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Light Years(131) : ローゼス・ミストラル

主な登場人物

大原ミチル
 南條科学技術工業高等学校、情報工学科2年。フュージョン部2年組のバンドリーダーで、主にアルトサックス、EWI担当。直情型の行動派。

折登谷ジュナ
 電子工学科所属のフュージョン部2年。担当はエレキ、ごく稀に生ギター。少々尖った性格で、ミチルの親友。

工藤マーコ
 電子工学科所属のフュージョン部2年。ドラムス担当。どんなリズムも耳と腕で覚えてしまう。やや天然型。

金木犀マヤ
 情報工学科所属、フュージョン部2年。キーボード担当。独学で譜面の読み書きを習得し、採譜もこなすバンドのキーマン。クソゲーマニアの秀才。

千住クレハ
 都市環境科所属、フュージョン部2年。ベース担当。5弦メインでスラップ奏法を好む。マヤと並ぶ優等生だが、隠している素性がある。

村治薫
 電子科所属の1年生男子。オーディオ同好会所属。たまたまミチルと出会った事から、フュージョン部と関わる。音楽、オーディオマニア。マイペースの理屈屋。

-Light Years- part6

 ローゼス・ミストラル

 南條市は豪雪地帯ではないが、毎年暮れに1度か2度はそれなりに雪が降り、交通がマヒする。それだけならいいが、事故もほぼ必ず起こる。久々の穏やかな土曜日、ジュナは比較的近い県道で、雪が被さった道路を勇敢にも普通のタイヤで走行し、電柱に激突して助手席の彼女 (たぶん)にケガをさせた20歳の大学生のニュースに心を痛めた。
「スピード上げてカッコつけたかったのかね。バカが」
 ジュナの兄、折登谷流星21歳にも同世代の彼女がいるが、そういえばドライブに出かけている時の運転はどうなのだろう。スピードよりはデコレーションに気合が入るタイプだ。
 電子科の村治薫の協力で見事に直ったカシオEG-5の、内蔵アンプの予想外の音の良さにジュナは上機嫌だった。どうも、本来使われていた部品より高品位なパーツに交換せざるを得なかった事が、そのまま音質向上につながったらしい。
 それでも内蔵アンプ使用時に少しボンつくのは、プラスチックボディなので仕方がない。きちんと外部アンプを通すと、プラスチックのオモチャじみた外観からは想像できない、まともな音がする。これは下手をすると、実戦で使えるのではないのか。ネックもメイプルで手抜きはない。これはレストアした保存用としておき、もう1台入手して徹底的に調教してみたい。ボディの補強、回路系のシールド、ピックアップ交換などなど。
 ネットでジャンクのEG-5を検索し始めた時、ふいにLINE着信があった。マヤからだ。『緊急連絡』という書き出しで、もう嫌な予感がした。
「なに!?」
 ジュナは、トーク画面を開いて驚きつつも、なるほど、そういうのもあるな、と一瞬で肚を決めた。

 翌日の日曜日夕方4時半、ザ・ライトイヤーズの5人は県内のローカルTV局のスタジオにいた。県民おなじみの日曜夕方のローカルバラエティー番組"夕方エンジョイ"から、突然の出演オファーがあったためだ。ちなみにタイトル画面では"夕方"というロゴの下に"You Gotta"と表記がしてある。明日は月曜日、憂うつな日曜の夕方も楽しまなきゃ、という悲壮な意味が込められているらしい。
「はい!今日は話題のガールズフュージョンバンド、ザ・ライトイヤーズのみなさんにスタジオ生出演でお越しいただきました!」
 小学校の頃からTV画面で見ていた、黒縁眼鏡のお兄さんが爽やかに紹介すると、スタジオは拍手に包まれた。これがスタジオから見る客席か、予想してはいたが殺風景だなとミチルは思った。TVに出る人達は、この虚無空間に向かって楽しいトークをしているのだと思うと、尊敬してしまう。
 ミチルは大して緊張もないが、他のメンバーはどうかと思うと、やはり大した事はなさそうである。
「リーダーで、サックス担当の大原ミチルです」
 ミチルに続いて、全員がパートと名前を自己紹介する。ちなみに服装はまたしても、市民音楽祭の時と同じだった。制服でという提案もあったのだが、さすがに芸がなさすぎる。スタジオは寒くもないし、夏と同じでいけるだろう、となった。
「夏にはあのステファニー・カールソンのオープニングアクトを務めたという伝説を持つ皆さんですが、どうでした、緊張しました!?」
 これまでのライトイヤーズの打ち立てた、せいぜい半年以内の"伝説"が列挙されたフリップを持った女性が質問すると、ミチルは落ち着いて答えた。
「どっちかっていうと、県民おなじみの番組に出てる今の方が緊張してますかね」
 その、気が利いてるのかどうかわからない返しに、スタジオは何故かわからないが爆笑に包まれた。これがローカル番組なのか。だんだん、ライブハウスに似てるな、と思えてくる。
 そのあと、月並みに結成のいきさつ等のバンド紹介、各メンバーの音楽のルーツだとかを話したあと、一曲演奏する事になった。当初、ミチルやジュナ、クレハはともかく、マヤとマーコはキーボードとドラムの用意が困難なので断ろうとしたのだが、なんとどちらも局にあるという。ローカルTV局をなめていた。
 TVスタジオでの出演も初めてなら、演奏も当然初めてである。緊張はステージの方が上だが、こっちはこっちで雰囲気が他と違いすぎて、違和感がある。これも、活動する上で慣れなくてはならない、と5人は思い、代表曲"Dream Code"をなんとか演奏し切ったのだった。

