消費増税と派遣社員増加と仕入れ税額控除の闇(稲村公房先生)
稲村 公望(いなむら こうぼう、1948年12月10日 - )は総務官僚。総務省政策統括官、郵政事業庁次長、日本郵政公社常務理事、日本郵便副会長を歴任。鹿児島県大島郡天城町(徳之島、出生時は琉球列島米国民政府占領下)出身。
●消費税の納税義務者は、実は、商品 やサービスを買った消費者ではない。 例えば、スーパーで野菜を買うと、そのスーパーを経営する会社が、お客から消費税率相当分を徴収して、後に税務署に支払うことになる。売上高に消費税率を乗じた金額をまるごと税務署 に払うかと思うとそうではなく、仕入 れの為に支払った消費税額を差し引い た金額を払うことになる。 「仕入れ税 額控除」の制度である。ところが、課 税仕入れの定義の中には、 「給与等を 対価とする役務の提供」を除いている 為に、派遣労働者を受け入れて、つま り給料を支払う正規社員を少なくすれ ば、仕入れ税額の対象を増額すること になり、合法的に節税することができ る。
経費に給与という人件費がかさむ 業種において、ダミーの派遣会社まで 設立して、税金逃れをすることが流行 ったが、これが原因だった。正規雇用 をできるだけ減らし、派遣や請負か、 外注する形にすれば、消費税の大幅な 節税ができる仕組みになっているのだ。 消費税法には資本金が一〇〇〇万円に 満たない会社は、設立後二年間は売り 上げの如何にかかわらず、納税を免除 される規定があるので、人材派遣の子 会社を二年ごとに設立・閉鎖して繰り返せば、大幅な人件費分に対応する節 税が可能とされ、風俗店やソフト開発 会社や、ビルメンテナンス会社などに 止まらず、ほとんどの大企業が、企業 グループをあげて人材派遣会社を設立 した。大企業の多くで、社員の大半が 出向社員になり、一〇〇%出資の派遣 会社を設立した。親会社だけへの派遣 は「もっぱら派遣」として禁止されて いるが、 「親会社への派遣や事務受託 が中心」と称して、消費税を「節税」 する動きが蔓延した。
●非正規雇用とりわけ人材派遣という 労働形態は平成七年に発表された日経連の報告書『新時代の 「 日本的経営 」 』 が、終身雇用と年功序列を基調とする 雇用を再検討し、幹部候補生、スペシャリスト集団、 「雇用柔軟型」の非正規労働者という三つに区分することを 提案、その後の労働政策の指針となっ た。
平成一五年には製造業でも派遣労 働が解禁され、以来派遣労働で制約さ れる業種がなくなり、規制のない自由 労働市場となった。このように、非正 規雇用は人件費を固定費から変動費に 変えてコストを圧縮する経営手法で、 使用者側の意向を受けて、国の政策に まで採用されるに至ったのであるが、 消費税はもともと、この非正規労働という、労働市場の規制緩和を後押しす る制度設計の謀略の一環だったのだ。
「企業が正社員を派遣社員に切り替え るのは人件費削減が最大の理由だが、 納める消費税も少なくてすむからだ」 「課税対象となる売り上げや従業員数 が同じなら、正社員だけの場合より派 遣社員がいる方が控除額が増える。派遣社員の報酬全体の消費税率分だけ、 消費税納付額が減ることになる」 土木・建設業で、一人親方が急激に ひとりおやかた 増加したが、大工や左官、鳶、土工、 電気工事士、石工、建具師、その他あ りとあらゆる専門の技能を持つ従業員 を、個人事業主として独立させ、請負 契約にして外注化する形にしたのであ る。人件費を小さくする、つまり、親 方に直接支払うカネを少なくするばか りではなく、請負契約にして労災保険 や交通費の出費をなくす方策である。 単純労働は、派遣会社の非正規社員にし、職人の世界は、請負契約の一人親 方だらけにしたのだ。
●沖縄の宜野湾の観光ホテルのプール際で、ある青年から直に聴いた話だ。 高校を卒業して、ヤマトゥの埼玉に 出稼ぎに行って左官工になった。親方一歩手前になるまでに技量が上がった ので、しかも世帯ももって子供もできたので、故郷の那覇に戻って親孝行を しながら腕を磨こうと考えた。ところ が、沖縄の場合は、親方と言っても技能の優劣ではなく、仕事の手配師をすることが親方の仕事で、親方の仕事ぶりよりも腕のいい自分の仕事からピンハネしているらしいことがわかった、 雨が降って仕事もしていないのに、したように報告してカネを取っていることも許しがたい、親方の観念が違った、 左官専門の職人としての腕も上がらな いから、故郷にさよならして、また自分を磨くためにも、関東の埼玉に戻ろうと考えている。 その青年はきっと、立派な親方になったに違いないが、プール際の話から 十数年の歳月が流れた。埼玉の小さな土建屋の社長となってコストカットと 消費税に悩まされ、腕のいい弟子を辞 めさせ、熟練度の低いままで一人親方 に追いやらざるを得ない状況に追い込 まれている可能性は極めて高い。
●消費税のせいで、従業員をむりやり 一人親方に為ざるを得ない状況に追い 込み、つまり、ただ労働力が安くなる だけの仕組みになっていることが問題 なのである。消費税は土木・建設業の 優秀な職人を破滅させている。職人と いう技能優先の文化を破壊して、ピンハネ優先の拝金親方の粗製乱造をして いるのだ。例えば医療保険なども職人 の世界にはかなり遅れて適用されたの であるが、せっかく国民皆保険制度に 組み込んだのに、また元の木阿弥に戻 る可能性すら出ている。一人親方だったら、保証人なしに都会のマンション ひとつ借りることすら難しくなった。 市販の追加の医療保険、労働災害保険 などの保険料を払える余裕があるはず もない。
