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【ラーメンズマニア向け小説】箱

〇アイデアを求めて

ノートパソコンと睨み合って早3時間。
シナリオコンクールまであと1ヶ月を切ったというのに、まったくアイデアが出ない。ひともじも進まない。
「ああ、もう!」
頭を掻きむしったところでなにか出るわけもない。長い髪が絡まっただけだ。時計の針の音と壊れかけた扇風機の首を振る音が耳につく。

このところ四六時中アイデアを探した。
映画も舞台も、ちょっと無理して見まくった。
近所を歩いてもみた。向かいのホーム、路地裏の窓、こんなとこにいるはずもないのに。

とりあえず大学へ向かうことにする。トートバッグの重さ。照りつける日差し。どうかシミにならないでくれ、と願いながら大学へ向かう。

キャンパスにたどり着くと脚本科の教授を探した。藁にもすがりたい。猫の手も借りたい。飼い犬に手を噛まれる。貧乏クラゲの目が回る。ぬか床にバファリン。

「よお、鎌倉!」
同級生の辻本が自転車を押してこちらに向かってくる。特段仲良くもないのに、いつも軽々しく声をかけてくる軽薄さが正直苦手だ。あとマスクからいつも鼻がはみだしている。
「なに」
「つれないな、お前はいつも」
「で?」
「シナリオコン…」
「うるさ!」
「ウザがるの早ない?俺はもう提出済み」
「突然のマウンティングは結構」
「お前のノーパソは、何のためにあるんだよ」
「辻本のスマホ保護フィルムに絶対ホコリが入れ。ふらっと入った店内で他の客にお店の人と間違われてろ。ティッシュペーパーは10枚くらい一気に取れろ毎回」
「ちっちゃい呪い、いっぱいかけてくるのやめてくれる?」
「うるさ!」

〇先生は何を

呼び止めようとする辻本を無視して教室へ向かった。数名の生徒と一緒にいる教授を発見した。背が高いので見つけやすい。

「先生」
「お、鎌倉君。どうした」
「コンクールのアイデアがまったく浮かばなくて」
「0から1を作ることはとても難しいけれど、必死にもがき続ければ0.1くらいは生み出せるものです。あとは、それを10回繰り返せばいい」
「分かってはいるんですけど」
「ちょっと僕の研究室に来てくれるか?」

先生と一緒に研究室に向かいながら、お説教でもはじまるのかと思った。

手指を消毒し小さな研究室に入る。
「コレコレ」
先生は人が入れる程の大きな蓋付きの黒い立方体をトントンと叩いた。
「僕がなぜ脚本を書き続けられると思う?」
「才能がおありだから、です」
「違うよ、コレのおかげ。ちょっと覗いてごらん」
蓋を開け覗き込んだ刹那、その箱へ吸いこまれた。

〇ひとつめの箱

「は?」
思わず大きな声が出た。状況が理解できない。さっきまで先生の研究室にいて…頭が痛い。全く意味が分からない。暗い。ここは…どこ。

少しすると目が慣れてきて、暗がりの中で大勢が席に着いて各々小声で何か喋っているのがわかった。私がさっき大きめの声を出したから、ジロジロ見られているのを感じる。ギュウギュウに席が埋まっている。マスクもせずに満席とは、とちょっと引いた。

ブザーが鳴った。ぴたりと喧騒は止み、緊張感と期待感に包まれる場内。
そうか、ここは劇場の客席だ。
・・・
幾度目かのアンコールを終え、演者達は割れんばかりの拍手と歓声を背中に、満足気にステージ袖へとはけていった。

あまりの衝撃に立ち上がることができない。

なんだ今のは。
世界観、全体を通したテーマ性、想像を掻き立てる演出、無駄のないセリフ、スマートな小道具、演者の演技力…褒めるところしかない。唯一の欠点といえば、観た者を夢中にさせすぎてしまうことくらいだ。

小林賢太郎戯曲集は読んだことはあったが、これほどとは。

鼓動が治まって深呼吸してゆっくりと立ち上がり、重たい扉を開いてロビーへ出た。振り返ると『ラーメンズ 箱式 1998年6月27日~28日』というポスターが目に入った。

