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#6.旅の終わり

三寒四温とは言うけれども、まだまだ寒い日が続く。前いたあの街では桜が咲いている季節なのに、こちらでは雪がチラつく。吐く息は真冬の如く昇っていく。この街に来てから、もう6年が経つ。

この街の中で、何度も何度も引っ越しを繰り返して、幾度となく初めましての春を迎えた。

初めまして
こんにちは
お名前は?
この町の好きなところはどこですか?
私は、初めてだけど、なんとなくここが好きかなって思っていて……

挨拶をしながら道を歩き、これから世話になるであろうスーパーやドラックストアで買い物をして、その帰り道、遊びに行く子ども達を横目に見ながら心の中で語りかけてきた。

ほっとしたのも束の間。
気がついたら、どんどん生活が削られていることに気づく。仕事、お金、治安、人間。考えることがどんどん増えると、肩コリがどんどんひどくなる。
歩荷の人もびっくりなくらいの大きな荷物を勝手に背負い込みはじめているのだが、気づくことが怖くて見えないふりをした。しかし、背負い込めなくなって、わけもわからず町を去る。別れ際のごめんねはただのポーズだろう。
逃げ出して、その先で、ようやく自分は勝手に押しつぶされそうになっていたんだと気づくのだ。
それらを繰り返す様子は、居場所を求めて彷徨う亡霊のようだと思う。

転々とした結果、6つめの町に住んでいる頃。この街を離れる友人と一緒に映画を観に行った。その映画の主人公は自分についてあまり語らず、見せずにいて、最後には畑の上で死んでいた。彼女を知る人は誰もいない。誰が死んだかもわからず、引き取る人もおらず白いジップに入れられていく。しかし、彼女は確かに生きていて、彼女が出会った人々の間には、破天荒に生きた彼女の記憶が刻み込まれていた。
朝起きて「草」を吸う、歩く道すがら家の戸を叩いて水をもらう、時に働き、時に酒を飲み交わし、暖を取り合って眠りにつく。
ドキュメンタリー風に回される映像と、彼女を追う映像を行ったり来たり。「海から来たんじゃないか」という彼女から目が離せなかった。陸の上ではあまりにも孤独で、しかし畑で死んだ彼女はようやく受け入れられ、孤独から解き放たれたのではないかと思う。

映画館の帰り道、友人といい映画だったよねと感想を言い合いながら街を歩き、よくあるファミレスに入る。ほどほどだけど精一杯の贅沢を極めて、その間映画だけじゃない、たくさんの話をした。ハッと気づくとディナータイムに入っており、周りは混雑し始めていて、急いで店を後にする。

街中を歩いて、めぼしいものを見つけてはお喋りをした。気がついたらはじめに言っていた解散時間なんてとっくに過ぎていて、2人でケラケラ笑いながら、帰り道を歩いた。
この世の春なんじゃないかってくらい温かくて、楽しくて、眩しくて、揺れる電車の中で、頬をなでる風は確かに和らいでいたんだ。


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