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Light Years(182) : ライブハウス・マグショット

 ザ・ライトイヤーズのファーストアルバム、リリース記念ライブのセットリストは、さんざん話し合ったすえ、以下のように決められた。

【オープニング】
 Lightning
 Seaside Way
 Summer Days
 Wind from Ghana
 Under the moon
 Future Wind
 Together
 Twilight In Platform
 Midnight City
 Detective Witch
 Tricolore
 Sarasvati
 Shiny Cloud
 Friends
 Only One Saga
 Dream Code
 Blazing Horizon
 コピーナンバー (アンコールあった場合)
 
 はじめは1年生も交えて議論して、だいぶ混乱してわけのわからないセトリになったのだが、薫の「要所要所で演奏する曲を決めればいい」という意見がヒントになる。まず、オープニングはマヤが作曲した、2分くらいの開幕用BGMで始まる。そのあとの1曲目は"Lightning"と最初から決まっていたので、次にセトリの真ん中とラスト近くにバラードをやる、と決めた。ラストは代表作と最新バラードで締める。もしアンコールがあれば、ライセンス料を我慢してコピー曲をやる。
 そこまで決まると、あとはだいたいノリで曲を並べていった。やっぱりこういう場面では、薫がさり気なく仕切る。

 ライブ当日、ザ・ライトイヤーズは午前のうちにライブハウス"マグショット"にスタンバイしていた。受け付け及び物販役の、アンジェリーカ、リアナ、サトルも一緒である。他の1年生はゲスト枠ということで、あとから来る予定だ。
「やばいって。なんかもう、ハウス周りでウロウロしてる、遠征してきたっぽい人達いるよ」
 入り口のガラス扉に貼られたポスターの隙間から、サトルが外の様子を見た。マグショットの建物の写真をカメラで撮影している、中年のおじさんもいる。マグショットが入っているビルは、坂を上がった所にある古風な建物で、ここら一帯のアイコンにもなっているくらい風情があるのだ。
 受け付けのセッティングがあらかた終わり、やることがなくなった3人は、奥から聴こえてくる先輩達のリハーサル演奏に耳を傾けた。
「プロみてえだな」
「プロなんだってば」
 アンジェリーカが呆れてツッコミを入れる。バンドの当人達自身が忘れがちだが、ザ・ライトイヤーズはもうプロのミュージシャンなのだった。
 さて、ここから少々ヒマになったな、と思った所で、奥からジュナ先輩の『マジか!』という声が聴こえてきた。リアナが極めて冷静につぶやく。
「なんかあったみたい」
「行ってくるよ」

 -#-

 本番前のリハを進めるライトイヤーズが、トラブルで作業を中断している所に、1年のサトルがやってきた。
「なんかあったんすかー」
 もう、何か起きるのはいつもの事、という謎の達観すら感じさせる。ミチルは「ちょうどいいや。休憩にしよう」と手で合図した。バンドの5人がめいめいステージに座り込んでドリンク休憩する中、ジュナだけが深刻な顔でレスポールを睨んでいる。ミチルが説明した。
「ギターの弦が切れちゃったの」
「けさ張り替えたばっかりだぞ!」
「予備あるんでしょ?」
「ゲージが違うんだよ、音色が変わる。仕方ねえな、アイバニーズでやるか」
 ジュナは、脇に立てかけた、普段はリアナに預けている青いアイバニーズを見た。だがすぐに、ジュナはポンと手を叩いた。
「忘れてた。こっから少し走れば、"ウエスト・コースト"があった。弦を買って来よう」
 ウエスト・コーストとは、坂を降りた所にある楽器店だ。近辺のバンドマンなじみの古い店である。
「ちょっと行ってくる」
 そう言って立ち上がるジュナを、サトルは止めた。
「ちょっと、やめた方がいいです」
「なんでだよ」
「外に、ファンらしい人達がもうウロウロしてるんです。カメラ持ってるおっさんもいました。面倒な事になるかも」
 外に人がいる、と言われてミチルは一瞬焦った。過去にストーカー騒ぎがあったからだ。だが、ジュナは堂々としていた。
「天下の往来に人がいたから何だってんだ。ちょうどいいサトル、ウエスト・コーストのオヤジに面通しさせてやる。行くぞ」
 ジュナはウォレットを手にすると、ポケットに手を突っ込んでズカズカと裏口に向かった。その後をサトルが慌ててついて行く。ちなみに今日のジュナは、サテン生地のスカジャン風ジャージである。例によって龍の刺しゅうかと思いきや、今回は鳳凰で、対するサトルはレザーの上下。どう見てもチンピラの兄貴と子分だった。

