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62杯目:差し入れハラスメントから、もう少し差し入れや贈り物について考えてみた

差し入れは、人とのお付き合いの上で不可欠とは言わないけど、

あっても良いものだとは思います。


それでは、なんで『差し入れハラスメント』のような事態になってしまうのでしょうか?

自分は、日本人のしきたり的なことも関連しているような気がします。


ツマラナイものですが・・・

たくさんいただいちゃって、うちではこんなに食べないのでおすそ分けです・・・


差し入れの時によく聞く言葉です。

これって、いただく方の意思は全く無視の、

完全に差し入れをする方の自己都合の言葉ですね。


つまらないものですが・・・

自分がつまらないものを、こっちの意思も確認もせずくれるなよ!!

って、ツッコミを入れたくなりますが、

これはいわゆる謙遜の言葉にも取れます。

しかし、相手の意思を聞かない自己都合の行動なので、

もし相手が気に入らなかった場合の逃げの言葉にも感じるのです。

ある意味、こんな失礼な言葉もないですよね。


たくさんいただいちゃって、うちではこんなに食べないのでおすそ分けです・・・

これも、親切な行動のような感じもしますが、

相手の意思を確認しないでの行動だったら同じことですね。

せめて、

たくさんいただいたのですが召し上がりますか?

って、相手の意思を確認してからの行動でしたら、

お互い気持ちの良いやり取りになるんですけどね。


最後に、そういうことも含めて、

差し入れハラスメントが起こる原因を自分なりにまとめると・・・

「えっ、手ぶらで来たの?」

「普通、こういう時に手ぶらで来ないよね?」

っていう言葉も聞きますね。

そう言われるのが嫌だから・・・

そういう人だと思われるのが嫌だから・・・


結局、自分にシッカリとした意思がない。

相手が嫌がることより、

自分がそのように世間に思われることを回避することを優先させてしまうため、

差し入れや贈り物をしてしまう。


西野亮廣さんや堀江貴文さん界隈の人が、

著書などによく記す、

思考停止状態の人。

自分が思っているほど世間はあなたのことを気にしていない事に気付いていない人。

って事なんだと思います。


なので、西野さんの悲壮な叫びにも響かないのではないでしょうか。


#西野亮廣 #差し入れハラスメント  


貴重なお時間の中、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 駄文ながら一生懸命書かせていただいていますので、またいらしてください。