尾関卒業に想う
【この記事の概要】
・Twitterの140字なんかでは収まりきらない尾関への想いを長文で書きためています
・書く順序とか決めずに思いついたままに書いていくので見づらいかもしれません(いつも見づらいとは言ってはいけない)
本日、6月14日。櫻坂46の尾関梨香さんが卒業を発表しました。
更新された情報では、7月24日のケヤフェス最終日に原田と2人でセレモニーが行われるようなので、私も急遽、配信で参加することにします。
我々ファンとしては、その兆候があろうがなかろうが、卒業の発表というのは唐突にやってくるものです。
今回も、こち星パーソナリティ卒業、そして櫻坂1stアルバムの発売発表(アルバムでの卒業は無いという根拠のない油断)、後から考えて思いつくことはあるとはいえ、やはりそれはまさに唐突なものであり、私自身、動揺が止まりません。
しかし、卒業を発表する彼女たちは、長い時間をかけて悩みに悩み、覚悟を決めて発表している。ということを忘れないようにしなくてはならんなと思います。
尾関の場合、昨年の休養によってその時が近づいてきていること、そして、直近では特に仲の良かった「理佐の卒業」があり、ある意味、このタイミングでの卒業というのは、自然なものなのかもしれません。それなのに、やはりファンというのは、その知らせを聞くと動揺し、しばらくの間、サイコロでいう「1回休み」の状態になります。
もう3年も前のことになるのに驚きますが、私が欅坂を知るきっかけとなった長濱ねるさんの卒業、この時はさすがにこたえて、しばらく行動不能になったのを記憶しています。1年後、いわゆる「七夕の奇跡」で彼女は芸能界に復帰したわけですが、尾関の場合はどうか。既にいくつかのメディアが「引退」という言葉を使って卒業を伝えています。たしかに、ブログでの尾関の言葉の意味を汲みとれば、少なくとも、しばらくは芸能界から離れるということも考えなくてはならないと思います。
その場合、先述の通り、1年間何も情報が得られないという事態もあり得ます。
個人的にこの卒業〜七夕の奇跡までの期間が一番辛かったので、尾関には是非、「無理のない範囲で」インスタなり、何かしら情報を得られるものをやってほしい、と身勝手ながらそう思います。
「推しは推せるうちに推せ」よく言われる言葉ですが、これほどそれを痛感したのも久しぶりです。
長くなってしまったので、尾関がどんな存在だったか、これからのことなど少しずつ分かると思うので、追々書いていければと思います。
まだ、「ありがとう」とは言いません。ただ、よく卒業の判断を勇気を出して言えたと褒めてあげたいです。そして、まだ活動は続きますが、「これまでお疲れ様」とめいっぱい労ってあげたい。今言えることは、こんな感じかなと思います。拙文失礼いたしました。
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