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SF世界で壮大な隠れ鬼「ゴールデン・マン」フィリップ・K・ディック


 人にはそれぞれに異なった長所があります。その長所が目に見えて分かりやすいほど、才能のある人物に思われることの方が多いでしょう。
 黄金人と言われるクリス・ジョンソンは、優れて美しい見た目をした逃走者です。彼の生まれたSF世界では、突出した長所を持って生まれた人間は、普通の人と区別されて警察に処刑されています。人よりも優れた能力を持って生まれた目立つ人間を警察は簡単に探索し軽い調査で発見します。指名手配される人間は、隠れたくても隠れられない特別な長所の持ち主です。
神々しい容姿で女性を誑かす黄金人は、ただ自分の姿を見せるだけで、女性たちに逃亡の手助けをさせることが出来ます。黄金人は、ただ自発的に彼を助けたいと思う女性たちに助けられるだけで生きながらえることができるのです。警察は、黄金人に味方する全ての女性に妨げられながら、黄金人を処刑しなければなりません。
 人の力を超越した人間にいたっても、黄金人は特に生き辛く、また稀有な一生を送ることは必然です。目に見える情報が全てであれば、見た目に才能が表れている黄金人は最も長所に恵まれた人間です。他の才能賢者よりも、多くの人に最上の人と思われてしまうでしょう。
 私たちは、凡そ人知を超えた最上のものを想像することができます。それは非現実的で、理屈が介在しない絵空事で成立した空想です。それでいて、人から時折に聞く荒唐無稽な夢物語などは、彼の人にとってはそうなのだろう、と、それはそれで聞く限りでは同意したくもない場合が普通です。他の人からすれば、その人の思う最上は素晴らしく感じられない場合もあります。
 ですから、百人のうち百人が認める長所を持つというのは、人の想像を上回る頂上的な人間になるのかもしれません。しかし、どんな才能でも、それが一目で分かるというのはあまり無いことです。ただ私は、人にはそれぞれ他の誰とも被らない長所が生まれつきあると思っています。どんな天才も天才扱いされるまでは普通の人と思われながら生活されますから、人の長所が活かされる場合は滅多にも起こらないのが普通で、本人も周りの人間も才能を知る由が少ないだけです。
​ フィリップ・K・ディックは「ゴールデン・マンThe Golden Man」で人間の才能に恐怖と憧れを抱く人々の拮抗を歪んだ世界のディストピアに当て嵌めました。人の長所が目に見えたとき、人は人間をどれほど素晴らしい存在に思うのか。人間にどれほどの衝撃を受けるのか。そして、人に長所を知られてしまうことが、どれほど恐ろしいことなのか。人間に潜む闇を見つめるディックにはいくつも大作がありますが、人間が人から隠れる真意に共感する「ゴールデン・マン」は短編であっても読者ファンが多いディックの名作ではないでしょうか。

「SF世界で壮大な隠れ鬼「The Golden Man」フィリップ・K・ディック」完

©2024陣野薫



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