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花宮沙羅さんが私に与えてくれたものは宝物。

花宮沙羅さんの退団の知らせを耳にした瞬間、3月のあの日感じた空気を思い出した。

初舞台生の公演を見たのが初めてで、102期生のお披露目公演「THE ENTERTAINER!」は理由あって結構な回数を観劇した。初舞台生の口上で唯一覚えているのが千秋楽の、花宮沙羅さん・風色日向さん・湖風珀さんの3人の挨拶。3人ともが宙組に配属されたのでご縁を感じた。

102期生、とりわけ宙組の102期生は初舞台生から宙組配属され今に至るまで見ているので思い入れが強い。その中で、特に宙組の娘役を牽引して来た花宮沙羅さんへの思いは年々強くなっていった。彼女は下級生の頃からここぞの場面に登場し、いつだって印象的だった。娘役ナンバーの中心にいるそのチャーミングな存在はいつだって心強かった。

そんな彼女が宙組を、宝塚歌劇団を去る。

その瞬間、あの日の底冷えした廊下とその先にある小さな一室。そこで感じた空気を思い出した。

3月、秋田からの乗り換えで山形県酒田市に数時間滞在する事となった。

駅前の観光案内所で勧められ「山王くらぶ」「竹久夢二美術館(相馬楼)」を訪れた。竹久夢二と言えば夢千鳥。こんな所にゆかりのある場所があるなんて驚いた。迷わず「そこにします」と告げると丁寧に行き先を説明して下さった。

どちらも実際の料亭を修復した建物で「夢千鳥」のまさにその世界だった。ファンとしては是非訪れるべし。

こじんまりとした一室には岡山などには比べ物にならないが、夢千鳥の世界観を深めるには余りにも密度の濃いものだった。竹久家の戸籍謄本なんてものもあり、個人情報…と苦笑いしてしまったが、夢千鳥の登場人物と照らし合わせながらじっくり眺めた。

実在の人がモデルの作品。夢千鳥に出て来た人物の実在の写真たち、茂次郎少年がまさに真白悠希さんのまさにソレでびっくりした。実写を見て役作りされたのだろうか。余りにも真白さんのあの姿だった。余りにもソレ、と言えば「お葉さん」の実写にも驚いた。あのアンニュイな甘ったるい水音志保さんそのものだった。男に媚びて甘える、それが生きていく為の術だった彼女。写真からその生き様が伝わってくる。彦乃と不二彦の他人行儀な2ショット写真、写真からもひしひしと感じる他万喜の執念と狂気。

夢千鳥は竹久夢二のファンが見てもクオリティの高い作品なのだと再認識した。これだけ詳細な史実が残っていたら、役作りしやすい部分もあれば、実在の人達と舞台の世界との折り合いをどうつけるか難しくもあるのかな。

かつての宴会場は展示室となっていたが、ここで華やかな宴が繰り広げられている事が窺い知れた。当時の建物のまま申し訳程度の暖房。少し歩いただけでも底冷えのする廊下、奥まった場所にある小さな茶室で何処からともなく菊子の長唄が聞こえてくる気がした。宴の途中「お腹が痛いの」と介抱を求め、別室に移動した後に甘い無邪気な声で夢二に甘える菊子。あの声色・あの仕草でハッキリと思い出させる。

「私はどうせ籠の中の鳥よ」

底冷えする廊下の先。ポツンとあるこの一室で、この地で華やかな世界の中の閉鎖的な空気感。ここに菊子の全てが詰まっているように思えた。その日の夜、スマホにダウンロードしておいた夢千鳥を見た。菊子のセリフを聞いていると、暖房の効いたホテルのベッドの中なのに足の底から冷えるような感覚と息苦しさを感じた。

気まぐれな旅、乗り換えの数時間程度の滞在だった。

この地に竹久夢二に所縁のある場所がある事も知らなかった。数ある観光スポットの中でここをお勧めしてくれた観光案内所の女性に感謝しかない。

何より、この地で思い出された「花宮沙羅さんが演じる菊子」の存在。あなたのお芝居がこんな形で旅に彩を添えてくれたなんて、あなたの舞台人としての生き様を感じられるなんて。

これだけ大きなものを舞台から届けてくれた人。それが花宮沙羅と言う娘役なのだと感じられた。

大階段を降りる事なく、予定を変えず退団されるとの事。先行きが見えない中で「大階段を降りてさよならを言わせて欲しい」と言う気持ちが無い訳では無い。色んな辛い思いがあるだろう中、それでも感謝の思いを伝えてくれた。こちらこそ沢山の素敵な舞台をありがとうだよ。と、言いたい。

あなたが花宮沙羅として、宝塚歌劇団の一員として、宙組生として残してくれたものは何一つ否定されない。全てが愛しくて、全てが宝物です。この宝塚歌劇団と言う場所で、花宮沙羅と言うこんなにも才能豊かなエンターテイナーと出会えた事、大切な思い出です。

Fly!Entertainer、拍手の代わりにこの思いを記す。