雑司が谷散人の街道遊歩 0719
暗越奈良街道 1日目-02 2019.3.20
安堂寺町から南へ直進する熊野街道は、階段坂となって長堀通へ下るが、そこに槐の大木と榎木大明神の赤い祠がある。
古くから熊野街道や伊勢へ通じた暗越奈良街道の目印となっていた槐の大木は、樹齢約650年といわれ、土地神として白蛇大明神の祠を建てて樹を守ってきたという。
熊野街道の道筋を離れ、長堀通の北側を並行して東へ向かう暗越奈良街道旧道。
ビルやマンションの並ぶ街並みの中に、古い商家もぽつぽつと。
3階建ての商家は、大阪では珍しい蕎麦専門店。
暗越奈良街道旧道は、谷町筋を過ぎると上町筋へ。
近くには全国でここだけという、アルファベットの住居表示、上町ABCがある。
平成元年の旧南区と旧東区の統合で中央区となった際、両区の上町のうち統合で2丁目となるのを嫌った旧南区上町が反発し、ABCで決着を見たという。
熊野街道の道筋を離れて以来、暗越奈良街道旧道は上町筋まで東西に長い安堂寺町を通過するが、近くに安堂寺という寺があるわけではない。
『日本書紀』にある「安曇寺」が転訛した地名というが、定かではないようだ。
上町筋を過ぎると、暗越奈良街道旧道は鉤の手に曲がった後に、玉造稲荷神社分社の裏手に出る。
ここに先程の鉤の手の角にあったという道標が保存され、「左 なら伊勢」などの文字が見える。