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鼻
ヘッドホンを外すと、鼻をすする音がした。
わたしは今仕事の関係で京都へ向かう新幹線内にいる。BGMは坂本慎太郎の「できれば愛を」。耳元ではちょうど「鬼退治」が流れていた。
東京駅で購入した崎陽軒のシウマイ弁当でも食べようかな、と音楽を止めると、代わりに聞こえてきたのはしきりに鼻をすする音である。
鼻をすすっているのはどうやら斜め後ろのおじさんらしい。新幹線内で映画でも観るかと意気込み、無事号泣しているのかもしれない。なんて心のウェットなおじさまなのだ。いいぞいいぞ。
などと思っていたが、なにかおかしい。
さっきからくしゃみや咳を連発している。
そうか、このおじさん、
心ウェットすてきおじさんではなく
ただの風邪っぴき毎秒鼻すするおじさんだ。
そう気付いた瞬間、車内の空気がどことなくヒリついているような気がしてくるから不思議なものだ。前の席のお姉さんなんて露骨にキョロキョロと犯人探しをしているではないか。いや、露骨すぎるだろ。
勝手にそわそわと居心地の悪さを感じ始めたそのとき、
チーン。
後ろから鼻をかむ音が聞こえた。
おじさんナイス!!ていうかティッシュ持ってたんならもっと早くかみなよ!!
わたしはほっと肩を撫で下ろした。
と、その直後である。
スンスン スン フェッ……フェクションッ
嗚呼毎秒鼻すするおじさん…。おじさんの鼻は今さながら融雪期の小川なのだ。一度鼻をかんだくらいで流量が減少するはずがない。
しかし、今この状況で一番つらい思いをしているのはおじさん本人のはずだ。体調も悪く、肩身も狭く、鼻は小川。周囲の我々がイラついても仕方ない。ともにおじさんの鼻の安寧を祈ろうではないか。
そんなことを考えて、わたしは再びヘッドホンに手を伸ばした。
ちなみに崎陽軒のお弁当はとてもおいしかったです。
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おわり。