2022年の今、「僕らはみんな河合荘」という漫画をおすすめする理由
「僕らはみんな河合荘」という漫画作品をご存じだろうか。
2010年から2018年までヤングキングアワーズで連載されていた漫画で、既に完結している。単行本は全11巻。
気軽に読めるボリュームで、2014年にアニメ化もされている人気作品なのだが、なぜだか一般的な知名度はそこまで高くない。
タイトルにインパクトがない、とか、絵柄やストーリーも際立って特徴的ではない、とか、考えられる理由はいくつかあるが、まあ言ってしまえば割と地味な作品ではあるのだ。
だが、読者にはぜひここでブラウザバックしないでいただきたい。
この作品、影は薄くてもガチで素晴らしい作品なのである。
その理由をこれから説明するので(もちろんネタバレはしません)、どうか聞いていっておくんなまし。
この記事を読んだ後、あなたがこの漫画をネットでポチってくれれば、私としては何よりも嬉しいことである。(もちろん電子化もされてるよ!)
高校生の一途な片想い
あまり堅苦しく説明するのもあれなので、この作品がアニメ化された時のオープニング映像の一幕でも見てもらおう。
映っている6人がこの作品に登場する主要な人物だ。
・奥から3人目、本を読んでいる女子高生=律(りつ)
・その手前、律を見つめる男子高校生=主人公の宇佐(うさ)
物語の大きな軸としては、宇佐→律への片想いがどう発展していくか、というところにある。
ここまで見たあなたはどう思っただろう?
「なんか普通そ〜」
とか
「絵柄も少し古臭いなあ〜」
とか思ったんじゃないでしょうか!?
確かに、宇佐は見ての通りどこにでもいそうな普通の男子高校生、律は読書が何よりも好きで少しシャイな性格だが、魔法を使える訳でもない、実は吸血鬼だったなんてこともない、普通の女子高生だ。
ここであえて私はこう言い切ってしまおう。
この漫画では、普通の男子高校生が、普通の女子高生に恋をする。
「は?」と思った読者も多いだろう。だが、これは事実だ。
この2人が河合荘という大きな家で一緒に暮らしているという少しイレギュラーな設定を加味したとしても(ちなみに上の6人全員河合荘の住人である)、物語の大筋はそこにある。
しかし、私はここで読者に問いたい。
「では君は、最近いつ普通の恋愛漫画を読んだ?」
・・・・・・・・・・・・・・
「普通の恋愛漫画、読みたくね?」
「いや、別に」とか、「途中で飽きそうだなあ〜」とか思った方々にこそ、この作品を強くおすすめしたい。
(後ほど説明するように、実は「普通の恋愛漫画」ではない深さをもった作品なのだが、宇佐→律への片想いはどこまでも等身大の恋愛だ。)
この漫画は普通の恋愛漫画であるが故に、はっとするような恋愛の本質が顔を覗かせる場面があまりにも多いのだ。
それを物語るために、先程載せたオープニング映像の1秒後、2人がクローズアップされた1コマも見ていただこう。
本を読む律の表情。
かすかに浮かぶ笑み。
宇佐はそんな律を見つめている。
宇佐の目元に浮かぶ優しさ。
心がキュウンと来ないか?
読者にも学生時代、好きになった子のことを視線で追っていたことがあっただろう。
教室の中、体育の授業中、放課後の時間・・・
そうか、「好きになること」は「視線で追ってしまうこと」だったんだ・・・
そんなポエジーも呟きたくなるような素晴らしいオープニング映像だ。
(ファンとしてはやはり原作を読んでいただきたいところだが、この辺りの宇佐の心情を表現している映像は本当に素晴らしい。暇だったらyoutubeで見てみてください。曲も良いよ!)
この作品は思い出させてくれるのだ。
恋をしている時の、相手のことを思う気持ちのひたむきさ、些細なことで一喜一憂してしまう感情の起伏を・・・
そういった感情は大人になるにつれて失ってしまうものである。
三十路に差し掛かろうとしている私もそうだ。だからこそ、ぶっ刺さる。
10代の心を持っている人でも、忘れかけている大人でも楽しめる作品となっているのだ。
麻弓さんという存在
だが、この作品を読むべき理由は宇佐と律の恋愛模様だけではない。
むしろそれは「僕らはみんな河合荘」を構成する要素のほんの一部に過ぎないのだ。
ここで1人の登場人物を紹介しよう。
先ほどのオープニング映像にも映っていた、麻弓さんという女性である。
アラサー会社員、独身、彼氏なし、男運なし、好きなことは酒を飲むこと。
昔はモテたため男に困ることはなかったが、30歳を前にして彼氏に2股されていたことが発覚し、破局。
周りの結婚ラッシュにかなり焦りを感じており、男に見境がなくなってきている。
これらのことから読み取れるように、かなり荒んだ性格をしている。
10代の恋愛を素直に応援できないアラサー女子(?)
