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いつもと違う正月
独り者の正月は、静かなものである。
とくに家族や親戚がいない私は、一族の集まりとかに駆り出されることもないし、帰省ラッシュとかに巻き込まれることもない。
どこかに遠出をする必要もない。
交通機関が混雑して宿泊料金だっていつもより割高な年末年始の時期に、わざわざ旅行に出かける意味も分からない。
家に籠っていたほうがリラックスできるに決まっている。
友人や知人との新年会とかにも、私は出席しない。
そうすれば、自分の意思に反して無理にテンションを上げて騒がなくてもよいし、他人との無為な会話に精神をすり減らして疲れることもない。
ここは小さな町なので、餅つき大会が町内会で用意されるのだけど、私はそういうイベントにも参加しない。
寄付金ぐらいは出してやるが、顔までは出さない。
自分の家に客を呼ぶこともないので、正月飾りなんかをすることもないし、私以外の家族が他界してからはおせちとかも食べなくなった。
独りで暮らす人間には、そういう穏やかで平和な正月があるのだ。
けれども、今年の正月は例年とちょっと違っていた。
都会から引っ越してきたマナミとその娘のルリナにとっては、この田舎で過ごす初めての正月である。
ルリナは他人が苦手で、人が多く集まる場所に恐怖と苦痛を感じる子なので、初詣とかにも行かないし、町内会のイベントとかにもやはり参加しないらしい。
でも、アカリママからの提案で、アカリママ・マナミ・ルリナ・私の4人で、元旦の夜に食事会をすることになった。
ルリナは、気心の知れたアカリママや私ならば、たとえ他人であっても一緒に食事するのが苦ではないらしい。
むしろ、この食事会はルリナの発案だったのだそうだ。
本当はマナミとルリナとアカリママの3人だけで新年を祝う予定だったのだけど、ルリナが「甚九郎さんも呼びたい…」と言い出したのだという。
日頃からどんな新年会もことごとく断っている私だが、今回ばかりはルリナのためにも断るわけにいかないと思った。
元旦の夜、アカリママのところに集合して4人で食事をした。
私はルリナへのお年玉も用意した。
恥ずかしい話だが、この歳になって初めて人にお年玉を渡した。
金額の相場が分からず、ネットで検索して新札で準備した。
アカリママがご馳走を用意しておいてくれた。
おせちは市販のものだそうだが、それ以外は手料理だった。
「量が多すぎるんじゃないですか?」と私が心配すると、「もし余ったら、お持たせにしてあげるから大丈夫!」とアカリママから事もなげに言葉を返された。
マナミも横から「この料理はわたしも手伝いました…」とか言って、料理できますアピールをしてきたので、なんだかちょっと可笑しかった。
ルリナも嬉しくてたまらないのか、やたら私の体をつついてきたりしては、ケラケラ笑っていた。
人前での無表情なルリナとは別人のように全然違う、お茶目で明るい少女そのものだった。
なんだか不思議な気分になった。
まるで4人がひとときだけ 本当の家族になったみたいだった。
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