「あっはっは」
 佐々木ユメは、受験勉強に飽きて電源を入れたTVの前で笑い転げた。ローカルのバラエティにミチル達が出る、というのは聞いたし、記念に録画もしている。そして、県民が見慣れたスタジオに5人が座っているのを見た瞬間、そのビジュアルが面白すぎてもう駄目だった。
 何が面白いって、ステファニー・カールソンのオープニングアクトからパシフィックオーシャン・ジャズフェスときて、さあ次はどう来るかと思っていたら、地元の夕方のバラエティー番組である。そこは全国ネットの番組だろう、とツッコミを入れたいのだが、実のところ、ザ・ライトイヤーズが全国ネットの番組に出る可能性は低くなった。その理由をユメは知っている。例の、龍膳湖のエネルギー研究施設開発の反対運動を後押ししたことで、結果的に建設を阻止してしまったのがミチル達だ。つまり大企業と政治家の計画を、事実上たった5人の女子高校生が阻止してしまったのであり、エネルギー企業という巨大スポンサーの顔色をうかがうキー局は、危ない橋を渡れないのである。スケジュールが合わず断ったものの、それまで何度かあった出演オファーも、最近は来なくなったそうだ。
 そもそもそれ以前に、すでにメジャーレーベルがザ・ライトイヤーズの路線をあからさまに模倣した、ガールズフュージョングループをいくつもテレビに露出させているのも障害だった。なぜなら、ミチルたちの演奏能力は模倣したグループが逆立ちしても及ばないレベルなので、彼女たちを万が一同じ音楽番組で同時に出せば、どっちがどっちを模倣したのかは歴然だからだ。ゆえにミチルたちは「実力がある本物だからこそ機会を制限されてしまう」という、奇妙なジレンマに縛られているのだった。
 ローカル番組でミチル達は、全国ネットの音楽番組に出ても全くおかしくないレベルの演奏を聴かせた。彼女たちが、キー局の番組に出る日は来るだろうか。その前に、いつかアメリカにでも渡ってしまうのではないだろうか、とユメは半ば本気で考えた。”地元がアウェイ”とはよく聞く言葉だが、日本という母国がミチルたちのアウェイになって欲しくはないな、とユメは思った。
 ミチルたちの出演はあっさり終わり、CMになったのでユメはTVを消した。ふとスマホを見ると、LINE着信が数件ある。楽器店の広告だとかに混じって、久々に見る名前があった。
「おっ」
 どうした、とユメはそのトーク画面を開いた。
『久しぶり。お互い受験生は辛いね、ってとこかしら』
 相変わらずの書き出しだ。やり取りをするのは数か月ぶりである。ユメは、あまりその辺を強調しないように返すことにした。
『そんなとこ。もう追い込みかける時期だし、ろくに遊べないよ』
 続けて第一志望を変えた事などを説明すると、しばらくして返信があった。
『そっか。陣中見舞いってほどじゃないけど、身体は壊さないようにね』
『ありがと。そっちはどうなの』
『うん。実はね』
 返って来たメッセージは、同じ受験生としてはなかなかスリリングな内容だった。といっても、先月後輩の企画にまる1日付き合った自分が言えた事でもないが。それでも、やはり驚きの内容だ。
『まあ、別に悪い事ではないし。いいんじゃないの。受験に影響しない自信があるなら』
『そこは心配しないで。私、頭いいもの』
 それはユメも知っている。この子は頭がいい。それも、半端ではなく。だが、なぜわざわざこんなギリギリの時期に、そんな決断をするのか、それがユメには気になった。そして、ひとつの推測に行き着いたのだが、聞くのが怖くてそれ以上返信はせず、勉強に戻ることにした。