同じ屋根の下で暮らす宇佐と律のウブな恋模様に悶々とした日々を送っており、冗談なのか本気なのか、彼女はあらゆる手段を使って2人の邪魔(?)をしようとする。
「河合荘」はラブコメと評されることが多いが、コメディ部分はこの麻弓さんがほとんど一手に引き受けているといっても過言ではない。
※ちなみにこの漫画は後半になるほどギャグのキレが増していく。
前半「ギャグが合わないな〜」と思っても少し辛抱だ!
そんな麻弓さんだが、ただのコメディ要員に収まらない重要な役割を担っている。
それは麻弓さんが持っている、20代のリアルな恋愛観とでも言うべきものである。
作品はあくまで宇佐→律への片想いを中心に描かれているが、そこに麻弓さんという10代の恋愛を俯瞰した存在が現れるのである。
10代のひたむきな恋愛は既に卒業。酸いも甘いも経験してきた。
今や結婚を意識しなければならない麻弓さんは、本来なら彼らのウブな恋を応援する余裕をもつ年代だろう。
だが、彼女はそうはならない。
事あるごとに宇佐をからかっては、麻弓さん以外にとっては特に面白みのない下ネタを連発し、彼らの恋路を阻む。
一方自分はと言えば、いい男を捕まえて早く結婚したいと思っていながら、どこかちぐはぐな行動を取り続けてしまう。
作品を読み進めるうちに、彼女自身も知らないその理由は次第に明らかになっていくのだが、彼女の視点は、この作品をただの10代の恋愛漫画で終わらせない現実の生々しさのようなものを感じさせる。
この漫画の第一階層を宇佐と律の関係性とすれば、麻弓さんの存在は第二階層に位置する。物語が複層的な構造になっているのだ。
この第二階層において、物語上最大の仕掛けとでも言うべき展開がある。
もちろんネタバレになるので、ここでは説明しない。ぜひ最後まで読んで感情をぐしゃぐしゃにされてみてください。
そしてここから我々は更にこの作品の真髄に迫っていくことになる。
そう、この作品は実はもう一つ、第三の階層が存在するのだ。
第三の階層
第三階層も少しネタバレの要素を含んでいるので、慎重に解説したいと思う。
何を隠そう、この第三階層の特徴こそ、私が今回「僕らはみんな河合荘」をおすすめしたい最大の理由なのである。
少し遠回りかつ抽象的な話になってしまうが、ご容赦いただきたい。
好きなものの理由、うまく説明できない問題
突然だが皆さん、何か自分が1番好きな漫画や映画、小説、アニメなどを思い浮かべてほしい。
・・・・・・・・・・・・・・
思い浮かんだだろうか?
そして次に、こんな状況を思い浮かべてほしい。
あなたは他人にこう問われる。
「何でその作品が好きなの?」
さて、あなたはどう答える?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
実際にこんな経験をされた方も多いかとは思うが、おそらくあなたは
うまく説明できなかったのではないだろうか?
このように、好きなものは何故かうまく説明できない問題は、どのような分野においても存在するのではないだろうか。
説明しても、どこか不十分であったり、正しく伝わっていないような気がしてしまうものである。
第三の階層を理解するために、私はこの「好きなものの理由、うまく説明できない問題」を解決すべく、仮説を立ててみることにしたい。
言葉で説明できない概念、それは経験である
このような仮説を打ち出してみた。どういうことか解説しよう。
我々が何かを経験する時、そこには必ずいくばくかの時間の流れがある。
本を読む時、映画を見る時、ゲームをする時、絵画を見る時、何でもいい。
わかりやすく本で例えると、本を一冊読み終わるのには早くて1〜2時間で終わるものもあれば、時間がかかるものは5時間〜6時間、あるいはそれ以上要することもある。
途中で中断したり、内容が分からなくなって読み直したり、体調が悪くて思うように読み進められなかったり・・・
読書に限らず、そのような時間の総体を、私達は経験と呼ぶ。
このことから言えるように、経験とは、それをする人間と対象(ここで言う本や映画、ゲーム等)とが直線的に結びついている訳ではない。
その日の体調、置かれた環境、時間帯(朝なのか夜なのか)、引いてはその人の考え方や人間性、それらのものが複合的に結びついて経験は生まれる。
言い換えると、経験とはとても個人的で、時間の幅をもった概念なのだ。
さて、ここで考えてみてほしい。このような複雑な概念を言葉で簡単に説明できるだろうか?
