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SNSとのちょうどいい距離とは

Xについて先日記事を書いたとき、おすすめ記事というのが出てきてそのほとんどが「Xをやめてよかったこと」というものだった。実際ポジティブでなるほどと思えて、自分の時間を大切にするための説が多かった。

わたし自身はXのアカウントを作る→消す→ジャンルを変えてまた作る→消すを2回繰り返し、今あるXは別に消さなくてもいいかなと思っている。Xのちょうどいい使い方がわかってきたからだ。

最初に消したのは、その時活動していたジャンルの興味が薄れてきたというか、当時仲良くしていた友達と自分の興味が変わってきたから。わたしは二次創作で漫画を描く方が好きだったが、友達はコスプレの方にハマってきた。またあるゲームは好きでハマって友達ができたが、友達はゲームそのものはそれほどやりこんでおらず、声優とかドラマ的なものに興味があり、その話ばかりになって合わせるのが面倒になったとかそんな感じ。もちろんどちらが悪いというものではないけど、同じものが好きでも好きのポイントがズレるのは仕方がないとしか。

その次に消した理由は交友関係が広くなりすぎて面倒に感じ始めた関係。あるジャンルでAさんとBさんと仲良くなった。その2人はとても面白い人たちで会話にもお互いの記事や作品にも夢中になった。しかし人が増えて、CさんやDさんやEさん(+Zさんまでの数十人↑)もこちらに好意的になってくれた。嬉しかったが人数は増えすぎると交流にそれだけ時間がかかるようになる。そしてAさんやBさんに対するようにコメントやいいねなどで反応することが当たり前のようになり、そのお返し関係が面倒になった。人が増えるとどうしてもこういうことが起こる気がする。AさんとBさんとしか自分は仲良くしない、という態度を貫くというのも冷たいというかAさんやBさんにまで迷惑をかける可能性があったりとまあ、夏目漱石はSNSのことを予言していたような草枕の一文があったなあ。智に働けば角が立つ。情に棹されば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくにSNSの世は住みにくい。

そうしてきて今行き着いたSNSはフォローとフォロワーが200前後の小さなアカウント。コツは閲覧専用に使うことと、あまり発言しないこと。数ヶ月に一度くらいしか使っていない。反応があってもなくてもどうでもいいようなことを書き、面白いと思う人2−3人に声をかける。自分がたくさん発言したり作品をUPしたりすると、その作品に反応してくれた人と特に仲良くしたくなるし、そうなるとAさんBさんCさんDさんEさん(+Zさんまでの数十人↑)現象のようなことになる。作品は何かのプロになってから、あらかじめ反応しなくても気まずくない格を身につけてからUPした方がいいかなと思っている。

先日あるアプリでも似たようなことが起き始めたので交流を制限した。何かを義務に感じると、いずれそれを「やめなければ」と思うようになり、楽しむために始めた趣味が億劫になってしまう。もう少し上手くやる方法もあるかもしれないけど、現時点は「深入りしない」が最善という気がしている。ハンターハンターでいうところの「答えは沈黙」というところだろうか。究極は一切やらないことかもしれない。

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