「は?きゅうじゅうはちねん?」
本日二回目の疑問形が口からこぼれた。

〇混乱とチケット

ロビーに出て、二人掛けのソファに腰掛けた。
一旦この状況を整理しよう。再演?いやそんな話聞いたことがない。
98年てことは23年前にタイムスリップ?バックトゥザフューチャーかよ。
「そうだスマホ、スマホ…」
トートバッグの中、デニムのポケット、Tシャツの胸ポケット。全部探したが見当たらない。ノーパソも財布もない。
痛いぞこれは痛い。私はスマホがなくなると自我がなくなります。なくすよねぇ自我。すぐどっかいっちゃうんだから。帰ってこい私の自我。

ソファで呆けていると、さきほどまで舞台に上がっていた人たちがなにやらスタッフと話し込んでいるのが見えた。
そのなかの一人が、私に気づき声をかけてきた。さっきまで舞台に立っていた人だ。独特な長髪の。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい……大丈夫…なのかな私」
変な人に思われるのを覚悟で聞いた。
「今って何年です?」まるで映画みたいなセリフだ。
「え、1998年ですけど…」
「そうですよねそうですよね、98年でしたもんね!」
強引にごまかしたつもりだ。
「あのぉ、突然ですいませんがチケット余ってるので良かったらこれどうぞ」
そしてチケットを手渡し、男は去っていった。
チケットには“第5回公演『home』(2000年1月28日~30日)シアターサンモール”と書かれていた。

〇夢のような街

私は混乱しながらとりあえず外へ出てみることにした。
そこは見たことの無い街だった。人通りの少ない街だが…どこかおかしい。

違和感の正体がなんなのか、街の中を歩いてみて気づいた。コンビニ、役所、飲食店、家電量販店、服飾店、ショッピングモール…あるべきお店が全部ない。

ここは、劇場しか、ない街だ。

本多劇場、天王洲銀河劇場、シアターサンモール、ザ・スズナリ、シアターD、神奈川芸術劇場、サンケイホールブリーゼ…たくさんの劇場が公演中のポスターや看板を掲げている。

私はシナリオのことを考えすぎておかしくなってしまったのか。
あ、夢か。そうだ夢だ。こんな不思議なことが現実であるわけが無い。
それならばやりたい放題やってやる。舞台を片っ端から見てやる。シナリオの肥やしにしてやる。

〇ふたつめの箱

少し遠いところにシアターサンモールを見つけた。劇場の外まで列が続く。どうやら相当な人気らしい。
もぎりにチケットを渡し、半券を受け取る。前から3列目15番の席に座る。開演時間になると、ゆっくりとステージが明るくなり、二人の会話劇が始まった。
「おい、サトウカズオ31歳だな」
・・・
会場全体が揺れるほどの爆笑が続いた。またも、うちのめされた。自分にこの脚本を超えるものは作れないだろう。自尊感情は低くなくなる一方だ。しかし得るものはあった。得るものだらけだった。

「あの才能、どこからきたんだろうな」
「いいないいな天才っていいな」
「替え歌うな」
「いつも誰より練習しますもんね、あの人は」
「竹井は練習足りてないのな」
「足りてないことに必死。あえての足りてなさですから」
「マジで俺らもがんばろうな」
「久ヶ沢アニキ、まだその筋肉鍛えるつもりっすね?」
やたら胸板の厚い男と中肉中背の男がロビーの扉から出ていった。
久ヶ沢と呼ばれた男のポケットから紙切れのようなものが滑り落ちた。
慌てて拾い上げて追いかけると、そこにはもう誰もいなかった。
手に残されたのはチケットだった。
ごめんね誰かさん。遠慮せず頂きます。
その公演の名は“第17回公演『TOWER』 (2009年4月1日~6月28日)本多劇場”。

〇みっつめの箱

聞いた事がある。『TOWER』以降、ラーメンズの本公演はなかったって。つまりこれがラーメンズ最後の公演だ。しかと見届けよう。
・・・
最高、という言葉では陳腐になる。多幸感にこのまま包まれていたい。
ずっとふわふわと夢心地で客席から立てずにいたら、最後の客になってしまった。「本日の公演は終了しました…」アナウンスの繰り返しで慌てて客席から出た。

