ケーキがギュッとしてたこと (前編)
横になり眼を閉じると、口の中の微かな甘みに気づく。ギュっとしたケーキの滓が奥歯に挟まっていてまだ取れていない。歯を磨いて寝よう。明日も休みだからゆっくりと朝まで寝て、二日酔いを治そう。
金曜日、仕事も早く終わり岐阜駅へ向かう。事故か何かで遅延があったらしく、JRのホームはすごく混んでいた。やってきた電車に、何とか僕まで入れたと思ったら、すぐ後ろにいた若いサラリーマンが4人か5人、乗れそうだと言いだしてぐぐぐと入ってきて僕の近くに居た小さいおばあさんが悲鳴をあげた。くそう。やつらに罰が当たりますように。
ぎゅうぎゅうになってしまっても電車はお構いなく進む。車内で読もうと思っていた週刊プロレスは開ける由もなく、つり革を掴み、目を瞑ってじっと耐える。
尾張一宮で僕らの側のドアが開く。若いサラリーマンの一団と一緒に一旦外へ出る。戻れるかどうか、わからない。最悪の場合はここで次の電車を待とう。次のにも乗れなかったらその次のでいい。そんな風に思って、もう一度戻る足を出したり引っ込めたりしていたら、若いサラリーマンたちの1人が僕を抱えて押し込んでくれた。神様、この男だけは見逃してやってください。
岐阜駅に着くと雨が降っていた。志田野さんから、南口に居ると連絡があったので、金津園の方ですねと返事をしたら、そうだけどさぁ、という感じになった。
志田野さんの車を見つけて乗り込む。荷物が多い。荷物多いでしょと言われて、やっぱり多いですよねと言うと、昔の週刊プロレスの切り抜きやらハヤブサのマスクやらタイガーマスクのマスクやら、色々持ってきたと言う。これは期待できるぞと思う。
都ホテルの周りには夜の町がない。ないので途中でセブン・イレブンに寄る。晩ごはんになるものとおつまみになるものと、梅酒をひとパック、眞露を一本、レモンサワー用のジュースなどを買い込む。けっこうなまた荷物になり、レジのお姉さんに、袋を二重にしてもらう。二枚目を被せるのに手こずっていたので、やりましょうか?と言うと、曖昧な笑顔で流された。良かれと思っただけなのに。
車中で新年のあいさつをして少し笑う。もう3月も半ばだ。雨もそれなりに、冷たくない。
都ホテルに着いてチェックインする。志田野さんが無料券が余ったからと言っていた、その券を出す。ラウンジでコーヒーなどを飲める券もあるから明る朝はお茶しようということになった。
都ホテルには、初めて入った。大変、立派で大きい。広いロビーには池が造ってあって、中に鵜の像がいくつもある。銀色の鵜はどれも堂々としている。大きな壁には鯉のぼりが貼ってあって、色が鮮やかで、巨大だ。これを外に揚げるなら、かなりの高さの竿が要るだろう。鯉のぼり、少し早くないかなという話になって、たぶんお雛様終わったら鯉のぼりなんでしょうねとか言いながら部屋に一旦入る。荷物が多いので食べ物とお酒を取りにまた戻る。
戻ってきて、机に宴会の準備をして、パソコンをセッティングする。さあ、と思ったら氷がないのでフロントに電話をしたら、ロビーで売っているので買いに来てくださいと言われ、僕が買いに行く。
オートロックなので、ドアチェーンをドアに挟んで出ていけばいいよと言われて、そうだなと思って、でも間違えてカードキーを抜いて持っていってしまったので後ろから志田野さんに、暗い暗い!と言われて慌てて戻しに行く。また外へ出ると長い廊下を小さな子どもが嬉しそうに走っており、それとだいたい同じぐらいぐらいの早さで歩いて突き当たりのエレベーターに着いた。
お土産物コーナーで聞くと、氷はフロントの横のカウンターですと言われた。そっちまで行って氷をそう言うと、一個100円だと言われる。一個?と聞き返すと、現物を持ってこられ、それはちゃんとしたカップに何個も入ったやつだったのでそれを一つ買う。アイフォンの充電器は借りれるかと聞いたら、あると言うので借りた。志田野さんも要るかなと思い志田野さんに、アイフォンの充電器借りれますよ!とメールする。返事を待つと鈍臭いなと思い、もう一つ借りに戻る。結局、だいぶ時間がかかった。
部屋に戻ると、志田野さんにより完ぺきな準備が成されていた。二人掛けのソファーと椅子が2つ、机を挟んで向かい合わせに置かれ、正面のベッドには丁度いい高さにパソコンが乗っていた。これからこのパソコンで、つい先日亡くなったハヤブサ選手を中心に、プロレスの歴史を追いかけるのだ。志田野さんはタイガーの、僕はハヤブサのマスクを被り乾杯する。ハヤブサのマスクは口元がメッシュになっているので脱ぐ。さあ始めよう。夜が、いよいよ始まる。
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