 月曜日。ミチル達は、妙な気分で朝の部室に集まった。学校に来るまで、道行く人達からチラチラと見られたり、中には「ゆうべのTV見ました」などと声をかけられもした。
 なんとなくワールドワイドな活動をしていたという感覚があったザ・ライトイヤーズだが、一気にローカル色が強くなってしまった気がする。これでも、配信音源のアクセスは北米とヨーロッパが中心なのだ。次いで多いのがインドやオーストラリア。肝心の日本は、知名度が上がっているわりに少ない。
「まあ面白いって言えば面白いけどな」
 いつものように、ジュナはケラケラ笑う。まあローカルでも何でも、人気があるなら有り難い事ではあった。
 久々に、第1部室に1年生と2年生が集結すると、空気圧が上がったような気もする。1年生は仮に作ったPV映像を、ミチルと確認していた。
「それより、マヤ。デモ音源できたんだろ」
 ジュナが、興味深そうにマヤを見た。マヤはキーボードの前に座って、保温ボトルのコーヒーを飲んでいる。
「出来た。聴く?」
「もちろん」
 ジュナのみならず、ミチル達も1年生も映像再生を止めて振り向く。マヤはUSBメモリの音源を、部室のメインスピーカーから再生した。
 疾走感のあるデジタルサウンドに、ミチルのサックスとジャズ調のピアノが乗る。高速16ビートのデジタルジャズ、とでも表現すればいいだろうか。全員、その何とも言えないクールなサウンドに聴き入っていた。
「これで完成版でいいんじゃないすか」
 サトルは、再生が終わるとつい素直な感想を述べた。実のところ、ミチルもそう思いかけた。マヤが打ち込みで作った仮の音源だが、仮にしては完成度が高すぎる。のちのち、ザ・ライトイヤーズはデモ音源の完成度が高い、と言われるようになる所以でもあった。だが、マヤの返答は明快である。
「ライブで演奏できるようになるまでは、完成とは言わないの。私達のバンドは」
「カッコイイっすね!さすが!」
「まあそれは否定しない」
 自己肯定感が普通に高い女、金木犀マヤは表情を変えずにプリントしてきた譜面をメンバーに手渡した。
「今日から練習しよう。それとクレハ、デモ音源はレーベルに送っておいてくれる?」
「完成版じゃないのか、って訊かれたら?」
「向こうはプロよ。この音源でいい、っていうようなレーベルなら、契約は見直すべきね」
 なんだか言う事がいちいち芝居がかっている。マヤは元々そういう性格ではあったが、最近磨きがかかってきた。
「あっ、そうだ。実は、またちょっと仮メロディーを吹いてきたんだ。聴いて」
 ミチルは、スマホのイヤホンジャックからミキサーにつなぐと、音源を探し始めた。
「あんたも凄いわね、作るペースが」
 マヤは突っ込みを入れながらも嬉しそうだ。ミチルに作曲をいつも促しているので、それに応えてもらえた実感があるのだろう。ミチルが録音ファイルをタップすると、PCで打ち込んだシンプルな8ビートのドラムパターンにのせて、それまでの作品とはガラリと変わった、ファンキーで鮮烈なサックスが響いた。最初は、あまりにも今までと違い過ぎて、薫以外の1年生は特に面食らっていた。全体的に縦ノリのサウンドなので、ドラムスのマーコは楽しそうに身体を揺すっている。
 部分的なメロディーだけだが、曲のコンセプトはハッキリしていた。純粋に楽しめるファンクナンバーだ。流し終えるとミチルはいつものように、マヤの意見を待っていた。
「悪くはない」
 なんとも曖昧な感想が返ってきたので、ミチルは訊ねた。
「良くもない?」
「良いか悪いかで言えば、良い。けど、何とも言えないな。今までと系統が違い過ぎて」
「なるほど」
 ミチルは納得して頷いた。確かに、今まで造って来たオリジナル曲とは違う。だが、とミチルは思った。
「まあ、実験的なサウンドなのは認める。ただ、ジャズ・ファンクの音を取り入れてみたかったんだよね」
「それは一聴してわかったよ。キャンディ・ダルファーでしょ」
「そう」
「うん。チャレンジするのはいい事だ。だから、あえて厳しく言おう。ファンク・サウンドを、私たちの音に昇華する事が必要かな」
 マヤの要求も、なかなかに高度だ。自分達の音に昇華する。つまり、自分達の音は何なのかを理解しなくてはならない。では、ライトイヤーズの音とは何か。いまさら突き付けられると、即座に答えは出せない。
「アンジェリーカにキャンディの音を教えてたら、自分もやりたくなったの?」
「そう」
「そういえばアンジェ、あなたミチルから課題出されてたわよね。キャンディ、聴いてみた?」
 マヤが訊ねると、アンジェリーカは少し緊張して頷いた。
「はっ、はい。先輩のプレイリスト、ひととおり聴きました。なんていうか、普段先輩達がやってるサウンドとはだいぶ違う印象で」
「そうだね。いわゆるフュージョンとはまた違う」
「けど、ミチル先輩のルーツっていうのはすごくわかりました。やっぱり、先輩のサックスの音だな、って」
 そう言われて、ミチルは嬉しかった。自分のサックスが、憧れているキャンディと似ている、と言われるのは、やってきて良かったと思う。
 だが、そこでミチルは考えた。もし自分のサックスがキャンディと同じ系統であるなら、ライトイヤーズのサウンドにも、キャンディの音はすでに活きているのではないのか。そうなると、自分達の音はどう解釈すればいいというのか。答えが出ないうち、時間がきたので面々は朝礼に遅れないよう校舎に向かった。

