いつもの夏と変わらないもの
お盆休み。日帰りで実家を訪れた。例年であれば一泊はするのだけれども、仕事の都合もあり、今年は日帰りにすると決めた。
帰るのが一日だけだとしても、今年の夏は帰省をぐっと我慢している方もおられるだろうから、家族と直接会えるのはありがたいことなのだと噛み締めた。
両親祖父母も、歳を重ねたなりの老いは見受けられるものの、傍目には元気そうで、安心した。みんなで食卓を囲んで美味しいね、と言い合えることが、シンプルに幸せだと思う。
実家へのお土産を、買い物かごに入れて持参した。レジ袋の有料化に伴い、お義母さんがくれたものだ。スーパーの買い物かごと同じ、どっさり入るサイズである。
お土産を渡して、かごも軽くなった〜!と思っていたら、そのかごに、母が次々と野菜やおにぎりを入れ始めた。
実家は農家であり、祖母と母が野菜を育てている。おかげで、スーパーに並んでいるだいたいの野菜は、買わずとも食べることができていた。しかも採れたて。結婚して実家を離れてから、自給自足のありがたみを切に感じている。
「ナスあるか?キュウリは?トマトも入れとくよ。これ、赤飯昨日炊いたやつだから早めに食べるか食べ切れない分は冷凍して。」
こちらの返事を聞くより先に、母はぽいぽいと食料を入れてかごをいっぱいに埋めていく。
帰省すると、いつもこうだ。入れ物がかごでも、段ボールでも、ビニール袋でも、ありったけの愛情を詰め込んでくれる。
コロナ禍だろうがそうじゃなかろうが、例年の夏と、全く変わらないもの。ただコロナ禍だからこそ、いつもより一層じんと強く、そのありったけに詰め込まれたものを感じ取れる。
同じくらい、いやそれ以上の感謝を、私は示せているだろうか。みんなが生きているうちに、恩返しはできるだろうか。いっぱい帰って来たい。もっともっと色んな話をしたい、顔が見たい。
私の胸に少しの切なさを残して、お盆が過ぎていった。