部屋の中にて傘を差す
夕方になって、急に強い雨が降り出した。
雨は嫌いじゃない。雨の音は、過去の記憶を呼び覚まし、人を少しばかり感傷的にする。そんな雨は、決して悪いものではない。
だが、若い頃の私は、雨は嫌いだった。いや、雨の日に見かける、あのワンタッチ傘が嫌いだったと言った方が正確だ。あの頃は、ジャンプ傘と呼んでいたろうか。私は、自動的にビヨ~ンと開く、あの無節操な動きが許せなかった。便利さと引き替えに、優雅さを失っているように思えたのだ。
例えセンスのいい傘であっても、ワンタッチ機構が付いているというその一点で、私はその持ち主を軽んじた。ワンタッチ傘は、私の美学に反したのだ。
私がその頃愛用していたのは、店で一目惚れした傘だった。柄の部分が革製で、ステッキのように細い。カバーを付けると、まさにステッキで、これをもつと誰でもイギリスの紳士に変身できる。そして、もちろんワンタッチ傘ではない。手の動きに合わせて、優美に開くのである。
ただし、欠点もあった。生地が薄すぎて、雨が漏るのだ。
少し雨がひどくなると、もう、ダダ漏れである。「お嬢さん、お入りなさい」と女性を誘うこともできない。傘を差しているのに、雨に濡れるのだ。これほどの不条理は、カフカの小説でも描かれていないのではないか。まあ、ワンタッチ傘の醜悪さからすれば、小さな欠点である。
ある日のことだ。
その日も急な雨だった。朝は晴れていたので、愛用の傘は持っていない。いつもならカバンに折りたたみ傘を入れているのだが、その日は新しいカバンで、折りたたみ傘を入れ忘れていた。
雨に濡れて打ち合わせに出るのは、あまり格好のいいものではない。雨に濡れて格好いいのは、イケメンだけなのだ。
私は、コンビニで傘を買うことにした。安っぽい透明の傘だ。
店を出て傘を開こうとして驚いた。ワンタッチ傘なのである。まさか、こんなに安い傘にもワンタッチ機構が採用されているとは思いもしなかった。透明の傘も、いつの間にか進化していたのだ。
私は、うろたえながらも傘の柄の中程に手を添えた。ビヨ~ンと広げてなるものか。いかにも手で広げてますという演技をしながら、傘を開いた。美学を貫くのは、バカバカしくも大変なのだ。
安いビニール傘とは言え、これで雨に濡れることはない。私は、無事に打ち合わせに出席することができた。
さて、打ち合わせが終わり、事務所に戻ってからのことだ。
私はワンタッチ傘を手に取った。これが私が憎み続けたワンタッチ傘か、となにやら感慨深い。あたりには、誰もいない。私は、ワンタッチ傘のボタンに手をやり、ゆっくりと押してみた。
ビヨ~ン、と傘が開いた。意外なほど大きな反動があり、バサッという音とともに宙に水滴が飛び散った。透明の傘を通して、天井の照明が歪んで見えた。
私は、久しぶりに心が弾むのを感じた。
傘を開く。たたんで、また開く。バサッバサッという音が、事務所の中で繰り返し響いた。
「実に……おもしろい」と、私はつぶやき、そのまま約10分ほどワンタッチ傘を開閉させ続けたのである。
それ以来、私は透明のワンタッチ傘を愛用している。かつて私が頑なに守り続けていた美学は、遙か彼方だ。