  -♫-

「久しぶりー」
 白枠のガラス扉をカラカラと鳴らして入った店内は、壁にギター、ベースがずらりと並んでいた。ひょろ長いマスターの髪は、いつの間にか少し白髪が見えている。
「おおっ、有名人だ!」
「その雑な呼び方は何だよ!」
 雑な括りに抗議しつつ、ジュナは勝手知ったるカウンターわきに進むと、いつも使っているプレイテックのセット弦を手に取った。
「張ったばっかりの1弦が切れちまった。初心者だよ、まるで」
「切れる時は十年やってるベテランでも切れるさ」
 カウンターに出した弦を受け取ったマスターは、レジを打とうとしてその手を止め、カウンターから出て、ひとつの弦のセットを手に取った。
「ほら。ファーストアルバムのお祝いだ」
 それは、ダダリオの弦セット3パックだった。マスターは2千9百円の値札を剥がすと、紙袋に入れてジュナに突き出した。ジュナは慌てて手を遮る。
「そりゃ悪いよ!ささやかだけど、あたしらももう、弦の代金くらい稼いでるバンドなんだ」
「そうか、じゃあわかった」
 マスターは後ろを向くと、戸棚から何か白い板のようなものを取り出すと、フェルトペンとともにジュナに突き出した。
「サインと交換だ。ちゃんと、ライトイヤーズって書けよ」
「仕方ねえな。そんなもんでいいなら」
 申し訳なさそうに、ジュナはある程度慣れてきた手付きで"Juna The Light Years"と色紙にサインした。
「サトル、お前もサインしたらどうだ」
「そんなの、書いた事ないっすよ!」
 慌てるサトルにジュナは笑った。
「マスター、こいつあたしの後輩のサトル。いまベースだけど、ギターもEWIもできる。顔見せに連れてきた」
「はっ、初めまして。獅子王サトルです」
「へえ、マルチプレイヤーか」
 マスターは興味深げに、かきあげショートヘアの少年を見た。
「どうだ、安くしとくぞ。フェンダー1本、買うか」
「それをあたしに言えよ!サトルじゃなく」
「お前達はもうビッグアーティストだろう」
「まともな機材ひとつ買えば、吹っ飛ぶ程度の稼ぎのな」
 交通費、その他もろもろ含めると、もう赤字である。今の所はしょせん、親のスネをかじるバンドに過ぎない。この先バンド一本でやっていける時が来ないとは言えないが、ローゼス・ミストラルのような、ほぼ独立したバンドには及ばない。だが、マスターは感心したように腕組みした。
「いやいや、大したもんだよ。インストでここまでやれるとはな。しかも自分で忘れてるだろうが、お前たち、まだ女子高生なんだぞ」
「わかんねーよ。5年経てば、”むかしバンドやっててさー”とか言ってるかも」
「いやいや、もっと大きくなって、雑誌のインタビューでうちの名前を出してもらわないと困る。折登谷ジュナ御用達の楽器店だ」
 中学の頃から何かと世話になっている楽器店なので、ドキュメンタリー番組なんかの撮影で来るなんて事も、ないとは言えない。ちょっと安っぽいな、とジュナは想像して苦笑した。
「ま、せいぜい頑張るよ。弦、ありがとうね」

