「ヒース・レジャーの遺作」というだけじゃない! 現実の痛みと幻想世界を溶けあわせたテリー・ギリアム節炸裂の映画『Dr.パルナサスの鏡』
テリー・ギリアム監督作は現実と地続きの、ひりつくようでいて幻想的な世界観が魅力です。
『Dr.パルナサスの鏡』ではその魅力が炸裂していますが、しかし、このタイトルから真っ先に連想されてしまうのは「ヒース・レジャーの遺作」であることでしょう。
ですが、テリー・ギリアムがテリー・ギリアムらしさを存分に発揮したという点でも、素敵な作品なのです。
スパイスの利いたユーモアとキャラクターの個性、そして幻想的な映像が絶妙に混ざり合い、独自の世界が創り出されています。
■絶妙なユーモアセンス
やはり、ギリアムのユーモアセンスは抜群。
台詞や展開によって表現されるユーモアが、キャラクターの持つユーモアと溶け合い、幻想的な映像がそれを後押し。
例えば、最愛の人を見つけたのに、老いているがゆえに、それを伝えられないことに悩む博士の件では、
不死の力があるのに自殺しようとする博士と、それを必死で止めようとする小人(ここでの小人の台詞がオモシロイ)、そして、その自殺をサラッと阻止する悪魔。
場面は荒波が叩きつける絶壁で、そこから落ちた博士を悪魔がひょいと釣竿で吊り上げる。
見事に3つの要素が融合して、ダークで辛辣な幻想世界を創りあげています。
■キャラクターの個性
特にそのユーモアを支えているのが、3要素のうちのキャラクターの個性です。
ひとり一人が一筋縄ではいかない苦旨い個性。
中でも小人と悪魔の個性は味がありました。
悪魔は良い意味でとても「悪魔的」。
博士たちをからかうように、賭けを持ちかけ、チャンスを与え、気まぐれで助けてみたりする。
「悪の化身」というよりは、「意地悪なひねくれ者」。
いつも隅からひょっこり現れて、本当に意地悪。
でも、その意地悪さがダークな雰囲気にさらにビターな味を加えてくれています。
小人も非常に面白いです。
昔からの博士の片腕で、キャラクターの中で最も物事がよく見えています。
だからこそ、その助言や忠告は的を射ていて、あまりに的確すぎて「確かに」という笑いがこみ上げる。
お笑いでいう「ツッコミ」に見事に徹してくれているのです。
彼がちゃんといてくれることで、観る側もホッとする、そんな愛すべきキャラクターです。
この役どころを小人にしたのも、ハイセンス。
そして、忘れてはならないのが、この作品が遺作となったヒース・レジャーです。
映画を見る前はマジメな役かと思いましたが、そうでもなく。
とてもずる賢い男の役で、「ヤバイ」と思った時の表情や、嘘を隠そうとするさりげない仕草が面白い。
普通にやっているようですが、こういうのをわざとらしくせず、自然に演じるのは難しいもの。
それをさらりと演じられるのは、彼が演技派である何よりの証拠。
演技のタイプとしては、ちょっとずる賢くて、セクシーで、一言多いのが魅力だった『カサノバ』に近い感じです。
道化の格好もよく似合っていて、カッコ良かったです。
■監督ギリアムのパワー
監督であるギリアムも素晴らしいです。
ユーモアとキャラクターの個性と映像を絶妙に溶け合わせたのは、紛れも無く彼の構成力。
その構成力をもって、彼の頭の中にあったイメージを壮大な世界として創りあげたのです。
ただ、正直、ストーリー自体は、かなり分かりにくい部分も。
特に、博士と悪魔が最初に賭けをした部分の件は、不親切なほど分かりにくいつくりです。
しかし、実はそんなことは問題ではないのです。
そもそも、この映画自体良く分からない幻想世界。
むしろ、分かりにくくてもやもやした感じがあれば、そのもやもやが幻想世界への誘いを助けてくれる。
分かりにくい方が、映画を楽しめるという、不思議な力を持った作品なのです。
ギリアムのほかに、ストーリーが分かりにくいことが強みになる監督がいるでしょうか?
そして、その物語が行き着く先も、観客の期待を良い意味で裏切りました。
最初や中盤とはイメージをがらりと変えたトニーと、 悪魔の決して悪ではない意地悪な「悪魔っぽさ」がうまく終盤の展開と絡み合い、深い味を出す。
そして、それを上手くラストの苦甘さにつなげました。
すごく苦いけど後味の良い、なんとも不思議な感覚が楽しい作品。
そして想像し得ないラストへ物語を違和感なく持っていく。
現実と地続きの、ヒリヒリとした幻想世界の雰囲気をラストまで壊すことなく見事にまとめあげています。
ギリアムのパワーが感じられる作品でもありました。
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