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ユーリー・ノルシュテイン「ケルジェネツの戦い」


 ユーリー・ノルシュテイン監督の「ケルジェネツの戦い」は、イワン・イワノフ・ワノーと共作したアニメーション映画です。
 リムスキー・コルサコフのオペラ「Сказание о невидимом граде Китеже и деве Февронии見えざる街キーテジと聖女フェヴローニヤの物語」からインスピレーションを受けた中世のケルジェネツ河のほとりが舞台の切り絵のアニメーションで、美しいフレスコ画と、幻想的でイマジナリーな音楽に惹きつけられて美術作品を鑑賞するように見てしまう映像作品ですが、実写カメラで撮えた雲の動きを速巻きにしたような、現代の映像でみるような写実的に遠くを描写したシーンも見所です。
 ケルジェネツ河の畔の住民が、騎士の装いで侵略者のタタール人を迎え撃つために、隊列を組んで待機している場面で、タタール人がやって来る方角の空が映ります。戦いの行く末を暗示するような、天気の名前がつかない空に風に吹かれて流動する雲に一瞬で心がざわつかされます。
私は、雲の動きにもタタール人の気配を重ねて緊張する騎士の心情を構成している映像だと思いましたが、別の人は、雲の動きのように速いタタール人の戦力の脅威を伝える映像だと思ったそうです。
 2人の映画監督が雲のシーンを映像に挟んだ意図は分かりませんが、映像を見た人それぞれのシーンの感じ方が、映像のなかでタタールとの戦争に駆り出された戦士一人一人の心情と重なっていると思えるのは、素晴らしい映像体験を映画から贈られているからでしょうか。
 映像の中に自分を見つけずとも、映像の中の誰かに自分がなりきらなくても、素晴らしいと心が感じる映像には理屈を超えて共感してしまいます。
素晴らしいと思うものに共感したい、人間の欲求を刺激する映像だからこそ、ケルジェネツ川の畔でおきた10世紀の正教徒とタタール族の戦いが、アニメーションではなく史実として観た後の心に残るのかもしれません。

「ユーリー・ノルシュテイン「ケルジェネツの戦い」」完

©2023陣野薫


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