スマホを見失った話
リリコは激怒した。
必ずスマホを見つけねばならぬと決意した。
リリコにはスマホの場所がわからぬ。
帰ってきたばかりでバッグの中を見てもエコトートの中を見てもスマホはなかった。
リリコは悔しく地団駄を踏んだ。
そして一睡もせず270m先のコンビニへ走った。
(この調子だと止まらなくなりそうなのでこのへんでやめます)
休みの日のタスクは2つまでが限度なのに、その日はその倍のタスクを自らに課していたのだった。
くやくそに行って期日前投票、◯オンで映画を見る、本屋で「女の園の星4」を買う、ネットプリントをする、以上の4本でぇす。なのだった。マルチタスクというのはこういうことか。違う。
まず最初から計画は狂った。
くやくそと○オンはちょうど逆方向で、いや、逆方向ではない、ただ単にわたしが運転し慣れた道ではないというだけで、行こうと思えば多分普通に行ける。でも映画の開始時間に間に合うかどうかビミョーな線だった。迷っているうちに時間というものは無情にもどんどん過ぎていて、すでに映画前にくやくそに行く時間はなくなっていた。
ということで予定変更で、まっすぐ◯オンに向かい映画のチケットを買い自信満々で本屋へ行き「女の園の星4」を手にした。
ははははは。こういう単純タスクなら得意なのだった。
そのあとは安心してヴィレヴァンをフラフラして時間をつぶした。20分くらいあるんだからお洋服フロアとか行けばいいのにそれはできない。なぜならヴィレヴァンと◯オンシネマは同じフロアだから。それもほとんど隣と言ってもいい距離で。
何かあってもすぐ隣だから間に合うし、という安心感。
何かあったらって何があるんだろう、と我ながら思ったが、現にヴィレヴァンでレジが見つからず思わず店外に出そうになり(やだ!万引きだと思われちゃう!)と大焦りでまたぐるぐる徘徊してしまったので、何かないとは限らないのだった。
そんなこんなで映画開始の5分前。
ヴィレヴァンから◯オンシネマに向かっていると「あ!リリさん?!」と突然声をかけられた。
ふりむくと古くからのお客さんであるMさんが満面の笑みで手を振っていた。
こんにちは!と返事をすると、どうしたの?こんなとこで、と言われた。
こんなとこと言われてもうちから車で15分なんだけど、店以外でお客さんと会うと大抵「こんなところで」とおっしゃるのはなぜなんだろう。
さて、やばい。
Mさんはとてもいいひとで大好きなんだけどいかんせん話が長い。
もう5分を切っている。
最初の方はどうせ広告と予告で、本編が始まるのは20分後くらいなのはわかってるけれども暗くなってから席に着くのはどうにも好きになれない。
なのでこっちへ向かってくるMさんに「もう!映画が始まってしまう!」と端的に告げた。冷たい人間だと思われるかもしれないが仕方ない。なんせ推しの映画なのだ。観るのは3回目だけど。
Mさんはちょっとびっくりした顔で「あ、映画、映画?!映画見に来たの?こんなとこまで?じゃあまたお店行くわ」と言って手を振りながらエスカレーターを降りて行った。
何回も言うようだけどうちからここまで車で15分だ。Mさんだって同じくらいのはずだし。
こんなとこまでって言われてもここがうちから一番近い映画館。
どんだけ出不精だと思われてるんだろうか。
さて映画も終わり、あとのタスクはふたつ。
その前に1Fのデリで以前買っておいしかったカレーをまた買って、今度会うユミタさんとすぎはらさんに名古屋土産を買って、完璧な状態で車に戻った。
そこで現在地からくやくそまでのナビ設定をすると、どうやら大通りを通らずとも裏道で行けそうなことがわかり(当たり前だろうよほとんど同じ区内だっつーの)、知らない道だけども行ってみることにした。
運転が苦手な人間が知らない道を行くというのはどれだけ勇気がいることか、もっと周知されてもいいような気がする。
車中では「ここじゃないのね?」「あ、次ね」「ああこの郵便局は知ってる、気がする」「もうちょっと先?」「あ、ここじゃないの?」「え?」などと同乗者がいるかのごとく声に出して、安全確認をしつつ、なんとかくやくそに到着した。
思っていたよりずっと近くてホッとしたけども、同じ道をまた通れと言われてもきっと無理。
期日前投票が済めばもうあとはネットプリントをするだけだ。
くやくそからうちまではもう何度も通っているので自信満々で車を進め、うちに一番近いコンビニのPに無事到着した。
そして本日最後のタスク、ネットプリントだ。
ネットプリントは機械の言う通りに進行すればいいだけなのでまあまあ簡単だったけども、一年に一度程度しかやったことがないので、どこからプリントされた紙が出てきているのか毎回おたおたする。がしゃーと音がしていたのでできていることは確かなのに横を見てもなかった。昭和の人間はコピー機というとどうしても横からがしゃーと出てくるものだという頭があってつい横をのぞいてしまう。
ここかな?と外してみたらそれは給紙トレイだった。
やばい、ポスターどこにあるんや!
と前回も思ったことを思い出す。
上の蓋?カバー?を開けたりして、そんなところに君はいない。
二、三歩後退りして全容を見て、やっとプリントされたものらしき紙を発見してやれやれと取り出し、意気揚々と車に戻った。
これで本日のタスクは完全攻略だ!すばらしい!
