早稲田ロー 2021(令和3)年度 再現答案 刑法【半免】

第1 問題1
1 甲の罪責
(1)Aの顔面を殴打した行為について、傷害罪(204条)が成立しないか。
ア 「傷害」とは、人の生理的機能に対する傷害を指す。本件で、甲はAの顔面という「人の身体」を1回殴打し、口腔内裂傷という生理的機能に対する「傷害」を与えている。よって、「傷害」している。
イ よって、①傷害罪が成立する。
(2)次に、Aに車ごと海に飛び込むように指示した行為について、殺人罪(199条)が成立しないか。
ア まず、Aに指示した行為が、「殺した」といえるか、間接正犯の成否が問題となる。
イ そもそも、正犯とは、ある犯罪について自らの意思に基づきこれを実現し、第一次的に責任を負う者をいう。そして、正犯が直接行為を行わなくとも、他者を通じて因果経過を支配することは可能であり、また正犯として罪責を負わせるべきである。そこで、利用者が被利用者の行為支配性を有し、かつ、自己の犯罪として実現する意思を有していた場合には、間接正犯が成立すると解する。
ウ 本件で、甲はAの配偶者であり、日常的に激しい暴行、脅迫を加えて風俗店で働かせるなどしており、暴力を通じてAの行動や精神を支配していたと言える。その状況下で、さらに顔面を殴打し、「これ以上生きていても、毎日殴り続けられるだけだから、死んだ方が良い」「自分で死ねば、お前は楽になるし、オレは保険金が入るから、お互い幸せだ」「逃げても無駄だ、必ず探し出して殺すから」などと述べ、さらなる具体的な不利益を提示した上で、精神的な支配を強固にし、ドアをロックし、窓を閉め、シートベルトをすることなど詳細な行動を指示している以上、甲にAに対する行為支配性が認められる。
 そして、甲はAを事故死に見せかけてAを自殺させ、保険金を入手しようとしている以上、A死亡後に生じる利益を得ようとしていて、「自己の犯罪」としてこれを遂行する意思があると言える。
エ よって、甲の指示が、Aを「殺した」と言える。
オ そして、Aは溺死している。
カ もっとも、Aはスクリューに巻き込まれて死亡している以上、因果関係が認められないのではないか。
 因果関係とは、ある行為がある結果を生じさせたことを理由により重い法的評価を加えることができるかという法的評価の問題である。そこで、因果関係の有無は、当該行為の有する危険性が、結果として現実化したかをもって判断するべきである。具体的には、当該行為の危険性と、介在事情の結果発生への寄与度をもとに、諸事情を総合考慮して判断するべきである。
 本件で、ドアをロックし、窓を閉め、シートベルトをした上で、水温10度、岸壁の上端から2メートル、水深4メートルの海に突入させる行為は、車から逃れられず、また逃れても、自力で海から脱出することが困難な状況下で、低体温による心臓ショック等の疾患を生じさせ、それ自体死亡の結果を生じさせる危険性が強い。一方で、スクリューに巻き込まれ溺死したという介在事情は、海において船がスクリューを用いて動き出すことはままある状況であることから、寄与度は大きくない。
 よって、行為の危険性が結果として現実化したから、因果関係がある。
キ そして、スクリューに巻き込まれて死亡する因果経過を予測していなかった以上「故意」(38条1項)が認められるか問題となる。本件で、車内で溺死するか、スクリューにより溺死するかは、構成要件の範囲内で一致しているため、反対動機が形成できたといえ、「故意」がある。
ク よって、②殺人罪が成立し、後述のように乙と共同正犯になる。
2 乙の罪責
(1)乙は車の飛び込みに際し、Aの監視をしていて、殺人罪の共同正犯(60条、199条)が成立しないか。
 ここで、乙は命令をしていないため、共謀共同正犯の成否が問題となる。共犯の処罰根拠たる一部行為全部責任の原則からすれば、共謀共同正犯にも罪責を負わせることができる。そこで、①共謀及び②それに基づく実行行為がある場合には、共謀共同正犯の成立を認めるべきである。
 本件で、乙は、甲の知人であり、保険金の分け前を受けるという約束のもと、協力している。そうすると、利益が乙に帰属していると言える。また、Aを飛び込ませるという犯罪の遂行において、監視をすることは、事前の脱出を困難にし、遂行を容易にするものだから、重要な役割を果たしている。よって、①共謀している。そして、②その共謀に基づく実行行為がある。
 よって、殺人罪の共同正犯が成立する。
(2)もっとも、乙はベルトを外すように指示し、また、付近の堤防で救助をするよう待っているから泳ぐこと等のアドバイスをしているから、中止犯(43条但書)が成立しないか。
(3)「自己の意思により」
(4)「中止した」
(5)なお、中止犯は、結果が未発生の場合に刑を減免する特別の措置だから、本件で結果が発生している以上、認められない。
3 罪数
第2 問題2
1 「公然」(230条1項)とは、保護法益が、個人の外部的な名誉であることから、不特定又は多数人を指す。
 不特定の具体例としては、人通りのある路上にいる人々を指す。多数は、複数人を指す。なお、不特定であれば、多数人でなくても、「公然」性を満たす。先の路上の例で、路上にいるのが1人である場合は、不特定・単数であるが「公然」である。
2 そして、特定少数人に対する場合でも、その者を介して不特定多数人に伝播する恐れがある場合には、「公然」性が認められる。
 具体的には、報道局の記者1人に対して、事実を摘示することが挙げられる。
以上

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