滅亡
時々世界が滅亡する夢を見る。
夢の中の人間たちはきまって滅亡を受け入れており、よくあるパニック映画みたいに泣き叫んでいる人なんていない。
空は見たことがない天気。曇りに近いけど、全体的に薄く鉛色をベタ塗りした感じで、ぺらっとした絵みたいな印象の空。空に奥行きはない。全体的な空気感は秋の夕暮れの静かでのんびりした感じ。
ある時は小部屋に通され、ある時は何故か屋根の上にいて、その時々でシチュエーションは違うけれど、この生ぬるい雰囲気は変わらない。
面白いのが毎回意外な人が出てくるところだ。
昔私のことを毛虫のように嫌っていた上司とか、もう数年連絡を取っていない同級生とか。
夢に出てくるまで存在自体忘れていたような彼らも滅亡を各々受け入れ、生ぬるい空気の中でひっそりと最期の時を生きている。
私もまた、ようやくかというような心持ちで世界が終わるのを待っている。
そうして必ず滅亡の前に目が覚める。
今ちょうど息が出来なくなって、あと数秒だったのに!と残念な思いをすることもある。
夢の中で私は死ねない。私は、というか私含むみんな死ねない。滅亡の贅沢な空気だけたっぷり味わわせておいて、肝心なラストシーンの前に突然ばつっと終わる。
目が覚めた後の私は放心状態だ。置いて行かれた感半端ないじゃないか、と憤りながらも、その日をまた生きるしかない。
私が夢見る滅亡はまさにあれなのだ。
早くあんな風に滅亡してほしい。
自殺というのは大袈裟である。コスパが悪い事この上ない。
仕事で大失敗したとか、とんでもないいじめに遭っているとか、そういう理由みたいな物が私には足りない。
いつもなんとなく生きることに意欲が向かない。自殺するだけの大きな理由がない。
私としては死ぬことができれば万々歳なわけだから、自殺も悪くはない。それに、私がいなくても世界は平気で回るだろうが、現実的に考えると周りにそこそこ苦労をさせる。昨日まで話をしていた人が自ら死ぬという後味の悪さももちろんだが、細々したことを考え出すとなかなかに迷惑をかけることになるだろう。
まず家賃。私は同居をしているが、私がいなくなった月から二人分の家賃を払うのはなかなかに大変だろう。引っ越しをするとなれば私の荷物も整理しなければならない。
それに仕事。私がいなくても簡単に回るだろうが、担当していた資料作りやら雑務は他の人が自分の仕事に加えてやらなければならない。私の死のお陰で残業する人が居た堪れない。
つまり私は人様の家賃と残業が申し訳なくて仕方なしに生きているわけである。なんというくだらない生きる理由であろうか。
生きることに全く乗り気でないくせに、迷惑をかけると思えば勝手に死ぬのも気が引ける。
持ち前の無能さで、生きているだけで大迷惑のくせして、死んだらもっと大迷惑だ。こんなポンコツの面倒を見てくれた周囲の人に対して、後ろ足で砂をかけるような真似はとてもできない。
話は少々変わるが、『生きているだけで降ってくる不幸』という物がある。
その一つに下痢が挙げられる。下痢というのは恐ろしいもので、いくら健康的な生活を送っていようが不定期でやってくる怪物である。
私は下痢をした時神頼みするタイプの人間である。日頃信仰などとは縁遠いくせに、下痢となると途端に神に祈り出す。『もうこんな腹痛は一生起きませんように…』と毎度祈るが神が言うことを聞いてくれた試しがないので、今後も突然腹痛に見舞われるだろう。
下痢と同じく、大事な日の遅延や発言ミス、淹れたばかりのお茶をひっくり返して大惨事など、不定期かつこれからの人生にも必ずやってくるであろう小さな不幸は数え切れない。
これはとんでもないことである。
いつ爆発するかわからないけど必ず爆発するからね、と伝えられている爆弾を幾つも幾つも抱えて生きているわけだ。
これはとんでもないことである。何度でも言わせてもらいたい。とんでもなさすぎる。何を皆そんな爆弾抱えてまで意欲的に生きていたいと思えるのだ。
爆弾に見合うだけの花吹雪があれば良いが今のところ私にはない。みんなにはあるのか。だから下痢しようが遅延しようが、言葉を取り違えられて気まずくなろうが、まあそんなことはチャラになるさと生きていられるのか。
みんなの考えていることは全くわからない。自殺なんてもってのほかで、生きる事大前提のこの世界のことなど全くわからない。
心が女なら女湯にイチモツぶら下げて入るのはOKかとか、多様性についてアップデートして議論しまくりの現代で、死だけは自ら選んではいけないと、未だ揺るがず考えられている。
こんな世の中で自分から死んだって、理由なんかわかって貰える訳がないのだ。まさか下痢やお茶を倒すのを恐怖する人生に飽き飽きして死んだとは思ってもらえないだろう。
だから滅亡を望む。私の死を詮索する人もいなければ、家賃を払う人もいない。誰も残業もしなくてOKだ。こんなにお得な事はない。
ああ、滅亡してくれないかなぁ。
かつてクラスメイトだった人たちが、以後80年くらい生きる生き物を身体から捻り出している頃に、私は滅亡をうっとりと夢見ている。
私は負けなんだろうか。子どもっぽいのだろうか。頭が悪いのだろうか。
家賃も残業もなければ今すぐにだって死ぬのにな。
爆弾抱えて、カレンダーを塗りつぶすような気持ちで、明日も生きなければならないようだ。
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