  -♬-

 そのあと、ジュナとサトルは裏路地を抜けてライブハウス・マグショットに戻った。1弦だけ他のメーカーに替えたら音が変にならないか不安なので、6本全部、さっきもらってきた弦に張り替える。ついでなのでサトルとリアナに、チューニングが狂いにくい巻き方を教える事になった。
「さて」
 張り終えた弦で、試しに弾いてみる。やはり、張りたての弦のブライトなサウンドは心地よい。そして、リード演奏の音のバランスが、実にいい。ライトイヤーズはフュージョンバンドなので、ロックよりも優等生的なバランスが求められる。マスターがチョイスしてくれた弦は、優等生的でありながら、輝きと鋭さも感じられるものだった。ダテに楽器店を20年やってないな、とジュナは敬服した。
「ようし。ラスト3曲合わせて、昼にしようぜ」
 ジュナの合図で、全員が再びスタンバイする。弦が切れて中断した、ラストの曲を演奏して、もう全員問題ない事がわかった。あとはアンコールがあった場合だが、もう止むを得ないので、フュージョンのスタンダードナンバーをコピーして終わる、ということで話は決まった。何をやるかはステージでその時決める。そんな急に演奏できるのか、と言われそうだが、ライトイヤーズはそれができるバンドである。この即興コピーの強みは、のちのち高く評価される事になる。

  -♪-

 午後2時半すぎ、開場までもう30分を切った。すでにライブハウス周辺には、客がだいぶ集まってきていた。受付から外を見ていたリアナに、不安の色が浮かぶ。
「ねえ、ちょっと。道路にはみ出してる人、危なくない?」
「何しろ350人だからね。ひょっとして、ライブハウスあんまり知らない人が多いのかな」
 大丈夫なんだろうか、とアンジェリーカも眉をひそめる。そこへ、とつぜん後ろから女性の声がかけられた。
「ふーん、もう集まってきてるね。これは、開けちゃった方がいいのかな」
「うちらから、マスターに声かけておこうか」
 それは、どこかで見た事があるような気もするが、アンジェリーカもリアナも初対面の二人だった。
「あっ」
 リアナは思い出した。そういえば今回、招待枠で呼ばれている客が、この間卒業した3年生の6人のほかにもいる。
「あの、ひょっとして」
「ああ、あなたがミチルの言ってた後輩ちゃん達ね」
 黒いロングヘアの女性が、スマホの電子チケットを示す。裏口から勝手知ったる様子で入って来たらしい、この人達は。
「ローゼス・ミストラルの方ですか」
 リアナは、電子チケットのリーダー端末を手に立ち上がった。いちおう確認するが、誰なのかすぐに思い出した。
「うん。ギターボーカルの風呂井リンです、初めまして」
「マリナだよ」
 来るのは知っていたが、じかに会うと圧がすごい。なんというか、普通の人間とは存在感が違う。そう思っていると、その後ろからゾロゾロとまた4人がやって来た。中には、リアナ達と同じくらいの少女も二人いる。
「招待されて来ましたー」
 ショートヘアの人は、たしかドラムのサヤカさんだ。その隣にいるポニーテールの人は、キーボードのアヤナさん。その後ろに控え目についてくる、セミロングとミディアムの少女はちょっと見覚えがない。
「はっ、初めまして。ライトイヤーズのサポートをしています、”Night Flight” ギター担当の戸田リアナです」
「サックスの、千々石アンジェリーカといいます」
「ローゼス・ミストラルのみなさんにお会いできて、光栄です」
 受付が客に握手を求めてどうする、と思ったが、やはり目の前に本物が現れると、ミーハースイッチが入ってしまう。チケットを読み取りながら、ついつい握手をお願いしてしまった。だが、同世代らしい見覚えがない二人の少女には、どう対応すればいいのか。
「…えっと、ようこそおいでくださいました」
「こっ、こちらこそ」
 名前も知らないので、とりあえず会釈する。そこでようやく、アンジェリーカが思い出したらしかった。
「あっ、わかった。ミチル先輩が言ってた、クリスマスライブで最後まで残ってた子たち!そうでしょ?」
「えっと…ひょっとして、ときどきライトイヤーズの公式チャンネルに出てる方ですか」
 どうやら互いに、やや断片的にだが存在は知っていたらしい。髪が長い方は藤田リオ、ミディアムの方は藤田カナメといった。姉妹かと思ったら、違うという。
「私達、実は今度正式にローゼス・ミストラルに…」
 そこまで言いかけたリオの口をカナメが塞いだ。
「それはまだ言わない!」
「あっ、やばい」
 二人は恐る恐る、背後の風呂井さん達の顔をうかがう。どうやら、まだ公にできない情報だったらしい。風呂井さんはわざとらしく睨みつけたあと、表情を和らげた。
「いいよ、もう。どうせミチル達はもう知ってるし。ただし、まだ口外しないでね」
 風呂井さんによると、すでにアメリカに旅立ったベースのミオさんのかわりに、ここにいるリオさんがベーシスト、カナメさんが二人目のキーボードとして加入する事が正式に決まったのだという。ということは、この二人はローゼス・ミストラルの眼鏡にかなったのだろうか。そうなると、それなりの演奏能力を持っているという事に他ならない。年齢を訊くと、やはりリアナ達と同い年で、こんど2年生になるという。
「同い年のミュージシャンがいると心強いものよ。仲良くしてあげてね」
 リンさんは、リアナ達と握手するよう二人に勧めた。そろそろうちのキリカ、アオイ達も来るはずなので、紹介しておこう。意外なところに同世代の音楽仲間がいて、リアナはなんだか心が熱くなるのを感じた。

