『21年ベスト:小説編』
私的ベストの書籍(小説)編です。
今年は例年にも増して積読だらけで読書生活的には満足いく一年では無かったけど10作(+おまけ)だけ選びました。
10位 トマス・ピンチョン 『ブリーディング・エッジ』 佐藤良明訳 (新潮社)
ピンチョンの描く現代と地続きの9.11前後を読めたことにまずは感動。
ピンチョン流のポップなギャグと暗いユーモアを散りばめつつITに侵食されていく世界(主人公達)が善も悪も綯い交ぜになりながら開けたエンディングを迎える。
まだまだ続けられそうな物語のラストの余韻も良い。
正直な話、置き所に困った末の10位ですがやはりピンチョンは別格。
9位 ヴィルジニー・デパント 『アポカリプス・ベイビー』 齋藤可津子訳 (早川書房)
ルーシーとハイエナのコンビはとても良いけど、シスター・バディ物なんて生易しいものじゃないんです。
フランス産のサスペンス小説ぽさも漂わせつつ終始ハードボイルドな筆致に痺れる。
そうなって欲しくはないけどそうなるよな…的な方向に物語がどんどん進んでいくのが辛い。
ウエルベック『地図と領土』がゴングール賞を獲った年の同賞ノミネート作。
8位 金原ひとみ 『アンソーシャル ディスタンス』 (新潮社)
「ストロングゼロ」「デバッガ―」「コンスキエンティア」「アンソーシャル ディスタンス」「テクノブレイク」を収録。
どの作品にもアウトサイダーと言えそうな人が登場し、わかりやすい救いも描かれてないけれど、受け手次第で共感や救いを見出すことが出来る。
しかしながら「その救いは真に必要な人に届いてるのか?」「我々自身いつそっち側に行くとも限らないのがこの紙一重な世の中なのではないか?」等とつらつら考えちゃう、そんな小説。
7位 アイリス・オーウェンス 『アフター・クロード』 渡辺佐智江訳 (国書刊行会)
途中まで機関銃のように発せられる罵詈雑言によるブラックユーモアとそれとは対照的なラスト2章の底無しの闇!
73年作らしいけど今読んでもカルト的パワーは有効だし、今年読んだ小説の中で一二を争うハイブロウな作品。
読了して相当経つけど、アイリス・オーウェンスの余韻からちょっと抜けられていない。
6位 クレメンス・J・ゼッツ 『インディゴ』 犬飼彩乃訳 (国書刊行会)
終始不穏ながら一応筋はしっかりしている途中までの流れから徐々にポストモダンな様相が濃厚になっていく辺りが途轍も無く不気味。
自分が読み解けてない部分もあると思うけど、一番意味不明な時のデヴィッド・リンチのような展開も第4部以降に待っており、読了後の宙吊りっぷりが気持ち良い。
5位 石沢 麻依 『貝に続く場所にて』 (講談社)
自分が読んでる近年の芥川賞受賞作では一二を争うレベルで良かった。
人の記憶(歴史と時間)というモチーフが様々なネタと絡み合っててそれが説明過多になってない所がとても素晴らしい。
主人公の震災との距離感も絶妙。
4位 アンナ・バーンズ 『ミルクマン』 栩木玲子訳 (河出書房新社)
政治的・社会的テーマを扱いつつそこから一歩距離を取り、日常と虚無とユーモアを混ぜて主人公の特異な語り口で70年代後半のアイルランドを描き出す超力作。
シンプルなプロットながらボリューミーな為、敷居は相応に高いけど、ブッカー賞受賞も納得の硬派で文学性の高い小説。
3位 劉慈欣 『三体III 死神永生(上)(下)』 大森望/光吉さくら/ワン・チャイ/泊功訳 (早川書房)
超絶に面白かった前作の余韻も冷めやらぬ中、今作が最もSFしてました。
ラストの方のアレとかアレとか「それで良いのか!」と言いたくなるけど全てネタバレになってしまうので感想が難しい。
主人公がポンコツか否か皆と語り合いたい。(それに引き換えウェイドさん…)
普段、既読小説の映像化を望まない自分でもこれはビジュアルで見てみたいと思ってしまう最高のエンタメシリーズでした(Netflixに期待しましょう。加入してないけど)。
2位 エドゥアルド・ヴェルキン 『サハリン島』 北川和美/毛利公美訳 (河出書房新社)
「MOB(恐水病)によるゾンビ化」とか「這い這い教」とか「〇〇ぶちのめし」とか発想も強烈で、悲惨且つグロい設定てんこ盛りなのになぜか希望が持てる。
デウスの章まででも一旦完結してるのだけどエピローグで「そういうことか!」となる。
シレーニとアルチョームの濃密なバディ物の冒険譚(サハリン島一周旅行)としても楽しめる。
ソローキンやペレーヴィンといったロシア文学を期待するとかなり肩透かしを食らってしまうし、風呂敷をたたみ切れなかった壮大な失敗作と思う人も多いかもしれないけれど、自分を含む一部の人にとってはトンデモ系ロシアディストピアSF(ロシア発日本小説!)として得難い体験を与えてくれる書物だと思う。
1位 乗代雄介 『旅する練習』 (講談社)
「生き方の問題」「最高の任務」の素晴らしさが今作でも持続している。
賛否を生んでいるであろう小説のとある仕掛けに終盤何となく気づいた時はかなり意識的に狙ってる感も受けたけどそれまでの描写の積み重ねもあり、自分的にこの展開は十分「あり」で必然と思えた。
とは言え、この小説はそうしたセンセーショナルなパーツ以外の部分(サッカーのリフティングの回数や柳田國男のことや様々な鳥たちのことを含む「練習の旅」の過程そのもの)に一番の輝きがある。
文句無しに年初から1位でした。
以上がベストテン。
以下蛇足気味ながら「もうすぐトップテン?」的な小説リストを参考までに。(他にもあるけどきりがないので。)
小田雅久仁 『残月記』 (双葉社)
月村了衛 『機龍警察 狼眼殺手』『機龍警察 白骨街道』 (早川書房)
今村昌弘 『兇人邸の殺人』 (東京創元社)
カズオ・イシグロ 『クララとお日さま』 土屋政雄訳 (早川書房)
エンリーケ・ビラ=マタス 『永遠の家』 木村榮一/野村竜仁訳 (書肆侃侃房)
呉 明益 『複眼人』 小栗山智訳 (KADOKAWA)
パク・ソルメ 『もう死んでいる十二人の女たちと』 斎藤真理子訳 (白水社)
アンソニー・ホロヴィッツ 『ヨルガオ殺人事件(上)(下)』 山田蘭訳(東京創元社)
アダム・オファロン・プライス『ホテル・ネヴァーシンク』 青木純子訳 (早川書房)
※『ホテル・ネヴァーシンク』を失念していたためリストに追記(2022.1.1)しました。翻訳ミステリでは今年一番、ベスト10に入れても良いレベルで素晴らしかったです。
【まとめ】
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