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カフカ「皇帝の使者」の伝言が送れない
皇帝が伝言を送ろうとしています。使者は皇帝に忠実で、皇帝の伝言を携え邪魔な障害に負けじと前へ前へと進もうとします。もしも皇帝が使者を使わずに自ら伝言しようと思えば、使者を遅らせる障害物を皇帝の権力で薙ぎ払えたかもしれません。しかし皇帝は臨終間際です。
もしかしたら皇帝を死の淵に追いやった引き金は、使者の歩みを遅らせる宮殿の階段、群衆、中庭、城壁、首都、にあるかもしれません。それらは皇帝の持ち物の筈ですが、皇帝にとって都合の良い物でないのは確かです。現に皇帝の伝言を携えた使者を遅らせ、皇帝を死なせたかもしれないのですから。かといって皇帝の物を手放したら皇帝は皇帝でいられませんし、伝言も送れません。ただの男に皇帝の使者を使って伝言する力はありませんし、皇帝の印を持った使者でさえ苦労する道のりを、無印の普通の人間に進めるわけありません。
皇帝の伝言を使者が届けに来ないので、伝言先では使者を待つ間に皇帝の伝言が夢想されています。それは使者が届ける伝言が良いものであれば、悪い夢想をしたと忘れられて、使者が届ける伝言が悪いものであれば、夢想したのが悪かったと嫌われてしまいます。夢想は生まれさせられ、否定され、役目を終えると邪魔と捨てられるのです。夢想はなんて不幸なのでしょう。結局は現実に劣ると否定されるのに、人に利用されて生まれるのです。臣下も、高官も、使者も、群衆も、宮殿も、首都も、夢想も、皇帝が従わせ、皇帝が走らせ、皇帝を生み、皇帝を住まわせ、皇帝を富ませ、皇帝に生まれさせられた、皇帝の持ち物です。その全ての物に、皇帝の大切な伝言は阻まれてしまいます。
山と積まれた事々物々の生む蛇行道を思うように駆け抜けられず、それでも必死に伝言を届けようとする王の使者が野原を走って伝言できたら良かったでしょう。もしも夢想が無ければ、宮殿にいる皇帝の大切な伝言のために、使者を待たずに数々の障壁や様々な事情を飛び越えて、臨終間際の皇帝の口元に駆け寄る誰かがいたかもしれません。
王の伝言は、場所か、人か、物か、未来か過去か、或いは自分自身か、送られた先が分かりません。けれどもし使者が王の伝言を届けられなくても、それは伝言先と離れていた王が悪いのです。始めから共にいて、使者を呼び寄せた距離に置き、ひたと傍に寄り添わせておけば、伝言を待たされる方も、待つより他に無いよりか良く感じられるのではないでしょうか。
「Kafka「皇帝の使者」の伝言が送れない」完
©2024陣野薫