第12回 担保契約
1. 全資産担保原則
LBOローンにおいては、借入人を含む対象会社グループの保有する資産全てに担保権を設定することが求められます。もっとも、事業会社である対象会社(グループ)が保有する資産のなかには、必ずしも事業運営上の重要性が高くないものも存在し得えます。実務的には、担保対象資産の重要性や担保設定の困難性などを勘案し、担保権を設定する資産を選別することが行われています。
2. 担保の形式(普通担保と根担保)
担保権は大きく、特定の債権を担保するために設定される普通担保と、継続的な取引関係などから生じる設定時点では未だ特定されていない複数の債権を担保する根担保に分けられます。
LBOローンにはいくつかのファシリティが存在することはすでにお話ししましたが、ファシリティごとに設定すべき担保権の種類も異なります。具体的に言えば、タームローン貸付人に対しては普通担保権が、借入と返済が繰り返されることが予定されているコミットメントライン貸付人に対しては根担保権が設定されます。
なお、シニアローン内の各ファシリティ(及びシンジケートローンの場合は各レンダー)は同順位のため、これらの担保権はいずれも同順位のものとして設定されます。
3. 担保権の設定者
担保権の設定者は、スポンサーのほか、クレジットパーティに組み込まれたエンティティ、すなわち借入人、対象会社及び対象会社子会社です。ノンリコース・ローンであることからすると、スポンサーの責任財産であるSPC株式に担保権が設定されることに疑問をもたれるかもしれんが、ステップインや担保権実行の観点から、例外的にスポンサーが保有するSPCの株式に担保権が設定されるという理解でよいでしょう。
4. 担保差し入れのタイミング
スポンサー及び借入人SPCについては、ローン契約締結日(実行日の2営業日前又は3営業日前)付けで、担保契約書を締結し、ローン実行日(より厳密にはローンの実行後)に担保差入書(及び担保物の引渡しが必要な場合には当該物)をレンダーに交付することで担保権を設定します。対象会社及び対象会社子会社(クレジットパーティ)については、SPAのクロージング日付で担保契約書を締結し、同日付で担保差入書をレンダーに交付することで、担保権の設定を行います。
また、LBOローンの場合には、追加担保の差入義務が担保契約において規定されることが一般的です。これは、ローン実行後に、担保権設定者が、担保目的物としたものと同種のものを取得した場合に、追加で担保差入れを行うことを内容とするもので、全資産担保原則から要請されるものです。
5. 担保目的物ごとの留意点
以下では、LBOローンにおいて標準的に担保設定が行われる資産の概要及び留意点を開設します。
(1) 株式担保
発行体が非公開会社における株式担保は株券を発行する場合と発行しない場合があります。株券を交付し、かつ、発行体における株主名簿に質権者の登録をしないタイプは略式担保と呼ばれ、実務上多く用いられています。
レンダーが略式担保での担保差し入れを要求する場合には、担保契約の締結時までに定款変更を行い、株券を発行する必要があります。
また、株式について、株主間契約(SHA)が締結される場合には、株式担保の実効性を阻害するような条項の規定が制限されるため、株主間契約のドラフティングに際して留意が必要です。
(2) 預金担保
レンダーに開設する預金口座については、質権を設定することが求められます。また、開設される預金口座は通常流動性のある普通預金口座であり、残高が増減することが予定されている口座であることから、多くの場合、質権の実効性を確保するためにローンのコベナンツにおいて資金集中義務が課されます。
(3) ICL貸付債権
クレジットパーティ間の資金移動を目的として締結されるグループ内貸付であるICL債権について、質権の設定が行われます。レンダーの担保権の実効性確保の観点から、ICL契約の内容について、ローン契約において一定の要請がなされますので、ICL契約のドラフティングに際して当該条項を盛り込むなどの留意する必要があります。
(4) 不動産
不動産は一般に資産価値が高く、担保権が設定される典型的な物です。不動産抵当権に特有の問題としては、高額に上る抵当権登記の登録免許税の点です。
対象会社の不動産の保有目的は様々であり、また、買収完了後に処分が検討される不動産もあり得ます。このような場合、登記費用の節約のため、登記留保とすること又は仮登記にとどめることをレンダーと交渉することや、可能であればSPAにおいてクロージング前又はクロージング直後に売主側に買取りを求めることが検討されます。
(5) 売掛債権
売掛債権固有の問題としては、債務者との間の譲渡・担保提供禁止(制限)特約の存在が挙げられます。対象会社において取引先と基本契約を締結している場合には、我が国の契約実務上、債権譲渡禁止特約が規定されている場合が多いと思われます。
改正民法においては、譲渡禁止特約付き債権について譲渡や担保提供が行われやすい方向に改正がなされましたが、譲渡・担保禁止特約付き債権について、債務者の承諾なくとも有効に債権が移転するか(有効な担保設定ができるか)ということとは別問題として、契約上の義務違反による契約解除事由に該当してしまうのではないかという問題もあります。
このため、譲渡禁止債権に担保権を設定するにあたってはなお債務者の承諾取得の必要性がありますが、対象会社が取引先に承諾依頼をおこなうことに消極的である場合や、多数の取引先から承諾を取得することの事務コストの問題もあります。これらの事情を加味して、売掛債権への担保権設定の要否や対象となる売掛債権の範囲等をレンダーと交渉することになります。
(6) 動産
在庫動産や機械等に譲渡担保権の設定が行われる場合があります。動産の担保には集合動産譲渡担保権と特定動産譲渡担保権のいずれを設定するかを検討する必要があります。集合動産譲渡担保又は特定動産譲渡担保のいずれであっても、動産の場合には担保目的物の特定に困難を伴うケースが多くあります。
また、動産が外部倉庫に保管されている場合には、対象会社と外部業者との契約が寄託(倉庫)契約によるか、賃貸借契約によるかによって、対抗要件としての引き渡しの方法が異なります。
対象会社の保有動産について担保設定の必要性が高いと当初から予想される案件の場合には、法務DDの過程において動産の現況を詳細に確認するなどファイナンスへの準備の観点からの調査も検討されるとよいでしょう。
6. まとめ
LBOにおいては、SPCを用いた買収ストラクチャーという構造的な理由からも各種資産への担保権の設定が要求されています。ファンド担当者としても、このような事情があることを念頭に置きつつ、個別の対象会社の状況等をも踏まえ、デット投資家であるレンダーとの間で交渉を進めることができるとよいでしょう。
連載一覧
第1回 “LBO”・“LBOローン”とは
第2回 LBOのストラクチャー(買収プロセス)
第3回 LBOのストラクチャー(SPC)
第4回 ローン契約総論
第5回 レンダー選定
第6回 LBOローン契約総論
第7回 前提条件(CP)
第8回 期限前弁済
第9回 表明保証
第10回 コベナンツ
第11回 期限の利益喪失