ライオン・キング
“キング”は2008年3月に秋田市大森山動物園から来園しました。2歳になったばかりの“キング”はたてがみも少ししか生えておらず、あまりにも弱々しい印象だったのを覚えています。しかし、名前を公募したところ、当時いたメスの“クィーン”の影響か“キング”という立派な名前を付けていただきました。私が担当になった2016年には10歳の立派なオスになっていて、まさに百獣の王のキングでした。
見た目は堂々となった“キング”ですが性格はとてものんびりした穏やかなもので来園者にも人気がありました。給餌体験ではいつも長い列ができ、多くの参加者に生で見るライオンの迫力、驚き、感動を与えてくれました。
また、野生のライオンの現状や特徴、魅力を伝えるのに大きな役割を務めてくれました。
※来園して間もないキング(2歳)
“キング”は大きな病気にもならず、平和に暮らしていましたが、2017年6月に伸びた爪が肉球に刺さっているとの報告を受け、麻酔下で処置をしました。私も初めてのライオンの麻酔だったのでかなり緊張しました。幸いにも爪の処置と肉球の治療だけで済み、その後は順調に回復しました。
※麻酔下での治療の様子
しかし、2018年11月に突然、採餌不良に陥りました。次の日には両後肢の脱力が始まり、さらに翌日には腰、両後肢が麻痺状態となり寝たきりになってしまいました。原因究明のために手を尽くしましたが、原因を突き止めることは出来ませんでした。
手探り状態の中治療が始まりましたが、この時期はアフリカゾウの“たろう”が亡くなってすぐのタイミングだったため、深い失意の中での作業でした。一時は最悪のケースも覚悟しましたが、徐々に餌を食べるようになり、ふらつきながらも四肢で立ち上がったのは倒れてから2週間後でした。目に見えて回復していく様子を見ていた私は、奇跡を目の当たりにしていると感じていました。
運動場に出せるようになるまでに1ヵ月半、薬を止めるまでに3ヵ月かかりました。両後肢にややふらつきは残るものの、よくここまで回復してくれたと感動しました。(当時は判らなかった原因が、死後に行ったCTスキャンで頸椎の椎間板ヘルニアが原因だった事が示唆されました。)
※回復後のキング
麻痺からの回復後はのんびり過ごしてもらうために、運動場を園路側から奥の運動場に変更しました。来園者からは遠くなってしまいましたが、代わりにメスの“プリンセス”が来園者の近くで遊んでいる姿を見せて来園者を楽しませてくれました。
※石で遊ぶプリンセス
※15歳の誕生日に寄付していただいたブイとキング
その後、元気に過ごしていた“キング”ですが、2021年に15歳になり高齢に差し掛かってきたこともあり、トレーニングに取り組むことにしました。
まずは、麻酔下でワクチン接種と健康診断の予定があったため、体重計で体重をはかる練習です。これは適正な麻酔量を決め、“キング”と飼育員が共に安全に麻酔を行うため、大変重要になります。
最初は空き部屋に体重計の上に置くのと同じ板を敷いただけの状態で、板の上で餌を食べさせます。この時、板の匂いが部屋になじむように1週間くらい部屋に置いておきました。この課題をあっさりクリアしたので、実際の体重計と同じ高さになるように板の下に木を敷き慣れさせます。これもあっさりクリアしたので、いよいよ本番です。
練習では1度もトラブルはありませんでしたが、いざ本番となると体重計を壊されないかと心配でした。実際やってみると拍子抜けするほどあっさり終わり、ホッとしました。
※体重測定の様子
ただ、その時の体重が171.5㎏、2017年は185㎏と13.5㎏も痩せていた事が気になりました。7月にワクチン接種と健康診断を行いましたが、腎機能の低下や腹部の腫瘤など、いくつかの異常が見つかり、それを受け、飼育と獣医のチームで今後の治療方針、トレーニングの課題、現状の共有をしました。
しかし、9月下旬から食欲が不安定になり始めました。SNSで“キング”の状態を発信するのも飼育係の仕事ですが、この時も多くの心配の声や励ましなどいただき、大変励みになりました。
投薬治療で一旦回復するも、10月31日に再び食欲不振と嘔吐が見られました。しかしこの際は食べ物を受け付けなかったため投薬治療が出来ず、補液治療に切り替えました。血液検査も行いましたが、腎臓の数値が急激に悪化し、補液治療の効果に期待するしかありませんでした。しかし、連日の補液治療の甲斐もなく11月3日の治療後にショック状態となり、その後、死亡を確認しました。
※キングに寄せられたお花
“キング”の15歳という年齢は決して長生きというわけではなく、私の中でも、また復活してくれると信じていました。“キング”の死から時間がたってやっと振り返られるようになりましたが、やはりまだ出来ることがあったのではないか、という思いは消えることはないでしょう。
なかなか、明るい話題を提供することが出来ない中、7月のワクチン接種時に撮った“キング”の肉球の画像には多くの方が興味を持って下さり、多くの方に“キング”の事を知っていただくきっかけになりました。
“キング”が亡くなった報告に対して、多くの方からお悔やみの言葉や、スタッフに対しての励まし、ねぎらいの言葉を頂きました。“キング”が皆様に可愛がっていただいていたこと、また、皆様がスタッフまで気にかけてくださっていることを改めて感じることが出来ました。そして、これまで数多くの品々を“キング”と“プリンセス”のためにご支援いただいたことを、この場を借りて、重ね重ね心より御礼申し上げます。ありがとうございました。
これまでの“キング”を通して経験したことを活かして、メスの“プリンセス”のトレーニングを進めるとともに、これから迎えるであろうライオン達のために、元気で生き生きと暮らせるような環境づくりに取り組んでいきたいと思います。
(ライオン担当:齊藤)