きみのおめめ スクリーンと雫 #3
娘とふたり、映画を観に行った。
前日の夜、ベッドへ横になりそれを伝えると、薄闇の中でぱっと瞳に花が咲いた。
入場とくてんで、コメコメの光るゆびわがもらえるんだよ。ポップコーン、買っていい?かかも一緒に食べようね。味は、塩とキャラメルがあるのかな。前、ぜんぶ食べたらお腹ぱんぱんになったよねえ。
にこにこしながら徐々に口数は減り、まどろんで眠りにつく娘を、私は静かに見守った。
私の前をずんずんと進み、子ども用のクッションを抱え、そろりそろりと階段を降りる。右手の中指にはチカチカと虹色に光る指輪をはめている。
しばらくして明かりが落ち、見知ったキャラクターがでると、娘の意識はすう、と画面へと吸い込まれていった。
家への帰り道、娘と手を繋いで歩く。
街路樹がかさかさと音を立て、秋風が娘の長い髪の毛を揺らす。
ふう、と息を吐く。お腹にきゅっと力が入った。
まずは、と思いながら、
「かか、なんだか涙がでちゃったよ」
と言う。それから、気づいていたことを伝えていいのか、最後まですこしだけ迷いながら、できるだけゆっくりと声を出した。
「娘ちゃんも涙がぽろりだったね」
普段よりも浮いた口調になってしまった。からかっているように受け取っていないかな。そう思い娘の顔を見る。
右、左、右、左。間延びした足取りの娘は、9月のおわりに新調したクリーム色のスニーカーを見ている。
うーん、と長めに声を出し、
「娘ちゃん、なんでかわからないけど涙がでちゃったんだよね」
そう言ってため息とともに前を向いた。
飴玉ほどの空気をこくりとのんで、そっか、なんでかわからないけど、出ちゃったんだね。と言う。娘の言葉を繰り返しただけの自分を落ち着かせるため、繋いだ手の親指で娘の手の甲をすっと撫でる。
娘の目線の先には、淡い水色の空に白い鳥の羽根を模したような、たくさんのすじ雲が並んでいた。
暗い映画館。久しぶりの映画に、私は心をぐらぐらと揺られていた。クライマックスに胸を打たれて鼻の奥がツンとした。今、きみはどんな表情をしているだろう。右側に座る娘を見る。
大きな画面からのびる光の帯が、娘の輪郭を照らしていた。私の腕に寄りかかり、スン、と鼻をすすった。目頭にふるふると震えるちいさな水滴が浮かんでいた。息を呑んだ私に気づかず、もう一度、スン、と小さく鼻がなる。
ぱち。ぱち。ぱち。
娘が3度目のまばたきをすると、ガラスの粒は雫となって頬を伝った。白い頬に残る涙の筋が、スクリーンの光に照らされうすく発光して見えた。
つい1時間ほど前の光景を思い返し、なぜだか涙が出そうになって一度だけぎゅっと目を瞑った。
涙を流したその気持ちを大切にしてほしい、と願う。ただ、なんとなくそれを言葉に出さないまま胸にしまって、家へと続く道を歩いた。