障害者アートにふれた話
私ごときが恐れ多いことだが、仕事でまれに取材をさせていただく機会がある。
その当時は、「ヘラルボニー」という障害者アートを取り扱っている会社へお話を聞きにうかがった。
岩手県盛岡市にアトリエ兼事務所があり、アトリエには障害者アーティストが描いた絵が、無機質なコンクリートの壁面を鮮やかに彩っていた。
私自身、学生時代に美術が好きだった程度でアートに関してなんの知識も持ち合わせていなのだが、
それは私の心をぐっと掴んだ。
アーティストたちの表現が直接的で、忖度なし。
私は学生時代、美術とか工作が大好きだったけど、
やっぱり親や先生、他人の評価を気にして何かを表現していた。
なんなら、暗黙の正解も存在したもんだ。
いつだって、評価の基準は「色がきれいににぬれているか」とか「いかに似せて書いているか」で
自分がしたい表現は、なんだか見て見ぬふりをして蓋をしてしまっていた。
ヘラルボニーのアーティストたちの絵はどれもまっすぐで
心のど真ん中から湧き上がる何かを表現していて
めちゃくちゃかっこよかった。
自分が他人の評価を気にして、何かを創ってきたのが
恥ずかしかった。
どこかで読んだのだが、「障害」って社会が作ったものだそうだ。
自分はたまたまこの現代社会の「障害者」っていうカテゴリーに分類されなかっただけで
時代や社会が変われば私も障害者だろう。
長年培ってきてしまった「他人からの評価」を気にしないように
私なりの表現ができるように、ちょっとずつリハビリをしていこうと思う。