幸せは生きている人のためのもの
※このnoteはネタバレ要素を含みます。
こまつ座 第137回公演『母と暮せば』を観劇した。まさかまさかの最前列で、間近でお芝居を堪能できた。
本作品では、長崎で被爆した母と原爆により亡くなり、幽霊となった息子の交流が描かれている(上記リンク、Yahoo ニュース参照)。
以下、個人的な感想・考察に入る。
松下さん演じる浩二は、将来を誓っていた恋人・町子(以下、町子)のことが一番の気がかりで現れたように感じた。
以前、私は「呼び覚まされる 霊性の震災学」という本を読んだ。
そこには、震災によって突然、予期せぬ死を迎えた人々が幽霊に姿を変えて現れたエピソードが掲載されていた。
不思議なことに、幽霊となって現れた人々は、みな若者だったそうだ。これから幸せな人生を歩むはずだった若者ほど、現世に未練や心残りがあったからだと分析されていた。
本の中では、親に会いたがっていた子ども、恋人を心配する男性のエピソードが掲載されていた。
だから、原爆という予期せぬ出来事によって突然の死を迎えた浩二も、幽霊となり現れたのだろうと考えた。
浩二が亡くなった直後は、町子が母を励ましていた。しかし、やがて町子は別の男性と結婚をする。
町子の結婚について話す浩二と母のシーンが本当に辛かった。
浩二の医大卒業後という明確な時期を決めて約束した結婚。結婚式では白無垢ではなく、ドレスを着た町子を見たかった浩二。子どもには優しくしようと決めていたこと。それらの目標が現実になる世界線は訪れなかったのだから。
花嫁姿と言えば、私の話で恐縮だが、私が祖母に最後に言われた言葉は、「ゆに(実際は違う呼び方)の花嫁姿まで見たかった」であった。当時の私は、「病気で不安になって気落ちしてるのかな」程度に思っていたが、祖母は目の前に迫る死を自覚していたのだろう。
だからもし、天地がひっくり返るくらいの奇跡が起きて、私が結婚式を挙げる時は絶対に祖母の席を用意しようと決めている。その時に、また会えたらいいな。
本題に戻る。
何よりも辛かったのは、町子が旦那を連れて母に結婚の挨拶をしに来た時のこと。その様子を見ていた幽霊の浩二は、町子の幸せを素直に願えない様子だった。そうだよね。結婚を約束していたんだもの。自分が居なくなっても、ずっと想っていてほしかったよね。
でも本当の娘のように町子を見ていた母は、「娘の嫁入りが決まって悲しむ母はいない」と言い放っていた。強いな。私も町子の幸せを願わずにはいられなかった。
長くなりそうなので、今回はここまでにしておく。ちなみに本noteのタイトル「幸せは生きている人のためのもの」は、浩二が作中で何度か放っていた言葉である。
今の私にとっての幸せは、松下洸平さんを含む“推し”の活躍を応援することだ。
この先、私にとっての「幸せ」は変わるかもしれない。だが、その時その時の幸せを存分に噛み締めながら生きていける人間になりたい。
〜おまけ(松下さんレポ中心)〜
・「スカーレット」が観たくなった
・松下さんのクシャッとした笑顔が可愛い&爽やか
・カーテンコールでお辞儀をした後に、松下さんが会場中を見ながら「ありがとうございます」と小声?口パク?で言っていて、人柄が素敵だと感じた。