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月の化け物
「地球が終わる」と勧告があった。しかし、私はあまり信じていなかった。というのも、「地球が終わるから、各自荷物をまとめてここへ送れ」という行政の指示以外に情報がなかったからだ。なぜ終わるのか、終わった後私達はどうなるのか、肝心な部分の確かな情報が一向に出てこない。
とはいえ世間は騒然とした。荷物をつめた段ボールに貼るラベリング(紙のサイズ、文字のサイズ、明記する要項など)について、数カ国語で書かれたマニュアルが何万とRTされた。簡単にラベルを作れるアプリの配信も開始した。「そもそも本当に地球が終わるのか、国家レベルの企みではないのか」「これだけの人だ、扱いやすいように脳だけ取り出してパッケージされるんじゃないか」と、様々な陰謀論や憶測がネット上を飛び交った。
そんな中で、出処こそわからないものの、なぜか有力視されている意見があった。それは
「地球が終わったら月へ移住するのではないか。」
というもの。火星じゃないんだ、となんとなく私は思った。漠然とした「地球が終わる」という情報から、「月へ移住する」ことへ話題は切り替わって行った。
「地球が終わる」お知らせがあってから1週間後、皆が皆、せっせと荷物をつめていたら不思議なことが起こり始めた。
夜になると体が軽くなるように感じた。しかも最初は気のせいかな、というくらいだったのに、日を増す事にポーンポーンと歩き方にまで変化が出てきた。テレビで見るような無重力空間に近い状態だ。興味深いことに、その現象が月の光が当たるところにいる人間にだけ起こるのだ。次第にフワ~と浮いたまま戻らなくなっていき、やがて空へ引っ張られるように浮いていくようになった。ニュースでは、「月夜に出歩かないように」「子供を外に出さないように」「重りをつけるなど対策をとるように」と報道があった。
ネットを見ると天文学者から一般人まで、この現象について意見を交わしている。その中でも私の印象に残っているのは
「月にとんでもない化け物がいて、人間を引き寄せて食べようとしている。」
という意見だった。上空で死ぬからちょうど良いとか色々言っていたけれど、それならなんで徐々に引っ張られようにしたんだ、対策をとられてしまうだろと思ったのを覚えている。
いよいよ荷物を送り、貴重品を持って家族と一緒に家を出た。幹線道路をぞろぞろと無数の人々が歩いている。どこへ向かっているかはわからない。育った土地と家を離れる寂しさと、信じてもいないのに「月の化け物」が脳裏を過ぎって「月に行くのはやだな。」と漠然と考えていた。
ふと道路脇の宅配業者が目に入った。ギリギリに荷物を出した人達がいたのだろう、ラベルの貼ってある段ボールがたくさん積まれていた。その中でも目に付いた達筆な文字のラベル。名前の下に書かなくてもいいのに74歳と年齢まで書いてあった。そんなラベルとは別の面に、
「月が好きなので、月に行けて嬉しいです。」
と書かれた大きな紙が貼ってあった。そうか、月に行くことを楽しみにしている人達もいるんだな、と少し驚いた。まだ行けると決まったわけでもないのに。
だらだらと歩く人々はゾンビのようだった。どのようにして地球は終わるのだろう、という不安をできるだけ直視しないように、無になって地平線に向かって人の群れは続いていった。
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昨日見た夢でした。自分の夢なのに途中で終わると続きが気になる。ちょっとだけSFっぽいのは昔読んだ小説の影響だろう。それにしても、こういう発想は私の脳のどこから生まれてくるんだろう。
あと今日はオリンピックのチケットを申し込んでしまった。ふだんスポーツ観戦なんてしないのに。ミーハーが出てしまった。許して欲しい。