誰にでもあるくらいのショボい話①
はじめまして。
僕が垂れ流した文章に、一瞥をくれるどころか2行分、すなわち2往復分ほどの目の運動という労力を割いてくださった貴方を、心から愛しく思います。
これから書きたいのは僕の学生時代の友人の話。
誰にも興味を持たれないのはわかっているし、ここまで読み進めてくださるほどにめちゃくちゃ目の体力が有り余ってる豪傑達でも、さすがに「次の一文で切り上げようか」と思われるのも容易に想像できるけれども、どうか少しだけお付き合いいただきたい、いや別に次の文にめちゃくちゃヒキがあるとかではないけれど。
僕は田舎の出身だ。
それはもう学校まで船で…とかそんなに極端ではなく、比較的田舎の方の地方の出身だ。
小中はずっと1クラスで、学校までは片道2キロくらい、という、いずれもタレントが田舎出身アピールのために言おうものなら「エピソードが弱ぇ!」と嘆きツッコミをされるくらいの中途半端さで、飲み過ぎたローランドが「この世には2種類の人間がいる。都会出身か、田舎出身か。」と新たな2分割名言を生み出してくれれば、たぶん僕は間違いなく田舎出身組に入るだろうな、というそのくらい。
そんなやや田舎の小中で、ずっと同じクラスだった友達。なんなら彼とは幼稚園も同じだった。そんな彼の話をしたい。あんま面白くないけど、ただしたい。からする。
彼の名前はN君。
幼稚園では1番の人気者だった彼。人生の転機はその卒園式。園長先生の話の途中で、彼はお漏らしをしてしまった。僕の地元では「しっかぶった」という。彼はド派手にしっかぶった。故にみんなに「しっかぶった!」って言われた。6歳児は真実を言う。
時を同じくして、美醜の概念に敏感になりはじめた女子たちが、N君は決して眉目秀麗ではないことに気づき「N君って全くもって眉目秀麗じゃなくない?」って言い出す。もちろん6歳児なので四字熟語は百億万円くらいしか言えない。ゆえに言い回しは原文ママとはいかないが、そんなニュアンスのことを言い出した。悲しいかな、6歳児は真実を言う。
そんなこんなで、人気者のポジションを失い、かわりに愛嬌満点のいじられキャラへと転身したN君は、それでもみんなに好かれていた。
今日書くのはそんな彼の中学時代の話。
僕と彼は野球部に入った。理由は消去法。
やや田舎な我が母校、運動部は野球かバレーか卓球の三択だった。
「人が少ないからサッカーみたいに人数が多すぎるスポーツはできないし、あとテニスとかバスケみたいなハイカラなのはちょっと怖い」って校長先生が言ってた気がするが、実際のところは知らない。
とにかくその三つのなかで唯一最初からルールを知ってて、プロの選手の名前も「おりっくすかぶれら」って言えたので、野球部に入った。後に「アレックスカブレラ」であることを知った。
そんな野球部、入るのは全員が初心者ではない。その地域には小学生を対象とした少年野球団が存在し、そこでの経験を積んだ人間が各学年の過半数を占めていた。
僕は当時のホームラン王すら言えない程度の完全な初心者。そしてN君は、その野球部の出身だった。
野球部は僕たちの学年に9人。主に少年野球出身の人間でスタメンが構成されていた野球部にあって、僕は入部した瞬間から「試合への出場は自分が最高学年になってから」と目標設定していた。僕の身体能力は極めて「それなり」で、センスで学年の壁や経験の差を跳ね除ける自信は毛頭なかったからである。
そんなこんなであっという間に2年になり、夏の地区大会で敗退したところで3年は引退。晴れて部活内での最高学年となった。
その時の僕たちの学年には、投手・捕手・ファースト・セカンド・ショート・ライト・センターが揃っていた。サードとレフトには、1年にして地方選抜にも選ばれるほどの優秀な選手が2名。仕方なく未経験の僕と、もう1人の未経験者の2年生と、そしてN君という「当落組」は3人でライトのポジションを争っていた。
そして僕は目論み通りライトのレギュラーを獲得する。
もう1人の未経験者は、体が弱く、アップといわれる声出しを兼ねたジョギングで嘔吐するようなやつだった。
そしてN君は経験者と思えないほど野球が下手だった。
僕は消去法にて入った野球部で、消去法でレギュラーを獲得した。
そんな僕だが、バントだけは得意で、それからの1年弱、2番ライトの座を守り続けバントというバントを決めた。
監督からは、ツーアウトランナー無しでも送りバントのサインを出されるほどの信用のされっぷりだった。
そして僕たちの最後の夏の大会。
少し古い考えが残っていた田舎ゆえ、「最後の大会には3年全員坊主で挑もう」という話に自然となった。
ここでみんなが気にするのはN君のこと。彼は控えなので、そんな彼に坊主を強要するのは申し訳ないという気持ちがみんなにあった。
というのも実はN君、3年生に上がってすぐ、1年生の彼女ができたのだ。
学校でどんなキャラなのかも分からない2学年年下という事実も魔法をかけたのだろう、その子は3年生の男子みんなが羨むほど可愛い子だった。そんな彼女に坊主姿で、しかもベンチ要員になる様なんてN君は見せたくないのでは?みんなそう思っていた。
しかし大会の2日ほど前、朝練に現れたN君の頭は、磨いたようにピカピカだった。
「どうしたん!?」「ゴリンにした」「ごりん!?」
この時僕は「ああ、お坊さんみたいな見た目だし、ご臨終からきてるヘアスタイルなのかな」と思った。
でもどうやらそれは「五厘刈り」と呼ばれるもので、いわゆるスキンヘッドのことらしかった。
「なんでそんなしたん!?」「最後の大会やし、オレはたぶんベンチやけど気合いだけでも見せたくて!」それを聞いた瞬間、3年生みんなが少し泣いた。彼を押し除けてレギュラーとなった僕は誰より泣いて、「泣きすぎ」とN君に笑われるほどだった。
そんなこんなで気持ちを一つに迎えた野球部最後の大会。いわゆる「中体連」と言われる、勝ち続けた先には全国大会がある最大の大会である。
開会の挨拶が終わり、第一試合の整列ののち、審判に「帽子とって」と言われる。そして一人一人顔を覗き込まれる。
これは「中体連」というオフィシャル色の強い大会ならではの行事で、いわゆる健全な髪型(染めてなければ長くてもOK)かどうかというのと、眉を剃っていないかをチェックされる。とはいえそんなのは形だけ。と思っていた。
審判に「ちょっと」と呼びかけられるN君。みんながみると、なんとN君、眉を剃っていた。どうやら五厘刈りという坊主より薄い髪色だと眉毛がかなり目立ってしまい、それが彼女に見られたくないが故だったようだ。
中体連規則の第何条だかの違反。
N君は出場停止処分を受けベンチにも入れなくなった。
最後の大会は、市大会の決勝で負けた。
最後のバッターはもう1人の未経験者だった彼。見逃しの三振だった。1球目から、みんな「フレーーー!」と叫んだ。応援ぽく聞こえたかもしれないが、「振れーーー!」という怒号だった。最後まで彼は一度もバットを振らなかった。
N君は大会の2日後の月曜日、彼女にフラれた。
誰も振れとは言ってないが、最後の言葉は「気づいちゃって…」だったそうだ。彼の学内での扱いにだろうか…。
N君の部活以外のエピソードは、またの機会に。