ちょっと外で休もう。
暖かくも寒くもないちょうどいい風。通りを挟んで向こう側にある劇場のポスターを夕日が赤く照らしている。“コント集団カジャラ第五回公演『無関心の旅人』”と書かれている。

〇よっつめの箱

サンケイホールブリーゼの入り口まで来て背後から突然声をかけられた。
「あ、あの、すいません!」
声の主は細身で眼鏡をかけたどこにでもいそうなおじさん。『野間口 徹』という社員証を首から下げている。
「子供が生まれそうなんで、コレもらってください!」
と言って走っていった。手にチケットを握らされたのだから仕方がない、『無関心の旅人』、見にいこう。

〇さいごの箱

数々の劇場をひとまわりした。なぜかチケットは手に入った。落ちていたり、無料だったり、貰ったり。
ラッキーの範囲超えてないか?これが小説なら都合がよすぎるだろう。

大通りから一本路地に入ると、また劇場が一つあった。ひととおりの劇場は廻ったつもりだったが。
導かれるように入り口に入る。
エントランスに黒子が立っていた。

「チケットは不要です、どうぞご覧になっていってください」
「あ、はい」
「ケータイ電話は必ず電源をお切りください。マナーモードでもダメです」
「わかりました」
「くれぐれもお喋りは禁止です。ですが笑い声は大歓迎です」
「わ、わかりました」
「最後に繰り返しになりますが、ケータイ電話はマナーモードではなく、必ず電源をお切りいただくようよろしくお願い申し上げます」
「思ってたよりしつこいな!」

扉を開ける。後方からカタカタと映写機の音がする。
席につくとすぐ聖火台に火を灯すランナーが映し出された。
次々と打ちあがる花火。ダンサーたち。ピクトグラム。
これは今年のオリンピックの開会式だ。
え、私2021年に戻ってきた?

〇ただいま

パシーンという音とともに頭に軽い振動が走った。
「寝るなら出ていきなさい!」
ハッと瞼を開くと、怖いでおなじみの安井教授、通称コワヤスが教科書を丸めて持って立っている。
あわてて上半身を起こす。授業の最中、注目の的になってしまった。
小さく「すいません」と謝る。

長っがい夢だったな。

ふとデニムのポケットが膨らんでいるのに気付いた。引っ張り出すとチケットの半券の束だった。

なんと稀有な体験だったんだろう、とホクホクとした嬉しみもあるが、寂しくもあった。
マスクもなく人が集まれて遠慮なく存分に笑い、舞台の空気を共有できる体験は、もう少ないだろうから。

〇先生はどこへ

帰ってからの私は別人のように筆が進んだ。あれだけ有名作品を見たんだ。ストーリーのヒントは頭の中にぎっしり詰まっている。一晩費やして書き上げた。

翌日、先生に出来上がったばかりの作品を見てもらいに大学へ向かった。トートバッグはいつもより軽く感じる。強い日差しにも負けないメンタルだ。

往路、辻本を見つけ、高揚感から声をかけたくなった。
「今日って小林先生いた?」
「ん?小林先生…?誰?」
「誰って、ここの教授の」
「そんな人いた?知らないなぁ、非常勤講師?」
「だって研究室に呼ばれて…え…どういうこと…小林先生はもういないの…?」
「幻が見えてるんだね、あ、違うわ元々か」
「あ…お花畑が見える…蝶々をつかまえなくちゃ…ってオイ!」
「お、通常運転」
「そういうことをやってる場合じゃないんだから!とりあえずこれ読んで」
「なんだよ急に」
「できたんだよコンクール用のシナリオ」
「じゃスタバのキャラメルマキアートのショート、おごれよな」
「なんで私がおごらなくちゃなんないの、未来の金賞を読ませてあげるっていうのに」
「はいはいわかりましたわかりました」
辻本は読み進める。数分後、
「おい、これラーメンズのパクリだろ」

2ヶ月後、もちろん落選通知が届いた。

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ズきゅ
サポート…?こんな世知辛い世に私をサポートする人なんていな…いた!ここにいた!あなたに幸あれ!!