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小説『Embrace』について

概要

 『Solitude -How He Found a New Way of Life.』の続編として、登場人物たちの「その後」を書いた小説です。
(『Solitude』→『ME and DAD』→『Embrace』の三部作となっています)

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タイトルやテーマ

タイトルについて

 Embraceは「抱擁」という意味のほかに「(積極的な)受容」「受け入れる」という文脈で使われる言葉です。そこで、カップルとしての「抱擁」、そして相手の望むような関係を「受け入れる」というダブルミーニングを意図してタイトルに選びました。

テーマ1: 男性と女性の社会的立場の違い

 「養父を恋人にしたい」という”常識外れ”な発想をするマルティナには、弟分のルカやエンリコの親友のウォルターが反対することで立ちはだかります。彼らを説得しなくては前へ進めません。
 構図的に、男性陣は反対、女性陣は消極的応援側に回ります。これは社会的な立場的に、男性は世間体を重んじるよう環境によって無意識に「教育」されてしまうこと、女性は立場的に世間から認められないという体験を感じやすいために、世間体より内面の納得感を重視しやすい点を考慮してこのような対立構図を考えました。

テーマ2: 女性の出産とキャリア問題、母性神話へのアンチテーゼ

 物語の中には、子供を持たない夫婦も登場します。
 女性は社会により結婚することを求められ、結婚すれば子供を産まねば認められず、子供を一人産めば二人目はいつ?と聞かれる(場合によっては男児を産まねば許されない)。
 一方で、子供を産めば出産によりキャリアが分断され、出産前と同様には働けない状況に葛藤する女性たちの姿も多く見られます。「女性の出産とキャリア」の問題、近年やっと女性たちが声をあげられるようになった「母親になったことを後悔している」という気持ち。「結婚、出産」が幸せならばそれでいい。でも、そうでない女性がいたっていいのではないか。
 マルティナという「元孤児」の女の子に代弁してもらうことで、私なりの考えを提示しました。

【参考】

課題

キャラクターの課題

❶ マルティナの課題

 元孤児であった彼女は「家族」に対する考え方が他とは違い、古い家父長制度や「家族はこうあるべき」という考えにとらわれずに生きてきました。そんな彼女だからこそできる発想を大事にしました。
 対するエンリコは、自分が娘として育ててきた元孤児の女の子を一生父親として見守ろうと決めている理知的な男性です。また、アセクシュアルであるために、ヘテロセクシュアルの男性に対するように「性欲」を刺激して陥落させることはできない。
 その彼の決意を、性的に誘惑する以外の方法で覆す、さらに他者の反対意見に対し説得を試みる、という難しい課題を主人公のマルティナがどう乗り越えるかということに注力しました。

❷ エンリコの課題

 彼は実は孤独が苦手な性格です。しかし、今作では一度は手に入れたと思った賑やかな生活を手放すことになる。そこでまず、自分の「孤独に耐えられない」特性を認めること、さらに、諦めに似た「平穏な孤独の受け入れ」が自身の本来の望みでないことに気づけるかが課題となります。
 彼自身は常に親、世間などが望む姿を演じることで自己を偽ってきました。マルティナとの関係性において、その殻を破れるかという点が課題となります。

自身への課題

 前作は自分の好きな翻訳児童文学に倣って、神の視点で書きました。それが日本ではあまり受け入れられにくい、読者が感情移入しにくい書き方だという指摘を受けたため、今作では、①三人称一視点で書くこと ②会話文を増やし、読者の共感を得られるよう工夫すること 以上の2点を意識しました。
 もう一つの問題は、『Solitude』はかなり説明的な文章が多かったこと。「ロマンティック・アセクシュアル」をまず理解してもらうため、また、自分が論文しか長文を書いたことがなかったことから、論文の「反論に備えてできる限りの情報を出しておく」やり方をしてしまい、小説としては説明過多だったので、それを反省点としました。説明的な地の文ではなく、キャラクターの会話や行動から察してもらえるにはどう書いたらいいかを考えました。

組版ソフトの導入

 処女作『Solitude』については、全く未経験の状態でパッションだけで「文芸同人誌」を作ったせいで、iPad のpagesでPDFを書き出してそのまま入稿するという暴挙に出ておりました。勢いだけで作った同人誌は文末の揃えがガタガタという、何度見てもモヤモヤする出来だったのですが、当時はどれだけ調べても解決できず(pagesではどう頑張っても無理という結論しか見つからず)途方に暮れて言いたところ、LaTeXの存在を教えていただき(本当にありがたかったです!感謝!)、未知の領域ですがLaTeXを使って初めて小説を書いてみました。
 縦書き小説用のパッケージはすでに親切な方が作ってくださっているという恵まれた環境でしたが、自身のこだわりでどうしてもペーパーバック風の横書き小説にしたく、四苦八苦しながら横書き本文を作成しました。

まとめ

『Solitude』では、まず「ロマンティック・アセクシュアル」という存在を知ってもらうこと、個々人の多様なあり方に対し、無理な“理解“よりも距離を置いた“許容“について提示したいという想いがありました。

『Embrace』では、そこから一歩進み、「ロマンティック・アセクシュアルの恋愛とは?」(具体的にエンリコはどんな関係を望んでいたか)というところに視点を置き、『Solitude』では果たせなかった「彼の望む恋愛関係」を成就させること、彼が「受容」し、彼が「受容」されることで、物語全体を完結させたいと考えました。

「独り」で生きるありかたを理解し、そして一人ではできない「恋愛」では、自分ひとりの心を満たすだけでなく、相手のありかたを積極的に受け入れていくことで、セクシュアリティが違っても共に生きていいけるのではないか。互いが無理や我慢や遠慮で疲弊するのではなく、前向きな歩み寄りによって「ちょっとずつ譲り合いながら、程よく取り入れ合って、ちょうどいい関係」が築いていけたらいいのではないか。
 私の稚拙な文章でどこまで伝わるかは分かりませんが、そんなようなことが、なんとなくでも心に残ってくれたらいいなと思っています。