初めての道も運転したしこの「投票行こうぜ!」ポスターも無事プリントしたし、ヤッタヤッタ!という満足感を全身から漂わせてうちに戻り、早速ポスターを2枚貼り、外からどんな感じ?と確認し、いいじゃんオッケーオッケー!撮影してSNSにあげるぜ!
と、なったところで冒頭につながる。
スマホが。
ない。
バッグを見てもないし、絶対入れるわけないけど(だって車に置いてあったから)カレーが入ったエコバッグを見てもない。
念の為もう一回見たけどない。
スマホが。ない。
さーーーーーっと全身から血の気がひいたのがわかった。
よく考えろ、思い出せ。
いつまで持ってた?プリントするのに予約番号が必要でその時は確かに手に持ってた。
で、その後は…。
普段は小さなサコッシュにスマホとボールペンを入れて肌身離さず持ち歩いているのだが(だって歩数計がさ…)その日に限ってサコッシュに入れずそのままバッグに入れていた。
スマホは無意識にサコッシュに戻すくせがついているし、サコッシュに重さがないとスマホが入っていないということなので、ヒジョーにわかりやすいのに。
なぜ!わたしは!その日に限って!!
などと考えている暇はなかった。
とにかくコンビニに戻らなくては。
必死で走った。
膝が良くなっていて本当によかった。膝関節変形症が良くなったのはこの日のこのためだったのでは、と思うくらいに真剣に走った。
どたばたと我が足音が響く。
知ってますか?走り慣れてないと足音がうるさいということを。
息が続かず一度歩いた。
コンビニについた時にはもうメロスもかくありなんというくらい疲労困憊していた。
ほんの270mで。
ぜいぜい言いながら入店し、ずかずかとコピー機の前に立ったがスマホのかけらもなかった。かけらがあったら困ったけど。
ぐいぐいとまわりを覗き込み、ゆかまで見たけど何もなかった。
ない!と多分声が出ていたと思う。おばさんはわりと平気で発声する。
あわてて、アイスクリームを補充していた店員さんに「スマホの忘れ物はなかったですか?」と必死で聞いた。
「はい?」と聞き返された。
「スマホの、忘れ物は、なかったですか?」
もう一度ゆっくり聞いた。
「はい?なんですか?」とまた聞き返された。
わたしの声は自分が思っていたよりも全然出ていなかった。たった270m走っただけで。
「スマホ…」と今度は意識して声を張って言いかけると店員さんが察してくれたらしく、ちょっと待ってくださいねとレジのあたりを確認したのち、
「今日はないですね」と答えた。
ない?????
え、ちょっと待ってマジで?!
「場所はどのあたりですか?レジですか?」
「いえ、コピー機…」
「すみませんお預かりしてないですね」
マジで?!という声は多分店員さんには届いていないと思われたが、あまりにわたしが慄いた顔をしていたのか、
「何時ごろですか?」
と聞いてくれた。
「さっきです!多分15分もたってない」
「はい?」
ああ、本間朋晃の気持ちが痛いほどわかった。
「つい、さっきです!」
「さっきならなおさら聞いてないです。お車とかもう一度探してみられたら」
そうします、とわたしはコンビニから出た。
なぜ今日に限ってサコッシュを使わなかったのか。
なぜ何か買わなかったのか。買い物すればレジでスマホを出しただろうに。
その時なければすぐ取りに行けたのに。
きっと誰かが持って行ってしまったのだ。そうとしか思えない。
聞いてないって、そりゃそうだろう黙って持って行ったに違いない。
指紋認証だから使えないかもしれないけれど、2000円しかチャージしてない上にこないだ奈良で使ったから減ってるSuicaがカバーに差し込まれているし、大切なUDIカードまでなくなってしまった。
スマホをなくしただけなのに。
どうしよう成田凌に狙われたら。
とぼとぼと270m引き返しうちに戻り、もう一度バッグの中身を全部出して見直したけれどもやっぱりそこに愛しのスマホはなかった。
スマホをなくした時は何から手をつければいいんだろう。
いっそ鳴らしてみたらどうだろう。
ああでも成田凌の手に渡っていたらヤバくないかしら。
スマホで決済できるやつをまず止めないといかんか。
どこに連絡すれば。
「スマホを落とした」「やること」でググりたいが肝心のスマホがない。そりゃそうだ、だからググろうとしているのに。
落ち着け。
ここは落ち着かないと。
と深呼吸してもう一度自分の行動を思い出してみた。
帰って、
ポスターを広げて、
どこに貼ろうか考えて、
いやいや、貼る前にポスターだけ撮影しとこ………
したわ!
写真撮ったわ!!!
ここで撮ったわ!!!
ここで撮ってこっちに移動してここに貼ろうと思って持ってたスマホをここに。
右手側を見た。
あった。
普通に、めっちゃ普通に棚の上に置いてあった。
さっきも見たはずなのに、全然気が付かなかった。
とにかくコンビニに戻らなければ!の一心でわたしの目は曇っていたのかもしれない。
一日4タスクはわたしには無謀だった気がする。
最後のネップリができた時点で、張り詰めていたものがゆるゆるのダラダラになってしまっていた。
そしてやっぱりスマホは斜めがけするに限る。
スマホショルダー万歳。
もうわたしは二度とキミを離さないぞ。
そういえば、これを書くにあたってスマホを落とした時の対処方法をググってみた。
まずは深呼吸する。冷静に対処することが非常に重要です。
とあった。
身に染みた。
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