 その日の放課後、開設したザ・ライトイヤーズ公式WEBサイトの問い合わせメールフォームから、記念すべきメール第1号が届いているのをクレハは確認した。相談した結果、とりあえずサイトの管理はクレハが行う事になったのだ。マーコは興味津々で身を乗り出した。
「メール?誰から?」
「どうせソウヘイ先輩あたりが悪戯で送ってきたんだろ」
 師匠に対してだいぶ失礼ながら、誰一人否定できないのがソウヘイ先輩の先輩たるゆえんだった。クレハは、全員に聞こえるように読み上げる。
「『ザ・ライトイヤーズの皆様のご活躍、拝見しております。私は南條市内で活動しているロックバンド、”ローゼス・ミストラル”のリーダー、風呂井リンと申します』」
 ふろいりん。不思議な響きの名前だ。そう思っていると、ジュナがいきなり目をむいて声をあげた。
「ローゼス・ミストラル!?」
「どしたの」
「どしたの、じゃねーよ!あーそっか、お前ら仲の良いインディーバンドしか知らないもんな。まあロゼミスはもう、市内でやる方が珍しいから仕方ないけど」
 嘆かわしい、とジュナはかぶりを振る。なんだかわからないが、そういえば聞いた名前かも知れないと思いながら、クレハに続きを促した。
「『唐突なお願いがあります。私達は12月25日のクリスマスに、市内のライブハウス”レモンカウンティ”にてライブを行う予定です。そこで、たいへん急で申し訳ないのですが、みなさんに出演いただく事は可能でしょうか』」
 そこで、全員が「おおー」と唸った。初のメールが、ライブ参加の誘いである。このところ動きがなかったので、そろそろ何かやりたい、とメンバーは思い始めていた所だった。
 みんな、なんとなく乗り気な様子である。やっぱりミチルはその”ローゼス・ミストラル”というバンド名に、どこかで聞き覚えがあった。対バンだとかの記憶はないが、間違いなく、どこかで耳にしている。一体、どこで聞いたのか。それはともかく、久々にライブハウスでやるのもいいな、と思うミチルだった。それもクリスマス。冬休みに入ってすぐだ。もう、頭はすでにライブモードに切り替わりつつあった。


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