きみのおめめ うさぎの長い耳 #4
″絶対″はないんだよ、と娘に伝えている。
発端は4歳の頃に行った動物園で、
「うさぎの耳はぜったい長いんだよね!」
という言葉にこえたことだと思う。
白い毛に、片耳だけばけつで墨を被ったようなうさぎが口をもごもごと動かしていた。
娘が産まれてすぐ、私の母が実家の棚から出してきたのは、私が幼稚園の頃に父や母に読んでもらっていた絵本だった。
はじめに腹の奥がぎゅっと熱くなったのを覚えている。なぜならその頃、私と母は特にぎくしゃくしていた。50冊はゆうにある本の山を見て、小さな頃確かに愛されていた記憶と大人になって気づいた違和感が混沌として、危うく何かが溢れてしまいそうなのを、腕の中にある産まれたての体温でぐっと堪えた。
母も母で「本棚がいっぱいで置くところなかったら無理に持って帰らなくていいから」「はじめての本は、たぶんあなたが選びたいんだろうから」とやけに遠慮していた。
ありがとう、1冊だけ借りて帰るねと言い、上から数冊目にあったうさぎが椅子に座っている本を手に取った。
裏表紙の名前欄には旧姓のスタンプが丁寧に押されていた。名前の端か滲んでいて、胸の内がじわりとうずく。
「絶対であることって、ほんとにすごく少ないんだよ」と言い、ふふふ、ともったいぶったあと、スマホで検索したちいさな耳を持つうさぎを見せた。
娘は一段と明るい表情になり「おみみがちびこ〜!かわい〜!」と画面を覗き込む。
「じゃあ、じゃあ、鼻の短いぞうは?」「首の短いきりんは?なぞって!(検索して)」と立て続けに聞かれ、たくさんの画像を見せた。
検索しても出てこないときは「今はいなくても、人間たちが見つけられないところに、ひっそり隠れてるかもね」と言うと、
「娘ちゃんが見つけて、かかとととに見せてあげたら、どうする?」
と、期待に満ちた目でまっすぐに見つめてくる。そんなのびっくりしてひっくり返るよ、と大袈裟にいうと、娘は満足そうにひひひ、と笑った。
動物園から帰りしばらくして、
「ぜったいっていうの、見つけた」
と娘が得意顔をしてきた。
ほんと?なになに?と聞くと、ふふふ、と今度は娘がもったいぶってソファに座る私の膝によじのぼる。もう一度聞いても「えー?」「うーん」とはっきりしない。
絶対ってめずらしいから教えてよ、と伝えると、私の顔を見てへへ、と笑ったあと、
「かかが娘ちゃんのこと、せかいでいちばん大好きなこと!」
と飛びついてきた。
娘の細い髪の毛が私の鼻をくすぐる。熱くて小さな手が、私の首や背中にきゅっと抱きつく。娘の体温がお腹に伝わってじんわりとあたたかい。
それは確かに″絶対″だね。そう言っていつもよりわずかに強く、娘を抱きしめた。