『ひだまりが聴こえる』
今年の夏は毎月のように日本のBLが複数放送されていて、すっかり1つのメジャーなジャンルとして日本でも定着した感じがします。
BLドラマが増えれば、とうぜん色んなシチュエーションが増えて、キャストもストーリーも演出も様々で。
その中には、「あれっ、これって見事な棒演技・・・」「すんごい違和感が・・・」というセリフやキャラクター、演出もあれば、「これこれ、これが見たかったんよ!!!」というものもあって、豊作になるってのは、全部が素晴らしいわけじゃないんだよなって思うこともよくあります。
でもでも、この『ひだまりが聴こえる』は、本当に良いドラマでした!
主演は『下剋上球児』でもバッテリーをくんでいた、中沢元紀さんと、小林虎之介さんです。
2023年の青春学園部活ドラマでバッテリーを組んでいた二人が、主演になるなんて、なんだかパラレルワールドを見ているみたいで、それだけでもかなりグッドキャスティングです。
二人とも新人俳優ながら、20代になってから俳優デビューした方で、なんというか地に足がついた感じです。このキャスティングからもドラマの本気度が伺えます。
それもそのはずで、このドラマはただのBLドラマではなく、「難聴」の主人公を中心としていて、人の心の動きを深く描いています。
セリフの言い回しや表情でメッセージが全然違ってくるところが多々あり、演技に力を入れたキャスティングも頷けます。
オリジナルは漫画で、さらに、2017年に実写映画にもなっています。その時は、難聴の航平役を、現在放送中の『シュガードッグライフ』の多和田任益さんが演じていました。
映画の方も見ましたが、映画は70分程度の短編で、今回のドラマの途中までを描いています。
実写映画と今回のドラマで、ほとんどストーリー上の違いはないのですが、1か所だけ気になったところがありました。
途中に太一が航平にハンバーグが大好きな理由を話すシーンがあるのですが、航平は前を向いていて聴こえていなかったようで、「なんていったの?」と聞き返します。
映画では、太一はマジに話したことが恥ずかしかったのか「なんでもない」と返して、そこで会話が終わってカットが切り替わっています。
同じ個所が、ドラマでは、太一は「なんでもない」とつぶやいた後に、自分が航平に伝えたメッセージを思い出します。
「聞こえなかったら何度でも聞き返せ!なんでお前が遠慮するんだよ!聞こえないのはお前のせいじゃないだろ!」
そして、きちんと航平に話して理解してもらおうとするのです。
映画では単なるハンバーグが好きなエピソードで、それはそれで太一のバックグラウンドがわかって大事なシーンなのですが、ドラマでは、大事な主題を強調する超重要なシーンに昇華していました。そして、太一だったら、ここはきっともう一度説明してあげるんだろうなぁという説得力がありました。
太一は、「鈍感」で「思ったことをそのまま伝える人」として表現されていますが、過去のエピソードを見てその背景を知ると、それだけではないもっといろんなことが想像できました。
小さい頃に両親が離婚して、祖父に育てられた、ということは、家庭内は喧嘩が絶えなかったり、あまり良い雰囲気では無かったのではないでしょうか。
そういう環境で育った子どもは、自分が生き延びるために必死に人の気持ちを汲み取ろうとします。怒られないように、叱られないように、機嫌がそれ以上悪くならないように。
だから、太一は相手が(両親が)本当はどう考えているか、いつも気持ちを読んで行動していたのではないでしょうか。
その点では、むしろ「健常者」と「障碍者」という対比ではなく、「家庭」や「社会」の迷惑にならないように溶け込むという意味で、太一と航平は同じような境遇なのかもしれません。
そんな家庭環境で育っているときに、今の太一のように素直で声が大きかったとは考えられません。だって子どもにとって、その家庭環境は戦争の中にいるようで、自分が声を大にして主張するよりも、大人の声を読み取って行動する方がずっと大事だし、そうする必要があるのですから。
太一の今を形成しているのは、その後の祖父との生活のように思えます。
豪快に素直に話す祖父、思ったことをなんでも吐き出させてくれる祖父、少し年をとっていてちょっと耳が遠い祖父、そんな祖父と一緒に暮らすうちに、素直で声のでかい太一になっていったのではないでしょうか。
音楽は、オープニングがflumpoolで個人的に懐かしかったです。
そしてエンディングは川崎鷹也さんの「夕陽の上」、このドラマで何度も聞いて大好きになりました。
歌詞やMVを見ると、昔の楽しかった思い出を懐かしむような、失恋ソングのような、ちょっぴり切ない曲です。MVには主演の中沢さんが主人公になっていました。
太一を演じる虎之介さんは、大きな声で無垢な演技というよりも、無言の表情に引き込まれました。
美味しいお弁当を食べているときの表情、雨の中や花火を見ている表情、航平を見つめているときの表情、そして何度か繰り返される久しぶりに航平に会った時の表情が、なんともいえない感情を呼び覚ましてくれます。
ドラマの最終回で、エンドロールが流れる中、二人の最後の会話が聞き取れないくらいの大きさで流れていきます。
最後は口パクでなんて言っているかを当てるクイズをしていて、太一がなぜか恥ずかしがって終わります。
正解も明かされないので、なぜ太一が恥ずかしがっているか私たちには伝わりません。
でも航平はなんらかの気持ちを声に出しても、出さなくても、しっかり太一に伝えていくという決断をしたようです。
このドラマ、なんと字幕版も少し遅れて配信しているので、それを見たらラストシーンの答え合わせができるのでは?とそちらも楽しみにしています。
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