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ありがとう‟サイカ“         ~シロサイ‟サイカ”の一生~

 2021年6月18日(金)、当園のシロサイのメス‟サイカ“が老衰で亡くなりました。46歳でした。1991年のアフリカ園オープン時に来園し、それから実に29年間の長きにわたり、来園者の皆様に迫力ある姿を楽しんでもらうと共に、その優しく人懐っこい性格で、ふれあい体験のイベントも数多く実施し、多くの方にたくさんの想い出を残してくれました。
 また2020年2月には‟サイカ”が国内最高齢個体となっていました。シロサイの寿命は45年程であるため、いつお別れの時がきてもおかしくないと覚悟はしていたものの、当園の歴史そのものともいえるあまりにも大きな存在を失った悲しみは、今となっても中々癒えることがありません。

サイスケとサイカ

サイスケとサイカ (3)

サイスケとサイカ (2)

※オスの“サイスケ”とメスの“サイカ”

サイカ長寿表彰 (2)

※2020年のご長寿表彰式

 ‟サイカ“はアフリカで産まれ、親を失ったシロサイの保護施設で育った後、山口県の秋吉台自然動物公園サファリランドにて飼育され、17歳の時に盛岡にやって来ました。その前年に飼育を開始したオスの‟サイスケ”と共にペアで展示し、とても仲の良い2頭でしたが残念ながら繁殖はできぬまま、2002年に‟サイスケ“が先立ってしまいました。新しいオスの補充が困難なため、以降‟サイカ”は1頭にて過ごしてきましたが、ほとんど病気や怪我も無く、当園の飼育動物の中でも指折りの、健康で丈夫な個体でした。

青草をほおばるサイカ

病気知らずだったサイカ

サイカ氷2

※病気知らずのころのサイカ

 そんな‟サイカ“の身体に少しずつ異変が出始めたのは2010年くらいからで、皮膚潰瘍や皮膚の乾燥などが見られるようになりました。しかしこの頃は症状も軽度なもので、消毒やビタミン剤の投与などをすることですぐに回復しました。しかし2018年には蹄(ひづめ)に深いひび割れができ、翌年はそこから細菌感染を起こして立つことがままならない状態となりました。
 大人しい性格とはいえ、危険な動物であるため、これまでは事故防止のため‟サイカ”と同じ空間に入ることはしていませんでしたが、度々傷を負うようになったこともあり、この数年前から徐々に馴致を進め、柵越しだけではなく、より手厚いケアをすることが出来るようになっていました。おかげで蹄の悪くなった部分を全て削蹄によって削り出し、完治することが出来ました。また、2020年には左腿に皮膚潰瘍ができ、治療の効果が見られなかったため、部分麻酔による傷の処置も実施しました。処置後は順調に回復し、間もなく完治させることが出来ました。

2020年の治療の様子

サイカ採血2

サイカの治療の様子

※“サイカ”の治療の様子

 しかし、この傷が治るのとほぼ入れ替わるように、今度は反対側の右腿に全く同じような潰瘍ができ始めました。まだ傷が小さなうちからケアを始め、更に室内に厚さ4㎝のウシ用のゴムマットを室内一面に敷いて、横になった際の圧力軽減を試みました。しかし左腿の場合と違い、‟サイカ”はいつも必ず右側を下にして寝るため、特注のマットでも傷の回復には効果が得られませんでした。
 ここから獣医と飼育スタッフの長い試行錯誤が始まりました。傷口の洗浄剤、消毒薬、軟膏などは何種類のものを使ったのかすぐには思い出せないほどです。また傷口の保護にと、医療用フィルム、包帯、自作のサポーター、医療用パテや果ては入れ歯緩衝材など思いつく限りの物を試しましたが、太腿の形状と動きの複雑さ、そして立ち上がる際に最も力がかかる場所であるため、残念ながら全て数分か、もって数時間で取れてしまいました。

 その後、傷の化膿を抑えるために与えた抗生剤、そして傷口が汚れないようにと外での運動時間を減らしたことなどをきっかけに、2020年11月には疝痛(腹痛)を起こしてしまいました。下痢から始まった症状でしたが、その数日後には食欲が失われ、立ち上がることができなくなってしまったのです。獣医、飼育スタッフ共に正直もうだめかと思うほど症状が重かったのですが、諦めずに点滴治療を続けた結果、1週間ほどで見事に回復してくれました。この‟サイカ“の生命力の強さと頑張りに、スタッフは皆心から感動と畏敬の念を抱きました。そして、国内最高齢と言われながらもまだまだ長生きしてくれるものと期待し、また一層のケアに励んでいこうと思いました。