できるはずもないのである。
この仮説を当てはめると
何故好きなものを言葉で説明できないか。それは経験という概念を当てはめると納得がいく。
あなたは何かを経験する。本を読む。映画を見る。ゲームをする。その結果、その対象を好きになる。
例えば
・面白い小説や漫画を読んでいる時、登場人物に思いを寄せたり、物語の展開に一喜一憂している時の感情の起伏。
・ゲームをしている時、一瞬の判断、間合いで勝利を勝ち取った時。
・絵画を見て、以前の自分が気が付かなかったような表現を目の当たりにした時。
好きになる、というのはまさに経験的な出来事だ。
言葉では、そのような時間の幅をもった概念を説明することができないのである。経験とは、その人にとっての一連の時間の総体として機能する。
第三の階層とは何だったのか
さて、少し遠回りをしたがここで本題に戻ろう。
「僕らはみんな河合荘」が持っている第三の階層、それは何か。
カンのいい読者はお気づきかもしれないが、それは
「我々読者からみた物語」という視点だ。
少し分かりやすい言い方にしよう。我々自身がこの物語を経験できることこそ、本作の最も素晴らしい特徴なのだ。
え、「なんか月並みな視点だな〜」だって??
まあ、聞いてください。この作品ではその経験の濃度みたいなものが、異常なほど濃いんです。
そもそも、私が世間一般的な意味で経験という言葉を使っているわけではないことは理解いただけると思う。
それはとても個人的なもので、様々な条件が合わさってできる時間の総体であることは前述の通りだ。
物語終盤、ある人物の発言によって我々はこの第三の視点に気付かされるのだが、それはさておき、実はこの作品は構造上、我々がこの物語を経験として消化しやすいものになっているのである。
それはおそらく、この作品が河合荘という一つの大きな家を舞台にしていることに起因している。
河合荘での何気ない日常、たまに起きる事件やドタバタ、心のすれ違いや個人的な葛藤まで、私達はこの作品を読み進めることによってその時間を彼らと共有していく。
ゆっくりと、だが確実に彼らの関係性も変わっていく。
これを単純な感情移入と言うには、少し物足りない。
私は彼らと同じ空気を吸い、同じ季節の移ろいを感じた。
これは大袈裟に聞こえるかもしれないが、私の人生の中でも、河合荘で暮らした時間が経験として蓄積されていたのだ。
物語が読み手に何らかの作用を及ぼすとして、これ以上に幸せなことがあるだろうか?
少し恥ずかしいが白状しよう。物語が終盤に近づくに連れて、この世界が、河合荘での日々が終わりを迎えつつあることが私は悲しくてしょうがなかった。
「頼むからこの世界を終わらせないでくれえ〜」とこれほどまでに強く思った作品はなかった。
それほどまでにこの作品の経験としての強度は高い。
(こう考えると地味だと思っていたタイトル、染みるぅ〜〜)
現代の価値観には染まらない。これこそ私達が求めるべき豊かな時間ではないだろうか?
現代の我々にとっての時間
さて、本題は以上だが、最後に少し余談的な内容だ。それは以下のような問題提起から始まる。
「現代の我々にとって、時間はその経験的な価値がどんどん失われているのではないか」
私がこれまで説明してきたような経験という概念、今回取り上げた「僕らはみんな河合荘」という漫画を通して得られるような時間、そういったものが次第に失われているような気がしてならないのである。
それは我々の時間の潰し方に表れる。
皆さんも思い当たる節があるのではないだろうか。
スマホでダラダラと動画やSNSを見てしまう。
見たい番組があるわけでもないのにテレビをつけている。
中には映画やアニメを倍速で見る人もいるらしい。
我々は絶えず与えられる情報に追われ、それを消費し続けている。
そしてその消費行動は決して充足することはない。
これらの行動に共通して言えるのは、それが受動的で、何かを与えられているという点だ。
現代の我々には手近な娯楽が溢れ過ぎていて、一つの物事に取り組む集中力すら維持するのが難しくなっているのだ。
(スマホがその主たる原因であることは言うまでもない)
だが、心の底では私たちもこう思っている。
時間を忘れるくらい何かに没頭したい、と。
本当に豊かな時間はそんな時間であることを私たち自身が理解している。
ならば、その時間を取り戻そう。
実はそれはさほど難しいことではないのだから。
工夫次第で、そのような時間を得ることはできるのだ。(これはまた別の機会に書くかもしれない)
この漫画は、もしかしたらその助けになるかもしれない。そんな力を持っている作品だ。
最後に
つい熱くなって長々と語ってしまったが、作品自体は読みやすく、ポップな内容だ。
それでも、河合荘の魅力は実はまだまだ全然語り足りないのである。
主要な登場人物もまだ3人しか紹介できていない。河合荘に住む6人はもちろん、それ以外にも様々な魅力的なキャラクターが登場するのに・・・
だが、安直に「キャラが魅力的!」などとは紹介したくなかったのである。
この作品の魅力がもっと深いところにあることは、何となくご理解いただけたと思う。
いかがだっただろうか。
もし読者の方が面白そうと感じていただけたのであれば、ぜひ一度読んでみてはいかがだろう。
必ずや豊かな時間になることは、私が約束しよう。
6000字近いのクソ長尺記事を最後まで読んでいただき、感謝申し上げる。
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