●売上高が一千万円を上回る事業者が 消費税を納入する義務者となるが、一 つの商品やサービスが、消費者の手に 渡るまでに経由する事業者の数が複数 になれば、消費税が二重取り、三重取 りにならないように「仕入れ税額控 除」の仕組みが導入されている。とこ ろが、仕入れ税額控除をまともに受け ようとすれば、帳簿や請求書の類いを 保存整理しておかなければならず、と にかく事務負担が過大である。消費税 が創設されたときには、事務負担の過 大の不満を抑える仕組みとして、売上 高が五億円の事業者に対して、 「見なし仕入れ税率」で消費税の納税額を計 算しても良いとする「簡易課税制度」 が導入された。今では五億円の上限が 五千万円に引き下げられているが、前 述した土木 ・ 建設業者の場合には、五 千万を超えると、直ちに事務が煩瑣と なる。専門の事務員を置くことなど不 可能に近いから、零細土木・建設業者 いじめと言っても的外れではない。し かも、税務当局の恣意的な運用があり、 それに、裁判所が追認するという理不尽も指摘されている。
例えば、領収書 や請求書に求められる五つの記載事項があるとの判例があり、①領収書の作 成者の氏名、②年月日、③対象物等、 ④金額、⑤宛名 ( 上様では駄目)との ことであるが、タクシーの領収書など は、③と⑤がないことの方が通常であ るが、裁判所と国税当局は、厳格な解 釈を採用している。納税義務者が仕入 れ税額控除を受ける為の、帳簿や資料 等の「保存」という言葉の定義につい て、裁判所は「所持・保管」しておく ことだとしているが、国税庁は、税務 調査の際に提示されなければ「保存」 にあたらないから、認めないという主 張を行ない、どちらの側も、零細事業 者の事務の煩瑣に共感する「情け」は 感じられない。裁判所を含めた日本の 官僚機構が民のかまどの煙の具合に関 心を失って、国民と深い乖離を示して いる実例である。消費税は、輸出比率 の高い大企業に有利に働いているばか りか、輸出指向の大企業は、消費税に よって、不労所得を得ているとも断定 できる。
理屈では、消費税は、国内で の取引に課税されるものだから、輸入 貨物を課税対象とするが、輸出につい ては輸出先の国で課税されるので、免 税とすることが国際慣行であるとするが、実際には、輸出大企業は価格支配力があるから、輸出戻し税によって、 巨額の還付を受けることになるとする見方がある。還付金額は税率が大きくなればなるほど、還付金額が大きくなるので、輸出を主力とする日本の大企業は消費税様々になることは言うまで もないとする説があり、輸出戻し税に ついては、その当否について激しい意 見の対立がある。筆者は、残念ながら、 その議論の実態と真贋を見抜く知見に 不足しているのでここでの深入りは避けたいが、ヨーロッパでは輸出促進の 補助金として消費税を導入した。
●日本の消費税がモデルにしたのは、 ヨーロッパの付加価値税制で、一九五 四年にフランスで生まれ、ヨーロッパ 経済共同体を実現するために積極的に 導入された。米国が主導したガット協定が輸出企業に補助金を交付すること を厳しく制限しているので、その対抗 策として考え出された。間接税の還付 であると主張して、原材料輸入業者に 税額を証明する請求書 ( インボイス) を発行する制度としている。さらに、フランスは脱税天国ともされ、所得税 や法人税は徴税当局の徴収努力をあざ 笑うかのように脱税が日常茶飯に行なわれていたから、無難な方法として間接税が導入されたとするが、フランス の知恵は、付加価値税の逆進性という 欠陥を正面から把握して、 「所得税と 同じように累進制を維持して」おり、 贅沢品には高率の税をかけ、食料品や 生活必需品は無税または定率の税にし ている。だから税率は一律ではなく、 税率一覧表が必要となる。日本の消費税の税率はヨーロッパの税率と比べて、 低い水準にあるとする意見があるが、 完全に誤った見方であると先号に書い た。米国連邦政府に消費税がないのも、 興味深い。その理由は、①物価上昇が あり、②行政上のコストが大きい、③ 州の財源を侵食する、等の理由が指摘 されている。日本では、給与所得者の 源泉徴収制度が真珠湾攻撃の前年に導 入された、言わば戦時下という非常時 の税制改正だったのだ。徴税要員の不足を理由に、年末調整を給与を支払う 企業の負担で行なう制度が、戦後に給料の源泉徴収と合わさって今に至っている。サラリーマン税制一つとっても、 日本では行政コストがかからない仕組 みになっている。日本人サラリーマン は羊のようにおとなしいから、超低コストで徴税がうまくいっているのだ。 一方、租税回避地への税金逃れを見逃 タ ッ ク ス ヘ イ ブ ン しているとの観察にも異論はない。
●細川政権の時、「国民福祉税」騒動 があった。一九九四年二月三日未明、 細川首相が所得税六兆円の減税を先行、 「三パーセントの消費税を三年後に廃 止する」代わりに税率七パーセントの 大型間接税「国民福祉税」を創設する 構想を発表した。翌日白紙に戻され、 二ヶ月後政権が潰え、その後の政権で消費税率が上がることが決まる。法人税減税の財源を消費税に恆久固定化するため、 「消費税廃止」を 葬り去る謀略だったか!