温浴中のサイカ

※温浴をする”サイカ“

テーピングをまいて過ごすサイカ

※包帯を巻いて過ごす様子

 しかし右腿の傷口はその後も拡大し、更に踵(かかと)、前肢や尾、腹部などにも少しずつ傷が増えていきました。皮膚自体が若い頃と違って大変もろく、そして一旦傷がつくと中々治らない状況でした。また筋力も目に見えて低下し、歩く速度は低下、方向転換もぎこちなく、立ち上がる際もかなりしんどい様子で、よろめくことが増えていきました。
 冬にはカラスに傷口をつつかれ、うまく振り払えずに転んでしまい、良くなっていた傷が再度悪化してしまったこともありました。‟サイカ”自身も調子が悪いにもかかわらず池に入ったり、運動場の堀に降りたりと、まるで自分の力を推し量るように色々な場所に行っていたのですが、その都度転んだり、つまづいたりすることにすっかり気落ちし、今年の春頃には、外に出ても食事が終わるとすぐにひたすら寝てしまうという様子でした。そのため傷口の悪化が進行しないよう、ただし運動不足で疝痛にならないよう、最近は様子を見ながら短時間だけ運動場に出す日々が続いていました。

遊ぶサイカ (2)

※運動のために入れた木を転がして遊ぶ”サイカ“

 こうした日々を送る中、今年6月には朝の治療後に座込み、その後中々立ち上がれないことが数度ありました。また食欲はあるものの軟便も見られ、担当者も獣医もこれまでとは違った異変を‟サイカ”に感じました。そして注意深く経過を観察しながら治療を進めていましたが、同月16日についに立ち上がることができなくなりました。前脚を上げて何度も立ち上がろうと踏ん張るのですが、下半身が上がらない状況で、その日からすぐに点滴治療を開始しました。
 点滴は1日25ℓ程を耳の静脈から入れ続けましたが、その間も‟サイカ”は何度も立ち上がろうと頑張っていました。その姿に私たちは胸を打たれ、「頑張れサイカ!」と祈る思いでした。願いが通じたのかその日の15時頃、それまで何度も失敗していたのが嘘のように立ち上がり、すぐにむしゃむしゃと食事を始めた‟サイカ”を目にして、驚きと感動で涙が出る思いでした。しかしその2時間後、寝室を移動する際に崩れるようにまた座込んでしまい、翌日も点滴治療を続けましたが、この後‟サイカ”の立っている姿を見ることは出来ませんでした。

 死亡が確認されたのは6月18日(金)の朝7時半でした。血液検査から得られた数値をもとに、「今日から新しい薬を試せばきっと良くなる」と信じていましたが、残念ながらその前に‟サイカ”は力尽きてしまいました。前日の夜9時くらいには変わった様子はなく、また死亡確認時はまだ身体も暖かく、亡くなって間もないようでした。もしかすると私(担当者)がいつも様子を見に来る時間まで、頑張って待っていてくれたのかもしれません。
 ここのところ治療ばかりでなかなか‟サイカ”の大好きなブラッシングをしてあげられなかったので、最後のブラッシングを念入りにしました。身体じゅうをさすりながら、寂しい気持ち、泣きたい気持ちというより、「ありがとう」と「お疲れ様」という気持ちで一杯でした。そして、果たして自分がこの年齢に達し、このような状況に置かれた時、生に執着するというのではなく、この‟サイカ”のようにただひたすらに生きることに前向きに頑張ることが出来るだろうかと、その強さに頭が下がりました。これまでの長い飼育人生で様々な動物と関わってきましたが、私にとってこれほどその生き様に感銘を受けた動物は初めてでした。

 長らく‟サイカ”を中心とした生活を送ってきたため、何やら気の抜けた毎日となりました。また、もういなくなってしまったという事を忘れ、サイ舎の近くを通った際に「無事かな?」と運動場をのぞき込んでしまったり、雨が嫌いだった‟サイカ”なので、急な雨が降り出すと「あ、しまわなきゃ」などと思わず頭に浮かんでしまい、改めてその存在の大きさ、そしてかけがえのない命が失われた事を寂しく思う日々です。‟サイカ”のこの度の訃報に際して、たくさんの方からお花やお供え、また暖かいお言葉を頂戴しました。私達職員と同じく、本当に多くの方々が‟サイカ”を愛してくれていたこと、そしてその全ての人の心の中に‟サイカ”はたくさんの想い出を残してくれたのだと思います。もう会うことは叶いませんが、懸命に生きた姿をいつまでも忘れないでいただければ、‟サイカ”もきっと喜ぶと思います。

 ‟サイカ”の骨格はすべて東京大学総合研究博物館に譲渡しました。シロサイの貴重な全身骨格標本として永久に保存し、学術利用していただくことになります。これからもサイの保護や研究に貢献出来ることは、‟サイカ”にとってこの上ない名誉なことと思います。私も完成後にはきっと会いに行こうと思っています。でも、当の‟サイカ”の魂は、すでに雲の上で仲良しの‟サイスケ”のもとにいることでしょうけれどね。

 最後になりますが、これまで‟サイカ”のために、扇風機やミストクーラー、洗浄用のポリタンクやシャワー、様々な医療器具や治療薬など、本当にたくさんの方々からご支援をいただきました。また、暖かい応援のお言葉も多く寄せていただき、‟サイカ”も我々スタッフも大変勇気づけられました。この場をお借りして、心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。

昼寝をするサイカ

~さようなら‟サイカ”。今まで本当にありがとう!そしてお疲れ様でした。ゆっくり昼寝を楽しんでね!~

シロサイ担当 丸山