きみのおめめ 駅のホーム #2
夫の出張を見送りに駅へ行った。
右手で夫と手を繋ぎ左手でぬいぐるみをかかえた娘は、ひとつに結んだ髪の毛を揺らしながら跳ねるように歩く。
新幹線のホームはまばらに人がいる程度で、キャリーケースを引く夫はすいすいと、けれどたしかに娘の歩調にあわせてすすむ。
寄りそうふたりが広げた手のひらに収まるくらいの距離を取り後ろを歩く。私はこの位置から見るふたりがとても好きだ。
遠くに見える澄んだ空。まっすぐのびる駅のホームと黄色い点字ブロック。数年前まで設置されていなかった銀色の柵の向こうには、鈍く光るレールがどこまでも続いている。
娘が何かを見つけ夫の腕を引く。夫は娘のほうに顔を寄せ、娘が指差した方を見る。娘の口が何かを問い、ふたりは目線を合わせ夫が何かを伝えていた。そしてまた前を向き歩きはじめる。
アナウンスの声でかき消され、ふたりの会話は聞こえない。
それでも、この距離から見る景色が好きだ。
新幹線の窓から夫が手を振り、娘は私に抱っこをせがみ、抱えられながら手を振りかえす。アナウンスと競うように「いってらっしゃい」をくり返していると、白く細長い列車は鳴り響く発車音とともに喧騒をまといはじめた。
列車が息を吐きゆっくり動き出すと、娘は慌ててさらに声を張る。夫は聴こえていないはずなのに、先ほどよりも目を細めて大きく手を振っていた。
巻き上げるような風を起こしながら走り去るのを見送る。尾が見えなくなる頃、徐々に空気が凪いだ。
「いっちゃったねえ」
という娘に、あっという間だったねと返す。
帰ろうか、と言い振り返ると先程までとは打って変わって、がらんとしたホームに胸がきゅっ鳴る。
「とと、行っちゃって、もう寂しいね」
もういない新幹線を目で追う娘に、「そうだね」と言いほっぺたをくっつけた。
風に撫でられていたせいか、それとも10月に入り急に秋めいてきたせいか、娘の頬はひやりとしていた。