取引先を1つ確保しても、2個目3個目と開拓していけるようにしてます。でも、増えすぎると自分の手に負えなくなるので、クオリティーを保てる数にはしてますけど」
張江「一定の数で、中身が徐々に入れ替わっていくって感じですかね。私も去年、一番仕事くれてた編集者から『編集長が変わったんで、もうお願いできなくなりました』って急に言われちゃったことがありました」
中嶋「編集長が変わると、その人のコネやルートを使っていくので、校正会社が変わるっていうこともよくありますね。ヒヤヒヤしますよ(笑)。向山さんは始めたての頃、仕事を断るのが怖かったって言ってましたよね」
向山「怖かったですね。次もらえなくなるんじゃないかと思って」
中嶋「でも、断らずにキャパオーバーするとクオリティーが下がるし、そうなると自分に自信が持てなくなってしまいますから、見極めは重要ですよね」
向山「初めて受けるか迷った仕事を明確に覚えてるんですけど、自分が校正することによってその案件に加担していることになるじゃないですか。なので、自分が納得できない媒体や企画に関しては『自分が受けていいのだろうか』ってものすごく悩みました。その仕事は、ちゃんと『こういう理由で不安があります』ということをお伝えして、編集者さんや著者の方と話し合った結果お引き受けしたんですが、結果お断りしたこともあります。賛否両論あると思うんですけど、自分の仕事にはちゃんと責任を持ちたいと思っているので」
張江「校正しただけなんで後のことは知らないです、とは言えないですもんね」
中嶋「校正者も書籍にクレジットされることがあるんですけど、辞退する人も多いんですよ。誤字が見つかったときにバツが悪いし、向山さんと同じで『この本に加担している』っていうことを伏せたい人もいるんですよね」
張江「本を読んでて、『これはいい校正だな!』と思うことはないですもんね。そう考えるとクレジットされるリスクの方が高いというか」
向山「名刺代わりにもなるし、私は載せてほしいですけどね。でも、確かに『この本の校正は誰だ?』って奥付を見るのって、何かトラブルがあったときですよね(笑)」
一色「『校正は誰だろう』って気にならないときがいい仕事をしたときなんですね」
中嶋「その通りですね。野球でいうとキャッチャーですよ。三振取ったらピッチャーの手柄、打たれたらキャッチャーの責任っていう(笑)」
向山「ライターの方は読む人のことを考えて仕事をするのかなと思うんです。吉川さんもさっき『読んでて意義のある文章にしたい』っておっしゃってましたし。私の場合は、書き手が批判されないようにしたいんです。何かミスがあったり文章が変だったときに、私が批判されるんならいいんですけど、普通の読者は校正者が関わってるって知らないので、『著者の日本語がおかしい』ってなってしまうんですよね」
張江「読者の方を向いているライターの吉川さんと、書き手の方を向いている校正者の向山さんでは、仕事の方向が逆なんですね」
中嶋「春のセンバツが始まりましたけど、去年コロナの影響で甲子園に行けなかった高校球児に向けて、野球部の監督が書いた手紙をまとめた本が出たんですよ(注)。その校正をうちの会社でやったんですけど、文中に『お前たちは両親のおかげでここまで来れたんだぞ』というような表現があって、うちの校正が『みんなの家庭に両親がいるわけではないので、子どもたちが傷付いてしまうかもしれないから他の表現にしたほうがいいのでは?』と指摘したんです。非常に重要な視点ですよね。これも、校正者の書き手を守りたいっていう気持ちから出てきたのかなと思います」
張江「この表現が問題になった場合、矢面に立つのは手紙を書いた監督ですもんね」
中嶋「ほとんどの校正者は気付けないと思うんですよ。日本語としては間違ってないので」
一色「この監督も『両親』という言葉を限定的に使ったわけじゃないでしょうしね」
中嶋「深く考えては使ってないと思います。いわゆる差別言葉以外にも、人を傷付けうることがあるんじゃないかと想像しながら校正しないといけないので、センスが問われますね」
吉川「常にセンサーを働かせたり、インプットをして、今の社会に相応しい言葉を考えないといけないですもんね。私たちライターも常々考えてますけど、より校正の方の方が重要になるというか」
張江「世に出た後で『そんなつもりじゃなかった』って言い訳しても遅いですしね」
向山「『そんなつもりじゃないのにその表現をしたっていうことは、無意識にそう思ってたんじゃないのか』という批判もありえますし」
張江「例えばインタビューだと、相手の表情や声色、雰囲気で冗談かどうか、真意はどこにあるのかっていうことはわかるんですよ。でもそれを文字に起こしたときに、全く伝わらない文章になっている可能性はあるので、編集や校正の方に客観的に読んでもらうことが重要なんですよね」
(注)タイムリー編集部『監督からのラストレター 甲子園を奪われた君たちへ』。正しくは、両親ではなく「ご家族」。「ご家族」に対し、家族のいない球児に配慮し、校正者が「保護者の方々」にする?というギモン出しを行った。結果は、そのまま「ご家族」で校了した。
次回は4月22日!
今回はライターもやりつつ年間100本以上のイベントを企画する大坪さんと、アイドルとライターを兼業している狸山さん、そしてもはやレギュラーの一色さんをお迎えし、「兼業しながらライター・校正をする」ことの可能性を考えていこうと思います。
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