Over and over, again...

何年か前、僕は都内のスーパーで出稼ぎ仕事をしていた。

仕事内容はクレジットカードの加入促進、いわゆるカード入会の勧誘というやつだ。スーパーという場所がら主に高齢者や主婦の人が入会してくれる事が多いのだが、この日はやや「やんちゃ」な素振りが残る若者が「クレジットカード作りたい」と自らブースに立来た。


ブースから少し離れた場所で僕は声がけを継続して、同じ派遣の先輩が入会受付を担当した。氏名や職業、年収、持ち家か賃貸かの話などをいつもどおり説明していくのが聞こえる。


「今は堅気で働いてますけど、若い頃はこの三茶ではちょっと名のしれたチームに所属してて、今でもその先輩たちと繋がってるんすよ」

落ち着きなく貧乏ゆすりをしながら、若いお兄さんが語っている。

「そーなんですねー」と先輩。

どうやらちょっと面倒な人ぽい。カードの審査にそういう情報は必要ないし、むしろデメリットしかないんだけどなぁと思いながら、まぁ記入さえしてもらえば、受付実績にはなるし…と思いつつ少しだけ警戒レベルを上げる。


ボールペンで申込用紙を記入しているお兄さんが背後を気にしだした。他の買い物客が彼の近くを通過するたびに、過敏に反応して振り返る。何度かそういう動きをした後、お兄さんは耐えきれなくなり申込用紙を破りだした。

「背中に人が来るのが、すげー嫌いなんすよ」と言い放ち、備品のボールペンを持ったまま立ち去ってしまった。先輩がやれやれといった表情で肩をすくめている。

集団での喧嘩や襲撃などを経験すると、自分の背後に迫る気配に過敏になるとは、裏社会の人を取材した記事かテレビで見た記憶がある。

「あの時の奴の動きも、それだったのか?」

三茶界隈の元チーマーのお兄さんがトリガーとなり、とっくに忘れていた出来事を掘り起こした。余計なことを…

------------------------------------------------------------------------------

高校生のころ通っていた受験予備校で、演劇の無料招待という少し変わった特典があった。予備校とその劇団の運営母体が同じだったから、らしい。

そのミュージカルの劇中曲を当時大好きだったミュージシャンが担当しており、僕は親友のSを誘って観に行くことにした。彼はそのミュージシャンが所属しているバンドの古参ファンであり、存在を教えてくれたのは彼だったから。場所はグリーンホール相模大野。上演演目はコミック原作の『マドモアゼル・モーツァルト』。


招待日の当日、部活終わりのSと駅で合流しホールに向かった。ホールについて2階席の後ろの方にある自分たちの席に向かう。学校の芸術鑑賞以外で演劇を観るのが初体験だったこともあり、僕は少しはしゃいでいたように思う。

「………」

急にSが立ち止まる。

「どうしたの?」

Sは指を一本だけ立てて口元にあてる「黙って」のポーズだ

「後ろから、殺気を感じる」

Sは背後を振り返って、その殺気を感じた方向を睨みつける。特定の誰かに向かってというよりは、その方向に向かって威嚇姿勢を取るような感じで。


僕もつられて、その方向を見回してみるが、僕にはそれが誰なのかわからなかった。会場の市民ホールは当時まだ出来たばかりということもあり、客層は比較的身なりの整った人が多かった。いわゆるヤンキー(当時の町田界隈では結構そういう若者も居た)みたいな髪型や格好の人は、自分たちの席付近にはいなかったように思う。そもそも、そういう人たちは余りミュージカルとか観に来ないような気もするのだが…

「ねぇ、もう、行っても大丈夫?」

「うん、いいよ」と言ったときは普段のSの表情に戻っていた。

カンパニーの日本語によるミュージカルの上演実績と、キャストのミュージカル俳優たちのキャラクターメイクが丁寧だったこともあり、演目はとても美しかった。劇伴のサントラには収録されていないオーラスでの合唱も素敵だった。その後この劇団、音楽座のステージを僕は何度も観に行くようになった。90年代初頭、漫画やアニメの作品が舞台になる例がとても少なく、2.5次元演劇という言葉も存在しなかった時代の話。

終演後、Sは一丁前の評論家きどりで(それは僕も同じだった)、概ね好意的な批評を述べていた。楽しんでくれたようなので安心して、開演前のSの不審な行動のことはその時はほぼ忘れていた。忘れていた筈だったのに。

これ以外にも、彼の粗暴さや危うい行動に僕は何度も遭遇することになる。

脳内シアター不本意なアンコール上演、作品名『あの頃、まだ友達だった』


いいなと思ったら応援しよう!