  -♬-

 ザ・ライトイヤーズの5人はすでにステージ衣装への着替えを済ませた。市民音楽祭のステージでの衣装を基本にしたコーディネートだ。ミチルのカジノディーラー風スタイルは、この頃ひとつの定番として定着する事になる。マヤはいつものブラウスとスカートのシックな組み合せ。クレハはノースリーブシャツは音楽祭と同じだが、黒いタイと黒いジャンパースカートで、ミチルとイメージを合わせている。ジュナもトップスはアメカジ風のへそ出しだが、ボトムスはレザーパンツだった。マーコは白いTシャツにハーフパンツのサロペット。
 ミチルは、まだ客が入っていないフロアを見下ろした。
「いよいよだね」
「ああ」
 ジュナは、弦を張り替えたばかりのレスポールをスタンドに立てる。サックス、EWI、そしてEWIエフェクト用のノートPC、ヴァイオリン、ベース、2段キーボード、ドラムス。全て準備はOKだ。音響のセッティングもすでに完了している。いつでもやれる。
「みんなのおかげで、ファーストアルバムを出せた。本当にありがとう。バンドはまだまだ続いていくけど、今日をひとつの大きな区切りにしたい。これまでの総決算、そして、ここからのスタート」
 ミチルの言葉に、全員が無言で頷く。
「マヤ、お願い」
「ええ」
 マヤが一歩進み出ると、全員が円陣を組んだ。マヤの手に、全員の手が、熱を感じるほどの隙間で重ねられる。
「ライトイヤーズ!レディー…」
「ゴー!」

  -♫-

 その後、招待枠のユメ先輩たちと市橋菜緒先輩、フュージョン部1年生が揃った時点で、風呂井リンさんの提案もあって、少し早めに開場する事になった。ミチル達はいったん楽屋に控え、350人のオーディエンスがフロアに続々と入って来た。袖から響いて来るざわめきに、ミチルは高揚した。フュージョン部2年生として最後のライブが、いよいよ開演の時を迎える。


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