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【小説】鋼の詩(うた) 〜現場百回〜 3-3
3. 会議はコーヒーが冷める前に
数日後、福山がまとめた基本設計案をもとに、チームの設計会議が開かれた。
「福山さん、この搬送部のハンドなんですけど、もっと軽量化できると思います。」
若杉がそう言って、図面のある部分を指差した。
福山は手元のコーヒーを一口飲み、湯気が立つマグカップを机に置いた。
「軽量化か……。」
「はい。解析した結果、このハンドは今の設計より30%軽くできます。そうすれば、モーターの負担が減るし、モーター容量をひとつ下げることも可能で、装置全体の軽量化にもつながります!」
福山は腕を組み、渋い顔をした。
「せやけどな、若杉。ハンドはワークをつかむ大事な部分や。軽くしすぎて剛性が足りんかったら、精度が落ちるどころか、最悪ワークを落とすことになるぞ。」
若杉も負けじと食い下がる。
「でも、強度を気にしすぎると重くなりすぎて、動作スピードも落ちるし、搬送系のモーター選定にも影響が出ますよ。それに、重量が増えれば、タクトタイムにも悪影響が……。」
福山はコーヒーをもう一口すする。カップを置く音が静かな会議室に響いた。
「そらそうやけどな……。ハンドがブレて、検査精度に影響が出たら元も子もないやろ?現場で『つかみが甘い』とか『振動でズレる』とか文句言われるんは、結局俺ら設計陣やぞ?」
「でも…。」若杉は少し躊躇するが、続ける。
「CAE解析のデータでは、剛性は十分確保されてます!むしろ、今の設計は過剰スペックじゃ……。」
「お前なぁ、計算の数値だけでモノ作ってたら、チョンボ品の山になってまうで?」
福山の語気が、ほんの少し強くなった。
若杉も引かずに言い返す。
「でも、過去の事例にとらわれてたら、新しいものなんて作れないですよ!」
一瞬、会議室の空気がピリッと張り詰めた。
「はいはい、ちょっと待って。」
黒川が手を挙げて、二人の言い合いを制す。
「どちらの意見も正しいです。だからこそ、まずは試作して、実際に動作テストをしてみませんか?」
福山はマグカップを持ち上げ、残ったコーヒーを飲み干すと、しばらく考え込んだ。
「……まぁ、確かに試さな分からんしな。」
若杉もホッとした表情で頷く。
「ありがとうございます!たぶん、いけると思います!」
黒川は微笑みながらメモを取り、まとめに入る。
「じゃあ、ハンドに関係する搬送部分の設計を最優先で進めて、動作評価をした上で判断していきましょう。」
福山はゆっくりと頷いた。
「それでいこか。」
そう言うと、空になったマグカップを傾けながら、ぼそっと呟いた。
「しかし、設計の議論ちゅうのは、コーヒー飲んでる暇もないぐらい熱くなるな。」
若杉が苦笑しながら応じる。
「ですよね。でも、福山さん、ちゃんと飲み切ってるじゃないですか。」
「そらまぁ、コーヒーが冷める前に結論出すのがベストやからな。」
そんな軽口を交わしながらも、意見がぶつかり合うこのチームの設計に、新しい風が吹き始めている。