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レールをデスク天板に埋め込んだ意匠についての考察

2024.5.24 追記:同社に問い合わせたところ、代表の安藤氏から公式な回答をいただきました。

当方が同社の権利を侵害しながら作品をこの形にしたわけではないことを示す目的と「長手方向に伸びるレールを並行させてオモテ側に埋め込んだデスク天板」のアイデアを使用したい人が「どこまでなら問題ないのか」を判断するための材料として以下に考察を残しています。

経緯と言及対象

当方の作品

人々のデスクのアイデアを集める「デスクをすっきりさせるマガジン」を運営する安藤氏に対して当方が 2020 年 5 月の公開ツイートで寄せたビデオに映っている DIY 作品「可動式パームレスト v2」。

天板の長手方向に長く広がるスライドレールを複数並行させてぴったり彫った溝に埋め込んでおり、そこに独立して動く右手パームレストと、左奥のキーボードと一体となってスライドする左手用パームレストが共存している。下からアームで支えてデスクとして使用する様子も同時に披露。

製品

その安藤氏が PREDUCTS という会社の立ち上げとともに 2021 年 12 月に発表したデスク。

意匠権

同社が 2021 年 12 月に出願した意匠権(意匠登録第 1735634 号)。J-PlatPat で番号「1735634」を検索すると意匠権広報を誰でも読むことができる。

この意匠権の効力が当作品の基本アイデアにまで及ぶ可能性がありその理由をまとめた記事となります。

本記事はあくまでも同社の出願したこの意匠権の内容と効力に対する懸念であり、同社が知財を権利化することそのものや同社製品の価値と新規性を否定するものではありません。同社製品が当作品のコピー品だという主張でもありません。

筆者の立ち位置

  • もともと多数の派生アイデアが生まれることを期待してマガジンのコミュニティに向けてアイデアを寄せており、いくつかの類似点がありつつも同社独自のアイデアがいくつも見られる本製品の登場そのものは歓迎

  • 当方で作品を発売する予定はないものの、他者がその派生アイデアを世に送り出すのを必要以上に制限されてほしくない

  • 同社が新しく生み出した部分を権利化するのは正当だと思っているが、すれすれの内容で先に公開されたアイデアにまで効力を持つことには懸念がある

影響範囲を考察

説明文

まず、「意匠に係る物品の説明」には「本物品は、デスクであって、物品を説明する参考正面・底面・左側面斜視図に示されるように、デスクの天板の裏面には、スライダー付きの吊り部が係合して移動するレールが 2 本埋め込まれて設けられている。」とあって、吊り部や裏面という説明がなされており、当方の作品とは一部が異なる。

だが、意匠権における「意匠に係る物品の説明」は係争時に参酌される対象であるとはいえ必ずしも特許の請求項のように権利範囲を直接的に宣言&限定する役割を担うものではない。ここに書かれたものと同一の物品が(図面の特徴が一致する範囲内で)意匠権の有効範囲としてカバーされるのは確実かもしれないが、逆に「その説明と一部でも相違するものを対象外とみなす」ことは保証されない。意匠権は物品の大まかなジャンル(本権では意匠に係る物品「デスク」)と図面上の特徴、そして図面から認識できる実際の役割などを含め全体を総合的に見て類似性が判断される。意匠権は境界線が特許ほどはっきりせず、完全な同一品だけではなく類似するものにまで効力が及ぶことに注意したい。

法23条前段において,意匠権は,意匠登録と同一の意匠のみならず,類似する意匠にまで権利が及ぶ,と規定している.
(中略)
以上のような物品と形態の二元論を基礎として,我が国において,意匠の「同一」とは,物品が同一で形態が同一であることいい,また,意匠の「類似」とは①物品が同一で形態が類似の場合,②物品が類似で形態が同一の場合,③物品が類似で形態も類似である場合の三態様をいう(図3参照).
例えば,Aという形態を有するシャープペンシルの意匠が存在したとして,Aという形態を有するボールペンの意匠,A’という形態を有するシャープペンの意匠,A'という形態を有するボールペンの意匠はそれぞれ類似の意匠となる.

日本知財学会誌 Vol.8 No.1:中川裕幸「意匠の類似 - 我が国における判断手法と判断主体」

また、機能そのもののアイデアを細かく保護するのは意匠権ではなく特許であり、本記事は同社によって別に登録されている特許の新規性を否定するものではない。その特許では取り付けるモジュールの形状やそれがオブジェクトを下から支えるといった細かい指定と限定がなされている。

図面

本作品

重要な言及対象であり正確な説明に必要のため、前述の意匠権広報より「参考正面・底面・左側面斜視図」を引用します。

意匠登録第 1735634 号広報より「参考正面・底面・左側面斜視図」

本権の図面はデスクの脚の部分を点線で表しており、意匠を受けようとする部分はあくまでも実線部、つまりレールを埋め込んだ天板に対する部分意匠だと読み取ることができる。その図面は天板とレールの位置関係以外の主張がほとんどないシンプルな描き方で、天板の長手方向に長く伸びる両端を揃えた2本のレールが間隔を開けて並行して配置され、天板にぴったり彫られた溝に埋め込まれているのが見てとれる。また、天板の端からレールの端までの距離が左右同じの対称形である一方で短手方向を見ると非対称で2本のレールが片側に寄っている。これらは当作品が持つ見た目上の特徴が多数の点で一致している。

デザイン上の制約

くわえてレールは長いほうがオブジェクト配置の自由度が広がるが横幅いっぱいにしすぎると天板全体の強度が落ちる、ユーザが頻繁に触れるオブジェクトを搭載するために両レールを天板短手方向の片側に寄せてスライド対象をユーザに近づけたい、レールを埋め込まないと搭載したオブジェクトを含めた全体の厚みや存在感が増すだけでなく鋭い両端が剥き出しになりユーザの怪我や PC 周辺機器を傷つけるおそれがあるなど、デザイン上の制約もいくつか共有している。どのような制約のなかでデザインされたかどうかは意匠の適用判定で重視される。

よって今後は仮に誰かが当方の作品(2020 年 4 月公開)と同じような配置でレールを埋め込んだデスク天板を販売したとして「これはレール面を上に向けて使うものだから」「キーボードをスライドさせるものだから」などと主張したところで、2021 年 12 月に出願されたこの意匠権の範囲外で安全だと言い切ることはできないのではないだろうか。なにしろレールがどちらの面であろうと物理的にはほぼ同じ物体である。

裏表が違えば別物?

そのように表裏を相違点として考えるとしても、脚をレールの反対面に組み付けた状態での販売であれば部分意匠の破線部を含む全体図からして別物と主張できる確率は少し上がるかもしれないが、そもそもデスク業界の慣習からして同社を含め天板単体の形態でも販売する業者は多い。また、当方の作品も脚として機能する市販のディスプレイアームに取り付けるための 4 本の小さいネジ穴が必要なだけで意匠にはほとんど影響を及ばさない。

これが冷蔵庫のような大物電化製品であれば放熱やトレイの向きが重力の方向に依存することから設計時点で上下が確定するが、デスク天板の場合はユーザのレベルでも木ネジなどで表裏問わず好きな位置に脚を取り付けて使用することが可能である。

レールを並行させること

意匠権ではその構造やジャンルでよく用いられる要素は小さめに、珍しい要素は大きめに評価される。これまでデスクどころか家具全般において、複数並行させたレールを埋め込んだ天板を用意したうえで、そこに外部の小物を複数レールにまたがって係合するものと単体レールで独立して動くものが混在した状態で複数個搭載してスライドさせる事例は表面、裏面ともに少ないことから大きな新規性として判断され、必要以上に効力を持つことが考えられる。この部分に関しては少なくとも当方の作品で先に披露しており同社が初めて世に公開したアイデアではない。

曖昧な境界線

また、「吊り部」という曖昧な名前の別パーツが図示されていないことから、どういう形状のものを指すのかこの意匠権からは読み取れず実際の製品よりも広めに解釈される恐れがある。レールとスライド対象ブロックの接触部だけに注目すれば「レールの両脇だけでブロックを保持し橋のように浮かせて支える=吊る」と言えなくもない。その役割も実際には外部オブジェクトを保持してレール上に係合させるためのものであって同社が販売しているモジュールのほとんどが天地逆でも使用できるように見える。(便利かどうかはさておいて)

どの程度の違いで範囲外かどうかは同特徴の天板を販売するなどして同社から裁判を起こされて判決が出るまで断言できないだろうし、その裁判を起こすかどうかも同社の匙加減。なにしろ意匠権において最重視される物品の種類と図面上の特徴がほとんど一致していることからかなり際どい権利化に見える。物品の役割についてもどの単位で考えるかによるが、大きい範囲で見れば「天板に埋め込まれた並行するレール上にPC周辺機器を搭載して任意の位置に配置できるデスク天板」である点で実現内容が一致しているため、完全に別物と言い切って安心することはできない。

最近になって安藤氏もレール上にキーボードを装着する様子を公開しており用途の境界線はますます曖昧に。

「訴えられる可能性」の意味

本記事で「訴えられる可能性がある」と書いているのは「同社はこのアイデアを採用した人を片っ端から訴えて潰すつもりだ」という決めつけではありません。

企業が知財を権利化するのは積極的に相手を訴える目的であることもありますが、むしろ最初から自分たち以外に誰もアイデアに近づかない状態を作る目的での取得が一般的であり、当方が危惧しているのはそのようにして第三者がオモテ面にレールを埋め込む既存アイデアの採用を検討したときに、「この意匠権の内容と類似しているから」という理由で採用を諦めてしまうことです。


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